言葉としての「魔王」のルーツは漢訳仏典です。「魔」というのは修行を妨げ、人を悪に堕とす要因の総称で、欲界の六欲天の最高位、他化自在天(第六天)の支配者が第六天魔王波旬は天魔の権化あるいは首領とされます。
魔を従える者としての「魔王」を遡ると、たぶん『保元物語』金刀比羅本で「日本国の大魔縁となり、皇を取って民とし民を皇となさん」という呪詛の誓文を血で大乗経に記し、海に沈めたという崇徳帝に行き着きます。『太平記』では、王朝に恨みを持つ者たち共々、天狗を従える「大魔王」と呼ばれます。
室町時代末期から江戸時代に入る頃になりますと、多少今日的な魔王っぽい役回りの第六天魔王が古浄瑠璃に登場するようです。役行者と第六天魔王が相対する古浄瑠璃が『古浄瑠璃正本集』(角川書店)に入っていたと記憶しますが、何故か該当巻が見つからず未確認。
また、室町時代には熊野の山伏、比丘尼が各地を巡りながら『熊野歓心十界絵図』などの地獄の様相を描いた絵巻物を絵解きしながら勧進を行い、庶民に「死者に罰を与える地獄の王」としての閻魔大王が広く知られたようでして、このあたりも魔王のイメージに関わっているかと思います。
江戸時代になりますと『西遊記』が紹介され、いよいよ今日的な「魔王」の用法に接近します。『絵本西遊記』の挿絵などを参照。なお、『眞書太閤記』(江戸後期)を読んでいた時、「天帝の魔王を打ち破りしもかくや」というフレーズが出てきて「キリスト教!?」と驚きましたが、これは『西遊記』かなと。
で、幕末~明治。西洋の語彙に、「魔王」と置きかえられるような言葉は見当たりません。Demon Lord、Archenemy、Jinnなど、実にまちまちの言葉が「魔王」と訳されたようです。おおまかな系統は、悪魔の王(Satan)と妖精の王(Erlkönig/Elfking)、そして民話に出てくる巨鬼(Ogre/Giant/Troll)。
ルキフェルを「魔王」と訳している明治期の『神曲』を、以前このテーマについて調べた時に確認しています。オベロンやシューベルトの「魔王」がふたつめに該当。ラストは「長靴をはいた猫」や「ジャックと豆の木」など。今日的な魔王は、このあたりが混在しているようですね。
時間が遡りますが、江戸期の奥浄瑠璃(東北地方の浄瑠璃)『田村三代記』などに登場する、今やすっかり有名な鈴鹿御前は「天竺第四天魔王の娘」。江戸時代初期に流行った、頼光四天王の息子だの将門の娘だのの流れかなと思いますが、そこで「魔王」が出てくるあたりにエンタメの熟成を感じます。
余談:「未知なるカダスを夢に求めて」などに言及されるアザトースの尊称は“Demon-Sultan”です。古くは「魔王」と訳されていましたが、自分は竹岡啓氏の提唱した「魔皇」を採用しています。
ここまでの話はストレートに“魔王”と呼称された存在を扱っていて、これに仏教の阿修羅王や羅刹王だの、日本の竜王だの酒呑童子だのを絡めていきますとSNSで軽く流すような規模の話ではなくなりますので、そこは意識的にオミットしとります。(閻魔大王くらいが限界)
余談2:『指輪物語』では、モルゴスとサウロンが"冥王 Dark Lord"、ナズグールの首領が"アングマールの魔王 Witch-king of Angmar"です。ただし、邦訳の本編内ではなく訳者解説などでモルゴス、サウロンが魔王と呼ばれている箇所を確認しています。
近代の細かい話をいったんすっ飛ばしーーアニメ版『魔法使いサリー』(1966)に魔法の国の大魔王であるサリーの祖父が登場。続くアニメ『リボンの騎士』(1967)の魔王メフィスト、アニメ映画『長靴をはいた猫』(1969)の魔王ルシファあたりが、日本における西洋的魔王エネミーの走りと思われます。
魔王エネミーではありませんが、『大魔王シャザーン』(日本放送は1968)、『ハクション大魔王』(1969)など、この時期に"魔王"のワードが出てくるアニメが集中的にお茶の間に流れておりますね。といったところで、いったんストップ。また気が向いたら何か書きます。
補足します。「「魔王」と置きかえられるような言葉」というのは、1対1で置き換えられるような、ということです。
ストップじゃなかったのかよ。いや、バスで帰宅中でして。魔王的ファンタジーキャラが逆襲するタイプの作品は、"Wizardry: The Return of Werdna - The Fourth Scenario"(1987)が元祖と思いきや、日本の『ロストパワー』(1986)が先んじていたりします。『どろろ』の変奏曲だと思いますけれど。
読み切り版『WIZARD!!〜爆炎の征服者〜』(1987)のダーク・シュナイダーも実質魔王(作中で魔導王との呼称あり)でしたね。「生まれ変わったら魔王だった」については『ビ・ヨンド 〜黒大将に見られてる〜』(1996)以前のものが思い当たらないのですけれど、何かしらあったような気はします。
余談2追記:そういえば、79年日本公開のアニメ映画『指輪物語』では、冥王サウロンではなく魔王ソロンであったりした。 moviewalker.jp/mv9298/
補足:作中で魔導王との呼称があったのは『BASTARD!! -暗黒の破壊神-』の方です。「連載作中で」とすべきでしたね。

