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だいぶ前だけど、砂漠での断食瞑想とその前後の旅の記録。
長文注意→
とりあえず「どこかの自然公園に行って、絶対誰にも合わないような大自然の中で瞑想しよう」ということだけ決めていたが、具体的にいつどこへ行くかは何も考えていなかった。

ただ食事は、野菜と果物だけにして食べる量もだんだん減らしていた:
そしたら偶然、知り合いがカルフォルニアまでドライブすると言ってきたので、一緒に乗せてもらえることになった。

車の中で偶然、宗教の話になって、それが神の話になって、それがマジックマッシュルームの話になった。そこで初めて互いにキノコ体験者だったことを知った。
でもその知り合いはそんなに「スピリチュアル系」ではなくて、キノコも家族に食べさせられたと言っていた(なんと羨ましい…
ところがカルフォルニアに着いて会ったその知り合いの家族は、まさに「スピリチュアル系」の人だった。
もう見た目から生活まで完全にヒッピーだった。メジャーな幻覚剤は一通りやっていて、マリファナとタバコとキノコは常に携帯してるような人だったので、色々とサイケトークができて楽しかった。
過去のトリップを話し合ってる中で、初トリップはどんなだったかと聞かれたのでこれ twitter.com/i/moments/1103… を話したら、「自分で育てたキノコ6gで初トリップする人なんて聞いたことないwww普通は人からもらって2,3gから始めるでしょw」と笑われた。
キノコをくれるような友達はいなかったんだよ…
しばらくそこに居候させてもらいながら色々と手伝ったりしていた。
途中で3回くらい、もらったキノコを食べたけど、少量だったのでトリップはしなかった。マリファナも一緒に結構吸ったけど何も起きなかった。
ただ、みんなでキノコを食べてから行ったレストランで、明らかにハイになってる店員さん(何回も同じジョークを言って笑いまくる)にサービスされながら食べた夕食は、これまでの人生で最もシュールなひと時だった。
あとキノコを食べた後にヨガ的なことをするのはめちゃくちゃ気持ち良かった。
壁にチャクラの説明ポスターが貼ってあったのだけど、第7チャクラに描いてあった花の絵がDMTで見た模様にそっくりだったので興味を惹かれて読んだ。ここで初めて本当のチャクラの概念を知った(それまではナルトに出てくるチャクラの名を先に知っていたせいで、全く興味を持てなかった
いろんなスピリチュアル系の本が置いてあったので、暇なときはパラパラ読んでいた。そしたらラム・ダスの "Be Here Now" というあやしい本を持ってきて、これはこの道のバイブルみたいなもんだよ、とお勧めされたので読み始めた:
amazon.co.jp/dp/4892031410
この本は最初に、ハーバードで心理学者をやっていた超エリートのリチャード・アルパートがLSDと出会って精神探求の道へと進み、インドでグルと出会う話があり、真ん中にどこかでの公演みたいなものを絵と交えたトリッピーな部分があり、後に様々なトピックについて探求者のための手引書が載っている
今調べてたら、本当にラムダスとこの本は割とヒッピームーブメントの中心的な役割を果たしていたらしい courrier.jp/news/archives/…
ある日タロットカードを引いた。タロットは名前しか知らなかったし、信じてもいなかったので初めてだった。

引いたカードは"Judgement"で、生まれ変わりやスピリチュアルな覚醒みたいな意味らしい。聞いた説明と、自分の近況やこれから断食と瞑想をやろうとしていることが一致し過ぎていて驚いた。
また別の日は、一緒にディジュリドゥの演奏を聞いたり、Paul Stamets と Joe Rogan の会話を見たりしていた:

その後、用事があるからアリゾナまでドライブすると聞き、途中でどこかに落としてもらうことだけ決めて、また便乗させてもらうことになった。
ヨセミテやセコイヤ国立公園は魅力的だったが、標高が高いのでまだ時期的に寒く、特にその週は氷点下を下回る予報だったので諦めた。

トリップ中に遭難しても凍死しなさそうな温度範囲で探すと、ちょうど道沿いにモハべ砂漠(Mojave Deseart)があったので、そこで落としてもらうことにした。
道の途中で夕飯に寄ったとき、みんなが夕飯を食べている間にスーパーへ買い出しに行った。フルーツ諸々とオレンジジュース1ガロン(約3.8L)、あと非常用として栄養価が高そうなプロテインバーを買っておいた。
道中に事故を原因とした渋滞があった。事故は起こったばかりのようで、中央分離帯に人が倒れていて周りに人だかりがあったが、まだ救急車は来ていなかった。

車を止めてもらって、助けに駆け寄りたいという衝動があったが、行っても自分にできることはないし、迷惑をかけるだけだなと思いとどまった。
しかし、通り過ぎてからしばらくして突然、豪雨が始まった。ワイパーを最速にしていても前が見えないくらいの猛烈な雨だった。

…さっきの人は、この雨の中まだ倒れているのだろうか?もし自分があそこにいたなら、持ってるテントを上に立てて雨を防げたのに…という考えが頭を離れなくなった。
モハベ砂漠に着いた時は23時を過ぎていたので、親切にも入り口ではなく高速道路に近いキャンプ場まで送ってくれた。
最寄りの文明がどこかも検討つかないような砂漠のど真ん中なので、普通の人なら、人を置いていくには躊躇しそうな場所だったが、彼らは理解してくれていた。
別れるときに、最初の方しか読めてなかったラム・ダスの本と帽子をプレゼントされた。またメキシカンな豆ペースト&チップスの夕食を持ち帰りにしていたらしく、断ろうとしたが押し付けられてしまった。
本当にいい人達だった。

そしてみんなとハグして別れたら、砂漠に独りだった。
その夜は風が強すぎてテントを組み立てるのが難しそうだったので、風が防げる岩の隙間にマットを敷いてそのまま寝た。地面が冷たいせいか、実際の気温よりもだいぶ寒く感じた。

