確かにソ連戦車は超信地旋回ができず、後進速度を重視しないものが多いです。しかしそのお陰でソ連戦車の長所である小型軽量さや低コスト、大航続距離などが実現できている面もあったりします
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なんで小型軽量さの話になるの?というと。例えば1枚目左がレオパルト2の、右がT-72の変速機・操向装置です。前者は一塊のデカく重い装置ですが、後者は左右に独立した小さな変速機を二つ置く。装置自体が小さく軽いし、それで出来る隙間には補機やら他の物が置けるしで、全体が小さくできるのです
変速機が小さく軽いのはいいとして、では実際どうしてそいつで後進速度が遅かったり超信地旋回ができなかったり、でも航続距離が長くなったりするのさ? というと少々複雑な話になります。まず後進速度から考えてみましょうか
戦車が出せる速度の幅は、常識的な馬力のエンジンを積んでいる場合は、変速機がどれだけ幅広い速度を選べるかによって決まります。乗用自動車なら1速でも踏み込めば30km/hとか出せちゃいますが、戦車は大きなトルクが要るので、1段の変速段では大きな速度幅は選べない。つまり多くの段数が要ります
しかし変速段数があまり多いと操縦が大変です。安全な道路をただ巡行するならともかく、戦場で道路外の戦闘機動を、あれこれ注意しながらさらに常に走行速度に応じた最適な段数を選んで小まめに変速操作をさせるというのは、操縦手の負担が非常に大きい。なので戦車で手動の超多段変速は望ましくない
そこで大戦半ばの米軍戦車あたりから、トルクコンバーターという装置が用いられるようになりました。細かいことはさておき、こいつは無段階の自動変速機として機能します。ただしあまり負荷をかけると効率が落ちるので、こいつだけに変速を任せるのはよくありませんが
戦車の場合はトルクコンバーターでザックリ機械(歯車)変速機での3弾性分相当くらいの速度幅を得られます。なのでトルコンと2-3段の機械変速機を組み合わせれば、掛け算で6-9段の機械式変速機と同等の幅広い速度が選べるようになる。しかも手動で変速する手間は機械の2-3段の分だけで済む。素敵!
そしてトルコンの恩恵は後進速度にも効いてきます。後進の最高速度を上げるには、機械式変速の場合はバックギアを2段、3段と用意しなければならず、その分だけ変速機が複雑化してしまいます。でもトルコン・機械複合の場合は機械後進1段を用意するだけで、実質的に1〜3段までの後進速度が選べるように
しかしトルコンも完全無欠に素敵な装置という訳ではありません。先の図にもあるようにトルコンは羽根で液体をかき回して、それを反対側の羽根が受けて回ることで変速を実現しているのですが、その構造から、どうしても動力伝達にロスがあります。これが戦車では無視できない燃費の低下に繋がるのです
そして戦後ソ連戦車は、正にそのトルコンの非効率さからの燃費低下を嫌ったのでした。例えばT-55でもこんなトルコン・機械複合の変速機が実験はされていたのですが、燃費が半分にまで落ちてしまうということで不採用になっております
トルコンの非効率については変速の必要がないときはクラッチで入力と出力を繋いでしまう(ロックアップ)という手もあるんですが、如何せん50年代ソ連にはまだそのアイデアはなかったようです。それにロックアップがあっても変速してる時の非効率はそのままですからね
ではトルコンを使う代わりにソ連戦車ではどうしたかというと……機械式多段だけど比変速操作を簡単にする、という方向に進みました。機械式だから伝達ロスは最小限なので燃費が良い、多段のおかげで速度幅は広く取れる、でも変速が簡単なので操作量の問題は小さくなるという方向性
実際T-72の変速機の中身はこんな感じ。3段の遊星歯車のあちこちを6つのクラッチを使って止めたりすることで、前進7段+後進1段の機械式変速機を構成しております。動作するクラッチは自動的に選ばれるので操作する側は変速レバー1本だけで、クラッチペダルも無い。見た目の複雑さに反して操作は単純です
ただしあくまで後進段は1段しかない機械式変速機なので、その段で出せる速度幅でしか後進は出来ません。というわけでT-72の後進速度は4.18km/hに制限されてしまうのでした。後進段数を増やそうとすると変速機自体の複雑大型化は恐らく避けられないので、これはたぶん仕方がないのです
そしてこのT-72の変速機の方式は左右独立に変速が可能です。操向レバーを引くと引かれた側の変速機が一段落とされるので、それで左右の履帯に速度差が生まれてカーブする。なら停止時に片側1速・反対を後進に入れれば超信地旋回にならない? と思ってしまうんですが、実際にはそうは入らないようです
というのも1速の変速比は最高速度が7.32km/hになるようになってる一方、後進段は4.18km/hなので、仮に片側が後進に入るようになってたとしてもちゃんとした超信地旋回にはならないんですね。信地旋回と超信地の中間くらいの中途半端に小さな旋回になってしまう
それでもただの信地旋回よりは小さく回れるのだからやってもいいのでは? 「変速レバーを引いた方を1段落とす」という単純な働きではない、例外的な挙動を挟むことが必要になります。しかも機械式リンクで。やって出来ないではないでしょうが、中途半端なメリットには見合わない複雑さかも
ちなみに多くの戦車では超信地旋回は二重差動式という操向装置で実現してます。本来は「主入力に加えて、左右それぞれの軸に横から手を加えて速度を足す/引く」という方法でカーブさせるための機構なのですが、おまけとして主入力がニュートラルだと「足し/引き」軸だけが動いて左右履帯が逆転するわけ