• • •

Missing some Tweet in this thread? You can try to force a refresh
 

Keep Current with 森瀬 繚@ブライアン・ラムレイ〈幻夢境〉シリーズ

森瀬 繚@ブライアン・ラムレイ〈幻夢境〉シリーズ Profile picture

Stay in touch and get notified when new unrolls are available from this author!

Read all threads

This Thread may be Removed Anytime!

PDF

Twitter may remove this content at anytime! Save it as PDF for later use!

Try unrolling a thread yourself!

how to unroll video
  1. Follow @ThreadReaderApp to mention us!

  2. From a Twitter thread mention us with a keyword "unroll"
@threadreaderapp unroll

Practice here first or read more on our help page!

More from @Molice

27 Nov
#cthulhujp 「ルルイエ=希望」について反応しますと、古代レムリアにおけるトゥル(クトゥルー)は宇宙の調和を司り、地球に侵略してきた宇宙の悪魔と戦った神ですので(「墳丘」参照)、アーサー王的な復活を待ち望まれる神の寝所としてのルルイエなのでは?(正気度ゼロ顔)
ルルイエをルルイエと呼んでいた人々にとっては、ルルイエは大いなる古きものどもの大祭司の住まう聖所でしたでしょうから、それがルルイエ語で"希望"を意味する言葉であったとしても、クトゥルー神話的におかしい話だとは別段思いません。まあ、現生地球人類にとっては害悪かもしれませんけれど。
※なお、『ウルトラマントリガー』の話題ですので、同作に合わせて「ルルイエ」表記を使用しておりますが、僕自身はかなり前から「ルルイェ」で統一していたりします。
Read 6 tweets
26 Nov
#ロマンス小説読んだことない人が嘘だと思うけど本当の事言え 「インスマスを覆う影」の後日談的ロマンス小説が実在する。 Image
こちら。ヤフオクを張っておりますと、たまに高額出品されているのを見かけます。 amazon.co.jp/dp/4890248072
証拠。 Image
Read 4 tweets

Did Thread Reader help you today?

Support us! We are indie developers!


This site is made by just two indie developers on a laptop doing marketing, support and development! Read more about the story.

Become a Premium Member ($3/month or $30/year) and get exclusive features!

Become Premium

Too expensive? Make a small donation by buying us coffee ($5) or help with server cost ($10)

Donate via Paypal

Thank you for your support!

Follow Us on Twitter!

:(