見上げた夜空の星々は信じられないほど明るかった。
そのときふと「自分はただ流されてここまでやって来たんだな」ということを思った。ここに来ようと思って来た訳ではなく、成り行きに任せていたら自然とここに行き着いていたのだ。
「だから自分は今、正しい場所で正しいことをしている」という謎の確信があった。
ところで「モハベ砂漠」と言うと、macOS Mojave の壁紙(左)の砂丘を想像するかもしれないが、本当の砂丘は一部だけで、ほとんどの場所は右のような荒い砂地に低木が生えた土地が続いている。
75centralphotography.com/wp-content/upl…
朝、明るくなってから、辺りに大量の薬莢が落ちているのを見つけて、アメリカだなーと思った。
動物と間違えて撃たれないことを願いつつ、砂漠1日は、別れ際にもらってしまった豆ペーストだけを食べた。
キャンプ場とは言っても、ただの空き地に車が入れる道がついてるだけだったので、そこで瞑想してもよかったのだけど、せっかくだから砂丘まで行こうと決め、日の出の直後に歩き始めた。

ちなみにそこは圏外だったし、バッテリー節約のためにスマホの電源は切ってしまっておいた。
朝は長袖でも寒かったが、太陽が高くなるにつれてすぐに暑くなった。でも相変わらず風は強かったので半袖になると心地よいくらいの天気だった。
荷物の重みで肩が痛くなるので、45分程歩くごとに15分くらいは休憩し、瞑想や読書で回復するくらいのペースで進んだ。
単に砂漠と言っても、巨大な花崗岩がゴロゴロしている場所から、身長を超える藪が密集している場所まで様々なランドスケープがあって歩いているだけで楽しかった。特にサボテンの花はとても美しかった。

その間、通り過ぎたキャンプ場に一度だけテントを見たが、人類には誰一人として出会わなかった。
夕方に砂丘が見える位置まで辿り着き、風を避けられる岩の間をキャンプ地に決めてテントを立てた。歩き疲れたので、その夜は日は熟睡した。

テントは、この岩の影になってる場所に立てた:
これはその手前にある岩の上から360°見渡した様子:
2日目は、夜明け前にりんご1個だけ食べた。
どこかのタイミングでLSDとDMTをやることは決めていたが、最初にやったほうがいいのか最後にやったほうがいいのかは悩んでいた。

結局その直後にLSD1枚(125μg)を食べ、岩の上にタオルを敷いて座って瞑想を始めた。
すぐに一切のノイズが消え去って、完全な精神の静寂と平穏がやってきた。ただ「ある」という、あの状態。そのままおそらく数時間、永遠とも一瞬とも思える、時間感覚が全くない世界を過ごした。
そこで一度足を組み替えてから、ふとマントラ的なものを始めた。
それまで瞑想中に声を出したことはなかったけど、居候していたときに聞いたディジュリドゥの独特の「ブワ〜ン」という音を思い出しながら、誰かに聞かれる訳でもないしと思って「HUM〜」とうなりだした。
しばらくすると、鼻が詰まっていたせいなのか、両耳とも耳ぬき不良の状態になった。すると声が数倍の音量で脳内と全身に響き渡るような感覚になってきて、あたかも体の中は空洞で、「HUM〜」という音は喉ではなく、グラスの縁を指でこすって共鳴させて発せられているかのように感じていた。
声の高低に連動して、全身の感覚と閉眼幻覚が変わるのが面白くて仕方なかった。それで高さを変えながら「HUMー」「HUMー」って唸ってたら「あ!これってお坊さんとかがやってるあれじゃん!」と思い「目をつぶってムニャムニャお経唱えてる人はこういう状態だったのか!」と納得した(本当かは知らない
アボリジニは絶対この体験のためにディジュリドゥを使ってたんだなと確信した(本当かは知らない
しばらくそうやって音程を変えて遊んでいると、突如聞いたことはないけど何だか懐かしいようなリズムがやって来た。
それがすごく気持ちよかったので、記録しようと思いってテントに入ってスマホを探していると「いや、録音することは、今この瞬間から離れる行為なんじゃないか?」と考え直し、今この瞬間に集中しようと思っていると、次の瞬間は何のためにテントの中に入ったのかを忘れていた。
テントの様子
また外に出て瞑想しながら唸り始め、また素敵なリズムがやってきたので録音しようとしてテントに入り、テントを出るという事を何度か繰り返して、アホらしくなって来たので結局スマホを取り出すことは諦めた。そして今でもそのリズムが思い出せない。
そのリズムに合わせて唸っているときは、自分がお寺のような広い囲まれた空間にいて、角の柱の上で「演奏」しているように感じていた。だから途中で声を止めて咳払いをすると、別の柱にいる一緒に演奏していた人たちから大顰蹙を買ったように感じで、急いで「演奏」に戻った。
太陽が真上を過ぎたあたりで、ずっと座っているのに疲れた上に喉が痛くなってきたので立ち上がって体操を始めた。これが意味不明に気持ちよかった。
自分の今この意識こそが宇宙であるという世界観に基づいて、一挙一動が宇宙を傾け、分割し、反転させているという事を考えていた。
例えば前後屈をしていると「自分は今、宇宙の裏表を反転させているのだ」と気付いた。
前に屈んでつま先を触る時、宇宙は自分の腹側と背中側に分割される。そして後ろにのけぞって地表が天井になるとき、腹側にあった閉宇宙が開宇宙になり、背中側にあった開宇宙が、今度は閉宇宙になる。
この瞬間、目を閉じると視界が全てエッシャーの"Circle Limit"のように分割されていて、前後屈の動作と合わせてこの区画がグルグル動き回っていた(縁の極小の区画が拡大しながら中心にやってくる)
色も形もこの画像にそっくりだった。
mathmunch.org/2011/12/04/alp…
ストレッチの後は、ふと砂丘まで歩いて行くことにした。靴を履いて行った方がいいかなと一瞬迷ったが、ラムダス本に載っていた「ソールを履いて歩くことは、地球をゴムで覆ってしまうことだ」みたいな名言に感化されてたので裸足で歩き始めてしまった(そして、これは翌日だいぶ後悔することになる
前日は一日中重たい荷物を背負って歩いていたこともあって、余計に手ぶらかつ裸足、身体一つで歩くことの歓びを感じていた。
そして一度歩き始めたら、もうが楽し過ぎて止められない。
とにかく草木の一本一本、行列を作る蟻、時々走り去るトカゲとウサギ、そして広大な大地そのものと、そこへ降り注ぐ太陽光…、全てへの愛が大き過ぎて、心はただただ存在への愛に満たされていた。
裸足だったので、何度かサボテンの死骸を踏んでとげが足裏に刺さった。かなり痛かったが、サボテンへの愛おしさが大き過ぎて何の問題もなく、ゆっくりトゲを抜いた
(前に「モルヒネは痛みを感じないのではなく、それを許せるくらいの愛が溢れる」みたいなツイートを見たけど、それに似てると思う
そして「人間は裸足で歩くのが最も自然だ。裸足で歩いて足に痛みを感じるのならば、それはつまり歩くのが速すぎるんだ」と考えて、よりゆっくりと進み始めた。
背筋は伸ばしたままバランスを崩さないように腰を落とし、ゆっくりと片足ずつ、なるべく自然な状態を壊さないような場所を選んで、重心を移しながら進む。
例えばアリの群れを避けたり、うさぎの巣穴らしきものを崩さないようにしたり、枝の間をくぐったり。それ以降はサボテンを踏まなくなった。
地表は命で溢れているのだから、人は本来はこれだけの注意と敬意を払って歩かなければいけないんだな、と思った。
この歩き方が楽し過ぎて、午前中の瞑想状態に近くなってきたので、また「HUM〜」とハミングを再開した。

結果として、低音で唸りながら裸足で超ゆっくり抜き足差し足で歩きつつ、朗らかな笑顔を草木に向けてるという、狂人が完成していたが、それを誰かに見られる不安は必要なかった(はず
しかもそうやって歩いている間は、これが人間の最も自然な本来の在り方なんだと思っていた。
というのはそのとき「人間の意識は、創造主が自らの創造物を主観的に体験し、愛でるための窓なのだから、それを壊さないようにゆっくり歩いて観察するのが自然な在り方だろう」という世界観を感じていたから
この感覚を例えるなら「自分が作った超繊細なジオラマの作品に、小人として入って楽しむとしたら、どうやってそこを歩きますか?」というイメージ。
ふと太陽にかざした手の平は血管が透けて見えて、まさにアレックス・グレイの絵みたいになっていた(ちなみにこの日に顔や腕、首元をひどく日焼けして、後の数週間は皮がめくれ続けた
alexgrey.com/art/paintings/…
荒々しい小石だらけの地面を歩んだ足裏にとって、砂丘に近づくにつれて増える細かな砂の感触は、シルクのように滑らかで心地よかった。

砂丘の始まりに着いたときは既に日が暮れかけていて、その美しい空のグラデーションと砂丘の陰影に心を奪われたかった…
…がしかし、2つの現実が重くのしかかって来た。
それは、今からキャンプに戻るには遠すぎるということと、日が暮れたら気温は一気に下がり、薄い長袖一枚の自分にとってかなり寒くなるだろうということ。
日が昇る前に食べたLSDの効果は確実に切れていて、日暮れと共に、「神視点」から見た愛に溢れた世界は砂漠の強風に吹き飛ばされた。
沈みかけの太陽を見ながら、一生命体として生き残りが現実問題として焦りとともにのしかかって来た。
潜在意識では、薄々こうなることは分かっていたが、"今この瞬間"だけを生きていたお昼過ぎの自分にとって、夕方は考慮すべき問題ではなかったのだ。まあ凍死するするような気温にはならないことを、事前に調べているとはいえ、どうしようか…
砂漠の夜が寒いことは前の2日で体感していたが、今はテントも寝袋もなく、あるのは体と服だけ。

そこで、地中なら大気に比べて温度が安定しているだろうと思い、急いで穴を掘って埋まることにした。掘り始めると、確かに地中はまだ熱を持っていて生暖かったので、最初はいいアイディアだと思った。
息をするためには顔を地表に出すことになるが、地表付近は砂が吹き荒れているので、長袖を脱いで頭にかぶることで、口の中が砂だらけにならないようにしてから自分を埋め始めた。
しかしすぐに分かったのは、体の上に薄く砂を被せただけでは全く暖かくないが、十分な深さまで埋まろうとすると、肺の上の砂が重過ぎて息が苦しくなること。

そして最大の問題は、右手で体を埋めていくと、右手は埋められないという単純な事実。
結局なんとか身体は埋めたが、腕から肩にかけてはどう頑張っても地表に近くなってしまう上に、上半身裸の状態なので体温がどんどん奪われていく。寒すぎて体は震えようとするが、砂の圧力でほとんど動かない。
しばらく耐えたが(おそらく数十分)、砂の冷たさに我慢できなくなって「やっぱり服を着ていた方が暖かいのでは」と考えて起き上がり、砂を払いのけた

…が、そんなことはなかった。外の方がはるかに寒かった。
「ぬるいお風呂に入ってたら寒くなってきたけど、出たらもっと寒い」みたいな状態。
冷たい風に吹かれていると、これよりは冷たい砂の方がマシだと思って、もう一度穴を掘り直して体を埋める。そして眠れぬ夜を凍えながら耐えしのいだ。
頭上に広がる星々はものすごく美しかったのだけど、それを楽しむ余裕は全くなかった。
永遠と思える時間を耐えて「もう無理。やっぱり走ってテントまで戻ろう」と思い始めたとき、視界の端に地平線の空が白み始めるのが見えた。「やっと朝だ!!ありがとう太陽!本当にありがとう」と泣きそうな感謝が溢れてきたが、昇ってきたのは月だった。

これにはちょっと心が挫けた。
学習能力が無いので「やっぱり砂よりは服を着てた方が暖かいんじゃないか」と考え直して起き上がり、頭に巻いていた長袖を着なおした。
寒いことには変わらなかったが、実際じっとしているよりは、震えながら歩いている方が精神的に楽だったので、ふらふらと歩き始めた。
しばらく行くと、低木を中心とした砂の盛り上がりがあったので、その風下から薮の根元に潜りこんだ。そこは風がほどんど感じられなかったので、体感的な寒さはかなり軽減された。
今度はその斜面に窪みを作ってから、膝を抱え込み丸くなった状態でうまく収まろうと試みた。しかし、掘れば掘るほど上から崩れてきて全く地中に沈めなかった上に、根っこが邪魔をして掘りにくかったので諦めた。
「一体全体、自分はここで何をしてるんだ?」と思い始める。
「そう、自分は瞑想をしに砂漠に来た。そして"Be Here Now"を渡されて、今ここに在る精神とそうでない精神の違いを学んだはず。それ、全然活かせてないじゃん」と思った。

どうせ寝ることもできないので、瞑想を始めた。
最初は「寒い、辛い、寝袋…」で頭が満たされていたが、しばらくすると気分が楽になってきた。寒いことに変わりないが、それを苦しみという感情に繋げるのは自分の選択なんだなということが分かったから。しばらくして、ハミングも再開した。
そしたら自分は「HUMー」と唸っているだけなのに、顔の周りの四方から「ブーン」という変な音が聞こえ始めた。
これは幻聴にしてはおかしい、そもそもLSDの効果はとっくに切れてるはず。と思って目を開けると、そこにはハチドリがいた。
自分が"風やどり"している低木には綺麗な白い花がたくさん咲いていて、少なくとも4匹のハチドリが、ブーンと音を立てながらホバリングして、せわしなく花に頭を突っ込みんでいたのだ。
しかも時々、顔の前にきて一瞬ホバリングして「なんだ、花じゃねえのかよ」という感じで次の枝に移っていくのがいて超絶可愛かった。自分はハチドリをそんなに近くで見たことがなかったので興奮した。
そもそもハチドリがこんな真夜中に砂漠で蜜を集めてるなんて想像もしてなかった。
そうやってハチドリの美しい営みを息を潜めて眺め、花の香りを楽しんでいる間は、さっきまで戦っていた寒さや惨めさを一切忘れていたことに後になって気づいた。

このハチドリとのひとときは「やってくる朝にために辛い今をやり過ごす」のではなくて、純粋に「今この瞬間」を楽しめていたのだ。
3日目は何も食べなかった。
朝は曇り。視界は徐々に明るくなってきたが、心待ちにしていた朝日は厚い雲に阻まれて拝むことができなかった。それでも寒さがましになったので太陽は凄いなと思った。
昨日砂丘についた時は、穴を掘るのに忙しくて地面ばかり見ていたので、一番高い砂丘に登ってゆっくり景色を一望しようと決めて歩き始めた。
急な砂の斜面は、一歩進ごとに半歩滑り落ちるので、両手両足で登っていると割と息切れしてくる。
登っていると頂上に人がいるのが見えた。砂漠に入ってから見た初の人類は、重装備で三脚を使って撮影している様子だった。
行って挨拶することも考えたが、会話するだけの気力が湧いてこなかった上に、自分は今やばい見た目になっているだろうという自覚があったので、砂丘の影に入って瞑想を始めた。
その瞑想では、集中するとか以前の問題で、なんだか起きているのか寝てるのか分からないような、曖昧な意識状態で過ごしていた。
その間、雲の隙間から時々太陽光が差し込んできて、瞬間的に暖かくなった。この時ほど太陽にありがたさを感じたことはなかった。
結構な時間が経ってからその人が降りていったので、再び歩き始めた。しかし太陽はまた陰り、尾根を歩くと風が強いので寒くなってきた。
そうして震えながら歩いていると、ふと銀色の線が砂の中に見えた。手に取ってみると、それはなんとBICのライターだった。しかもちゃんと発火する。
砂漠を歩いてて寒いときにライターを拾うってどんな確率だろう、と思いながらも暖をとることにした。

写真みたいな乾燥した茎や細い枝が、風に吹かれて溜まっている窪みがあったのでそこで拾い集め、風を防ぐために穴を掘って中に小さな薪を組んだ。
en.wikipedia.org/wiki/Kelso_Dun…
その上に体育座りをして火を付けた。乾燥しているので瞬時に燃え上がり、そのまま燃え尽きてしまったが、わずかな熱を感じただけでもだいぶ気力が回復された。

しばらく余熱に浸ってから、穴を埋めて立ち上がった。このとき強い立ち眩みを感じた。
その後は、一気に頂上まで登ってしばらく景色を楽しんだ。気が済んでから、降りて車道へと向かった。昨日は道無き道を進んできたが、その時はとにかく早くテントに戻りたかったので、車道に沿ってに進むことにしたのだ。
ところがこのアスファルトの凸凹が非常に荒くて、裸足で歩くと痛くてたまらなかった。一歩ごとに強制足ツボマッサージをくらうのは心地よいものでは無い。それでも、昨日のようにサボテンを避けながら抜き足差し足で歩くよりは遥かに速く進めそうだったので、そのまま車道を行くことにした。
途中で、舗装された道から砂利道にそれたが、砂利はもっと痛かった。そのときは本当になんで靴を履いてこなかったんだと心から後悔していた。
さらに追い討ちをかけるように、ここで雨が降ってきてもっと寒くなった。
もっと強く降ってくれたら、シャワー代わりに砂を洗い流せたかもしれないが、少しだけだったので、乾いてくっついていた砂が水分を含んで余計に不快になった。頭をかくと、頭皮の油と砂が混じってこびりついたものが爪の間に入って最悪の気分だった。
しかもその道は隣のキャンプ場を通ってから目的のキャンプを通るように曲がりくねっていたため、かなりの遠回りをして一度道に迷ってから、昼頃やっと帰り着くことができた。
(もっと見通しが効かない環境だと割と危なかったので、トリップ中にキャンプ場から彷徨い出る際は本当に注意してください…
この時の自分は完全に「キャンプ場に辿り着くために、辛いけど歩き続ける」というマインドセットに戻っていて、足裏の痛みや寒さと、体中の砂の不快感は、苦痛へと直結して負のスパイラルに陥っていた。
ハチドリに教えてもらったことは一体なんだったのか…
今回の旅を通じて、本当に何度も懲りずに「今この瞬間に在る」精神と「過去か未来のために辛い今をやり過ごす」の2つのモードを行き来して、その違いを学ばされた。
キャンプに着くと安堵感で満たされた。タオルでなるべく身体をふいて砂を落としてからテントに倒れこみ、そのまま深い眠りに落ちる。
暑さで目を覚ますと夕方だった。空は晴れ渡っていて、直射日光を受けたテントはサウナのようになっていた。
朝はあれほど太陽を心待ちにしていたくせに、もうちょっと控えめにして欲しいなと思いながら岩の影に入り、日が暮れるまで瞑想と読書をした。

喉がカラカラだったので、水を一口だけ飲んでから再び眠りに落ちた。
4日目も何も食べず、この日は瞑想して過ごした。
時間を計ったりはしなかったが、日出から日没まで時間の半分以上は、坐禅を組んで瞑想していて、残りは読書したり近くを散歩したりしていた。
瞑想を始めたのはせいぜい2ヶ月前だったので、1日でそんなに長時間の瞑想をするのは初めてだった。
やっていた瞑想は、おそらく最も一般的なタイプで、
ただ呼吸に意識を集中させ、最初はとめどなく流れ出てくる思考や妄想を観察し、それに意識がとらわれていることに気づいたらまた呼吸に戻る、ということをひたすら繰り返していた。
でも、その合間に完全に静まって空っぽになる瞬間があり、だんだんその空白の割合が大きくなってくる。これは長時間続けるほどに静まっていくのかと思っていたけど自分の場合はそうでもなくて、一定時間(おそらく2、3時間)以上経つと逆に集中力が切れてしまった。
そうなると長い間、思考や妄想に囚われていても囚われていることに気づかず、自分が瞑想中であることを忘れているという状態になるので、それが起こると一度立ち上がって少し歩き回るか、読書に切り替えるかしていた。
2日目のLSDチート瞑想には程遠かったので、分かっていても軽い失望は感じた。
空腹感のピークはこの夜だった。寝ようとしても、お腹が減りすぎていて脇腹の下が少し痛く、深く息を吸い込めないという感覚になった。この日はドライファスティング(水分も取らない)にするつもりだったが、口が乾燥しすぎていて不快だったので、寝る前にキャップ2口の水で口を湿らせた。
5日目も何も食べなかったが、早朝にオレンジジュースを一口飲んだ。
断食のせいか、飲んだせいか、お腹が気持ち悪くなってきたので昼まで寝た。

起きると気持ち悪さは無くなっていて、不思議と空腹感も消えていたので、その後はまた瞑想を続けた。
気が散って妄想に囚われているときに、ふと近くに置いてあったラムダス本が目に入ると、四方向に"REMEMBER BE HERE NOW"と書かれているので、それがまさに自分へのメッセージに思えて、今ここにあることを思い出す、ということを繰り返していた。
この日は普通の瞑想に加えて、ひたすら共感を高める瞑想も試した。キノコやエディブルのトリップで感じたワンネスの感覚を思い出しながら「みんな自分である」ということを言い聞かせ、さらに家族や友達やお世話になった人たちを一人ずつ思い起こしながら深い愛を増幅させるような感覚で集中していた。
すると胸に大きなエネルギーを感じるようになって、トリップ中にかなり近い愛に溢れた状態になり、またこの連投 に書いたように悲劇に目を向けると、絶えられない程の共感から涙が止まらない状態にもなった。
心臓に意識を集中させることとその体験は強くリンクしていたので、これがハートチャクラ(第4)と呼ばれているものなんだろうなと考えていた。
物理的な意味での"エネルギー"がそこにあるとは思わないが、主観的な体験を制御/観察する手段として、段階分けしたチャクラの考え方はとても役に立つと思う
例えば瞑想中に浮かんでくる、人には言えないような幼稚な妄想の根源を探れば、大抵は第2か第3チャクラ的な欲求に還元できるな、ということが分かった。そうすれば瞑想中にそれをより素早く発見して手放すことができ、コントロールや対処がしやすくなる。
瞑想の後は、夕方にDMTを試すことにした。しかし、暑いテントの中に放置していたせいなのか、リキッドが完全に固体になってしまっていた。
でもしばらく熱していると煙が出てきたので、岩の上に寝転がって4回吸った(最初の一回は煙がほぼ出なかった)
今回は「空中に浮いた揺らめく細胞壁のカーテンのようなものを見続ける」という体験だったので、多分量が足りなかった。
これまでのDMTトリップでは、囲まれた部屋みたいなところに行くか、花模様を見ながらトンネルを抜けるかだったけど、エンティティとの遭遇も無ければ、景色が変わることもなかった
ただその揺らめく膜状の存在があまりに美しくて驚愕し続けていた。
光り輝く存在の中心が、揺らめきの中で見えそうで見えない状態が続き、なぜかそれを見つめながら「これが生命の神秘なんだ。今、命の根源を目ているのだ」と思っていた。
この人が描いているイメージが印象として近い。でも遥かに美しくてカラフルで、高次元的に動き回っている。
この景色は三次元空間で見ているのだけど、三次元ではありえないような距離感と空間の歪みやジャンプが起こるから、"高次元的"と表現するしかない(全て閉眼幻覚)
後になってからぽんさんのツイート を見て、確かにどうなってるのか分からない独特のうねり方がカラビ・ヤウ多様体にそっくりだったなと思った↓

ちなみに、時間的には準備含めておそらく15分以内だった。その後は日が暮れるまで、瞑想に戻った。
6日目。夜明けと共にDMT再挑戦するが、前日と全く同じ結果になる。このトライでカートリッジの中身は使い果たしてしまった。

その後、とっていたバナナとオレンジを食べた。食べ物類は、常に影になっている離れた岩穴に保管していたので冷たかった。人生で最も味覚が喜んだ瞬間だった。フルーツ最高。
実はカルフォルニアにドライブで入る前、事前にサンフランシスコ(以下SF)発の飛行機だけ、この日の2日後に予約してしまっていた。気分的にはもう数日間居たかったが、SFまでどうやって行くか。それどころか、まず砂漠から出られるかが問題だったので、2日の余裕を持って出発することにした。
リンク入れ忘れ。この人→ reddit.com/user/ashurbani…
まだ涼しい間にテント畳んで全てをパッキングし、ヒッチハイクするためにとりあえず車道に向かって歩き始める。昼前に車道に辿り着いたときには、既にだいぶ疲れていた。特に背中は汗だくで、5日間かけてほぼ減っていなかったオレンジジュースは、歩いている間に残り半分くらいまで飲んでしまった。
車道にさえ着いたらすぐに拾ってもらえるだろうと甘く考えていたが、当然そんなことはなかった。そもそも車は稀にしか通らないし、みんな猛スピードで通り過ぎていく。数時間歩きながらサインを出し続けても誰も止まってくれる気配が無いので、少しづつ焦りが募ってくる。
暑いし、足も疲れてきたし、肩が痛いし、誰も拾ってくれない…焦りは失望感に変わってきた。
最初は車の音がする度に振り向いて笑顔で親指を立てていたが、次第に前を向いて歩いたまま片手を軽く挙げるだけになった。
途中何度か座って休憩したが、日陰が一切無かったので暑さからは逃れられない。
でも正午を過ぎてから「まあ焦っても何も変わらないし、何もこの一番暑い時間帯に歩く必要もないな」と考えていたら、低木が日陰を提供していたのでそこで休むことにした。低木はトゲだらけだったので、タオルを巻いて防御しながら寝転がり、そのまま1時間ほど寝た。
起きてから、また「誰かに拾ってもらうために辛い今を耐える」という意識になっていたな。砂丘で夜を明かした時と同じ構造だ。と気づいて、今ここに在る精神に変えようと思った。
辛いのは「拾ってもらえるかも」という期待が繰り返し否定されことだったので、期待しないでただ歩くことも決めた。
実際、ヒッチハイクは高速の入り口前の交差点でやってた方が確率は高そうだと思ったので、そこまでは歩いていこうと決めたら気が楽になった。
気が楽になると呼吸に集中できるようになり、浅くて速い呼吸ではなくて、意識的にゆっくりと深呼吸をしながら歩くようにした。
そうして3秒吸って5秒吐く、くらいのペースで大げさに深呼吸しながら歩いていると、あたかも「主観」が身体の操縦席を立ち去って、自分が歩いていることを、一歩引いた所から観察しているかのような不思議な感覚になってきた(単に半分眠りながら歩いていた可能性はある
幽体離脱のように、空間的な意味で主観を別の場所に感じた訳ではないが、「体験している自分を体験している」と言うメタな感覚になっていた。
「自分」は疲れや痛みに対して主観的には巻き込まれず、半自動的に踏み出される一歩一歩をただ観察していた。同時に時間感覚も失われていた。
知らない間に目もつぶっていたようで、突然「Hey!」という男の声でびっくりして目を開けた。すると反対車線に車が停まっていて「大丈夫か?水はいるか」と聞いてきていた。
その「メタモード」は完全に無防備でリラックスした状態だったので、突然のことに一瞬何が起こってるのか混乱していた。
加えて、目を閉じたままフラフラ歩いていたのを見られたことへの恥ずかしさから、焦って「大丈夫問題ない。ありがとう!」とだけ言って、また歩き始めてしまった。
すぐに正気に返って、何をしてるんだ!なんで後ちょっとしか水分残ってないのに水を断ったんだと!大後悔時代が始まるが、もう遅かった
しばらくしてまた「今ここに在る」ことを思い出し、呼吸に集中しなおした。
今度は目を半開きにして、ギリギリ足元に白線を捉えられるぐらいの状態を保ちながら歩き続けた。再び不思議な「メタモード」に入れたので、一切の苦痛を切り離して、歩く自分を観察しながら歩き続けた。
時々目を開けて、メタモードを解除して後ろを振り返ると「おっ、こんなに進んでたのか!」と驚くという感じだった。でも、3回ほど半開きの目が完全に閉じてしまっていて、気づいたら白線を逸れて道のど真ん中にいたので急いで端に戻るという危ういこともあった(幸い車は来なかった
その間は、ずっと緩やかな上り坂になっていたので、丘の頂上に来ると風景が一望できた。前方の彼方には高速道路があり、振り開ければ後方の彼方に砂丘があった。
そこで車道から逸れた砂利道が、高台に立つ電波塔のようなものへ繋がっていたので、その坂を登って一番高いところで休憩することにした。
高台の眺めは素晴らしかった。ちょうど太陽も雲の影に隠れて、涼しい風が心地良かったので寝転がって風景を眺めながら完全にリラックスしていた。

すると車がやってきて止まる音がした。後ろを見ると、砂利道を登ってきたトヨタのピックアップトラックが、近くに駐められていた。
白髪のおじさんが車から出てきたので挨拶をしに行こうかと思ったが、立ちションを始めようとしていたので、そのまま気付いていないふりをした。

しばらく待ってから、改めて立ち上がって挨拶しに行くと「ヒッチハイクとかしてるの?」と聞かれたので、そうだと答えた。
彼は「そうか」とだけ言うと、サンドイッチ一緒に食べるかと誘ってくれた。一瞬、断食中だからと断ろうか迷っていたが、すでに口は感謝の言葉を述べていた。
彼は荷台のカバーを開け、まずクーラーボックスからキンキンに冷えた水のボトルを出してくれた。人生で最高の水でした。水ありがとう。
次にパンや野菜を取り出して、手際よくサンドイッチを作り始めた。途中でベジタリアンかと聞かれてまた一瞬迷ったが、そうだと言うと肉は抜いて、野菜とチーズと何かのソースで作ってくれた。なんなんだこの人、気が利きすぎている。
当然ながら人生で最高のサンドイッチでした。おじさんありがとう。
食べながら話を聞くと、彼はサンディエゴに住む60代のロックミュージシャンで、ベガスにコメディを見に行った帰り、自然の景色を見ようと思ってその道を通っていたらしい。眺めがいいところでサンドイッチでも食うかと思って止まり、立ちションしてたら人が寝てたからまじでびっくりしたと言われた。
サンドイッチ、食べる前はいくらでもいけると思っていたけど、半分も食べたらお腹いっぱいになってしまったのには驚いたが、残すわけにいかなかったので頑張って食べきった。それにしても、水が美味しすぎてすぐにボトルは飲み干してしまった。しかし水は大量にあったので、すぐに次のボトルをくれた。
どこに行くつもりなんだと聞かれ、最終的にはSFを目指してるんだと言うと、そうか残念だけど自分は逆向きだよ。と言われたので焦って、いや!全然どっち向きでもいいから、とりあえず明後日のフライトに間に合わせるために、砂漠を出ないといけないんです!という状況を説明した。
だから最寄りの文明までだけでも乗せてもらえないかと丁重に頼むと、それならサンディエゴまで下る途中の街に落としてあげるし、話相手がいた方が楽しいから大歓迎だよと快諾してくれたので、その街から電車でLAに行き、LAからバスでSFまで行くという飛行機に間に合う目処が立ち、胸をなでおろした。
助手席に乗って走り出すとクーラーが効いてきたので、なんて素晴らしい技術だとしみじみした。
そして、一日かけて歩いた距離が一瞬にして過ぎ去っていくのを見ながら、テクノロジーは時間を加速させるものなんだな、とぼんやり考えていた。
砂漠では断食とか瞑想とかサイケをしてたんだという話をすると、LSDの話になって大麻の話になった。大麻はよく吸うみたいだったので、自分が持ってた多分6gくらい残ってる袋をお礼にあげようとしたら、断られた。でも代わりに、今一緒に吸おうよと彼は言い始めて、車を道の脇に止めた。
自分はこれまで何度か試したんだけど全然効果を感じなかった ということを話すと「それはネタが悪かったのかもよ。これは超ハイになるから試してみ」と言いながら、洗練されたデザインの袋からバッズを取り出してグラインドして手際よくジョイントを作ってくれた。
強烈なTHCの匂い(だと思ってるもの)がして、確かにこれは強そうだなと思った。彼は運転を再開してから二口くらい吸ったら、明らかに雰囲気が変わって見るからにハイになった。ハイになると運転も速く荒くなっていったので、若干不安だった。
一方自分は三口吸ってもやっぱり何も起こらなかった。
ここは合法でいいねと言うと、いやそうでもない。昔は友達経由でもっと安くで買えたけど、合法化してからは税金がかかるようになったせいでだいぶ高くなった。自分は違法なままでもよかったね。と言ってて、そういう意見もあるんだと驚いた。自由経済の力すごい(まあ日本には当てはまらなさそうだけど
その後、彼が液体LSDを綺麗な湖のほとりでやったという昔のトリップの話を始めてくれたのでワクワクして聞いていたのだけど
「湖まで車で行ったんだ。っていうかこの道穴だらけだなクソっ。そういえば自分は昔、道路整備の仕事に関わってたこともあったんだけど、ここの修復作業はまるでなってないね」
…みたいな感じで、一言ごとに話が派生したサブトピックにずれていくので、強い意志を持って「で、LSDのトリップはどんなだったの」と話を戻し続けないといけなかった。でもその努力の結局「めっちゃ景色が綺麗だった」くらいの情報しか聞き出せなかった。
彼は完全な左派で、しばらくの間トランプとその支持者は頭がおかしいという話をし続けていた。そこで最近読んだ、Jonathan Haidtの「The Righteous Mind」という本の話をして、確かに人格的な問題はあるけど、右派の政治的なスタンスは左が無視しているいくつかの道徳観を重視しているだけであって、
その視点に立てば、自分達と同じように合理的な考え方をしてるんだ。ということを言おうとしたが、説明の下手さと彼のハイさが相まってほとんど何も伝わらなかった。

ちなみにこの本はかなりお勧めです:ジョナサン・ハイト「社会はなぜ左と右にわかれるのか」 amazon.co.jp/dp/4314011173
彼は自身がミュージシャンなだけあって、ロックへの知識が半端なく、いろんなバンドのことを教えてくれた。車には衛星ラジオの受信機が付いていて、いつでもどこでもロックが聞き続けられるようになっていた。
好きなバンドはいるかと聞かれたのでピンク・フロイドは好きだと言い、トリップ中に The Dark Side of the Moon を聞いた時は衝撃的だったという話をすると、お、それ最近聞いてないから聴こう!と言って、ガソリンスタンドで止まった時に大量のCDコレクションから引っ張り出してきてくれた。
ところで、ガソリンスタンドでトイレによって鏡を見たとき、自分の姿にちょっと衝撃を受けた。ひどく日焼けし、頰がこけていて、鼻の周りの皮膚がめくれかえっていた。
いくら顔を洗っても砂が出てきたので諦めてトイレを出て、この見た目でよく乗せてくれたな…と感謝した。
そこからしばらくはダークサイドオブザムーンを少し大きすぎる音で流しながら、少しスピードも出し過ぎながら高速を突っ走っていった。

走りながら見た空の雲と太陽は妙に神々しく、会話も音楽も風景も、全てはただ自然に流れていた。
open.spotify.com/album/4LH4d3cO…

数時間いろんなロックバンドの話を聴きながら、スマホでナビゲートして目的の駅に寄って落としてもらった。着いた時にはもう真っ暗で、雨も降っていて肌寒かった。
お礼に大麻や大量に残っていたシリアルバーをあげた。再び大麻はそんなに悪いよと断られたが、どうせ空港で捨てないといけないと説明して貰ってもらえた。
すると、お礼へのお礼にとライム炭酸水とお茶のボトルをくれた。
お礼のお礼にお礼を言ってハグして別れた。本当にいい人だった。
その日の終電はもう出ていたので、駅の外のベンチで瞑想しながらそのまま眠りに落ちようと思っていた。
しかし数時間後になって駅員さんに、一旦敷地を全て閉めるから出て行くようにと言われた。雨はまだ降っていたので、あの辺りに行くと雨宿りできるよと指をさして教えてくれた。
行くと、何らかの公共施設と駐車場の間に屋根が突き出たところがあったので、そこで夜を越すことにした。しばらくは座ってまた瞑想していたが、寒かったので結局マットを敷いて寝袋で寝ることにした。路上で寝るのは人生初めての経験だった。幸い人は見当たらず、治安が悪そうな雰囲気でもなかった。
局所的に「地面にマットを敷いて寝袋で寝る」という行為だけを見れば、やってることは砂漠にいたときと何も変わらないはずなのに、周囲に建物があったら突然ホームレスになるんだなあと、ふと思った。
そして以前なら路上で寝ることにはかなり抵抗があっただろうと思い、自分の価値観の変化を感じた。
7日目。朝、最初の電車でLAに着いた。予約したSF行きの夜行バスまで時間があったので、重たいカバンをBAGBNBで預けてから、ぶらぶら当てもなく歩き回ったり、レンタル電動スクーターを乗り回したりした。
まずおしゃれな本屋があったので、寄って色々立ち読みしていた。ここでクリシュナムルティの本と出会った:


その後で現代美術館に行ったが、見た目がホームレスだったので警備員にジロジロ見られた(気がした
ホームレスに何かせがまれると、まだまだ残っていたシリアルバーを配った。感謝の言葉をくれる人もいれば、いらねえよと罵倒されることもあった。ホームレス同士だと思われてのかもしれない。

ちなみに自分で言っても説得力は無いけど、自分は見た目こそ綺麗ではなかったが、臭くはなかったと思う。
以前は汗をかいた後には自分を臭いと感じたのに、近頃はそれを感じなくなっていて、実際前日も歩いて汗だくになったのに無臭だったことに驚いていた。

匂いが強いものを食べたら体臭に出るのと同じ理屈で、逆に断食したら体臭は弱くなる、みたいなことはあってもおかしくない気がする。
この日は、朝にスムージー的なフルーツジュースを1本飲み、夕方にリトル・トーキョーでベジマンを食べた(全く食べるつもりは無かったのに肉まんのディスプレイを見て食欲に負けたが、まだ肉は食べたくないという思いからベジマンで手を打った。しかし昼のサンドイッチ程の感動はなかった。
夜行バスの出発駅は夜遅くでも人でごった返していて、予約した時間の3時間後くらいまで待たされてからようやく乗れた。これが今回の旅の中で一番疲れた(ストレス的な意味で
8日目。朝SFに到着したので、夜のフライトまでまた市内をレンタルスクーターや自転車でうろうろした。まずはカバンを預けて海に向かった。

この日は朝にベリーのスムージー、昼にオレンジジュースを飲み、夕方にりんごとブルーベリーを買って食べた。
レンタル自転車で走っていたら人だかりがあったので止まると、道の真ん中に倒れている人がいた。側についていた人に聞くと、どうやら轢き逃げされ、救急車を待っている状態だと言う。意識はあるようだったが、どこを怪我しているのかも分からないし動かさない方が良さそうだった。
自分にできることは無かったので、無事を祈りながら自転車に戻った。しばらくして強い既視感を感じ、砂漠に入る前の高速でも同じようなことがあったことを思い出した

それ以前に事故で倒れている人を実際見たことは無かったのに、続けて二人も見るなんて変だなと思った。
別の場所で、ふと壁の落書きに「LOVE IS THE ANSWER」と書かれた看板を掲げたアインシュタインがいた。アインシュタインも分かってたんだな〜としみじみ思いながら、それがまさに自分へのメッセージとして強く感じられ、不思議な気持ちになった。

画像元 i.pinimg.com/474x/6f/f1/f8/…
ぶらぶらしていたら、すれ違った自転車の乗り手に見覚えがあったので止まった。すると相手も止まったので近づくと、カルフォルニアに来る前にずっとお世話になっていた人だった。
互いに相手が今この街に今いることも知らずに鉢合わせるなんてすごい偶然だと驚きながら、近況を共有しあった。
夕方にSFOに着いて、10日ぶりのシャワーを浴びた。
当然ながら人生で最も気持ちいいシャワーだった。砂と皮膚が止まることなく流れ落ち続け、購入したプランの30分をフルに使って体を洗い続けた。
着替えてスッキリしてからチェックインした。
ベンチに座って待ちながら瞑想しているとき、ふと砂漠で歩いていたときに起こった「メタモード」が再びやってきた。椅子に座っている自分の全身の感覚を認識はしているけど、それに自己同一化せず、一歩下がってただ観察しているという妙な感覚。
飛行機の中では、ほぼ寝続けていて現実が分からなくなるレベルの夢を見た。途中「っうウア!」と変な声を上げながら目が覚めたときは超絶に気まずかった。その後も飛行機に乗るたびに、現実を見失うような夢が続いたので、宇宙に近づくと飛びやすくなるみたいな何かはあるのかもしれない。
事前に考えていた旅の目的は瞑想だったが、はっきり言って家での瞑想と特に違いはなかった。それ以外やることがない環境を作ったから長時間できたというのはあるが、瞑想中は自分の内面に向かっているので外の景色はあまり関係ない。非日常な環境よりも日々の継続の方が遥かに大事だなと改めて感じた。
旅を通じて、不思議な偶然はそれを求めずリラックスしてる時にやってきた。
寒さを受け入れたときにライターを拾い、焦るのをやめて歩き始めたとき水をオファーされ、誰かに拾ってほしいと思うのをやめて休んでいたら完璧な人が拾ってくれたり、単に街でそこにいるはずのない知り合いと鉢合わせたり…
合理的には全ては偶然で片付くのだが、自由意志を否定して全てはただ起こっていると言う視点に立つと、こういうシンクロもある種の必然として捉えられる。また別の視点としては、ワンネスに近い意識状態を維持していると「全ては自分なのだから当然シンクロする」とも言えそうに思えてくる。
旅の記録、おしまいです。
こんな長いスレッドを読んでくれた方は本当にありがとうございます。
追記:
その後はしばらく食欲との格闘が続いていて、
一日三食のカーニヴォア甘党になっていたが、


7月半ばからは再び食事の量を徐々に減らして、8月に入ってからはほぼ、1日1食のナッツと果物だけで暮らしている。毎朝走ったりもしてるが、特に問題ないのでしばらく続けてみるつもり。
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