ちなみに二重差動式の操向装置では左右履帯にそれぞれ同じだけの速度が足し引きされるので、左右履帯の平均速度は同じ。つまりカーブしても前身速度は変わりません。一方T-72の方式では片側だけ一段下の速度になるので戦車自体の速度が落ちる。これは一見すると速度が落ちない方が有利そう……ですが、
実際には戦車という重いものが既に直進しているところを、その運動の向きを変えるわけで、カーブするということ自体が負荷のある挙動です。つまり速度を落としてトルクが欲しくなる状況。その点ソ連戦車式の内側をシフトダウンする方式は自動的にそれを補ってくれるので、実は好都合だったりもします
ただし二重差動式の操向装置を持つ戦車の多くはトルコンも持っています。なので実際にはそっちの方で自動的に変速が行われる形になり、結局は問題はありません。純機械式変速かつ二重差動式という構成の大戦期ドイツ重戦車あたりではそれがないので、能動的なシフトダウン操作とか留意が必要になる
と、こうして見ると戦後ソ連戦車の変速機・操向装置は高機能ではないものの高効率・高燃費ではあり、小型軽量で戦車に収めやすい、また操作系はともかく変速機構そのものには油圧機械を含まないのでシンプルで、製造もメンテナンスもしやすいといった特徴を持つと言えます
一方でこの方式には欠点も少なくありません。今回の主題の低後進速度、超信地旋回ができないこと。走行も操向も純機械式の有段変速に頼ることから、挙動がガクガクと段階的になります。これは各種機構への負荷に繋がり、また行進射への適性でもマイナス
とは言え兵器というのは何であれ、一定の制限のなかで所定の要求を実現しなければなりません。戦後ソ連戦車の要求を全て満たしつつ、かつ高い後進速度や超信地旋回能力まで兼ね備えた戦車というのは、おそらく大変実現困難なものとなったでしょう
一方で20世紀後半の戦車としてならともかく、21世紀の戦車としてそのままでよいのか?という議論は当然あり得るとも思います。戦場の要求も、また前提にしていい技術も当然異なっておるわけですから。まあ私は現代兵器よく分からないので何とも言えませんけど
というこそもそも戦後戦車さえよく分からないので、このなんか知ったようなおはなしも実際的外れだったりするかも知れません。T-72マンに怒られそう
と、ここまでは物理的な側面でソ連戦車の変速機を見てきましたが、そもそも性能の要求からして大きな後進速度は必要とされていなかった、という面もあるかも知れません。これまでに触れたのとは全く別系列の変速機というのソ連戦車にはあって、そっちの方からそういう香りがするのです
その例というのが戦後ソ連のガチ目重戦車の系列、IS-4やT-10です。こいつらは中戦車〜主力戦車の連中とは全く異なる形式の変速機を持ってました。特筆すべきは後進の方法で、主変速とは完全に独立した逆転機を持っておるのです。これなら機構的には前進でも後進でも全く同じ速度で回せる……けれど
しかし実際には逆転機レバーの操作に連動して変速レバーに制限がかかるようになっていて、後進時には3速までしか入らないようになっていました。これにより後進速度は9.5km/h(奇しくもIS-4でもT-10でも同じ)に制限されることになります。……これでさえT-55やT-72より後進が速いというのはさておき
つまりIS-4やT-10は変速機の機構上はまったく問題なく高速後進が出来るにも関わらず、実際にはそうした操作は出来ないようにあえて制限されていたわけです。尤もその理由までは分かりませんが。必要性がないと考えられていたのか、安全上の理由か、それとも例えば走行装置等に別の都合があったのか……
変速機構上は後進全速が出せるけど走行装置の関係で実際にはできない、というのは例えば独軍のエレファントがそうだったりします。電動なんで逆転も自由自在なんですが、後進だと履帯の伸びる側、引っ張られる側が逆になる関係で履帯が暴れ、後進は12.7km/hに制限される。それでも意外に結構速いですが
でもIS-4やT-10は上部支持輪があるから履帯の挙動はエレファントより安定してるだろうし(まったくの想像)、やっぱり「仕方なく」ではなく「必要性がないと考えられていたから」で後進速度を制限していそうな気はする(やはりまったくの想像)
あとT-72とか戦後ソ連主力戦車系の多段遊星変速機。あれひょっとしたら変速機自体の構造は変えずとも、操作系をなんとかしてクラッチの固めるところと緩めるところを上手いこと選んだら後進でも何段かに変速できないかな? とも思うんですが、遊星歯車列を見ていると頭が痛くなるので分かりません
あと試作車まで含めると戦後ソ連戦車でもトルコン採用なり何なりで後進速度が出せそうな造りのやつはままあるんですが、超信地旋回が出来そうなやつは全然見当たらないような気がするのです。電動系はともかく二重差動式は本当に見かけない。なんか実例知りません?
ソ連は大戦期には虎やら色々鹵獲しているし、戦後も外国戦車の構造を結構詳細に把握していたりするんで、二重差動式という概念を知らなかったということは全く考えられません。間違いなく知っていながらあえて選んでいないのです
恐らくは構造の複雑さと、そして先述したカーブ時の余力と減速の関係でトルコンと組み合わせないとちょっとイマイチというところからソ連的には二重差動式の操向装置が選択肢に入らなかったんじゃないかなあ、などと想像するところではありますが、はてさて
超信地旋回ができる操向装置や変速機というと、二重差動式のほかに電動、そして油圧ポンプ/モーターの組というのもありますが。でも電動戦車はご存知の通り袋小路だったし、油圧モーターは補助用途はともかくメインとして使えるようになったのはかなり後のようだし、尚更ソ連ではその方向性は薄そう
とかなんとか知ったようなことを言っておりますが、実際のところわたしゃ戦車の変速機や操向装置のことをロクに知らずに雰囲気で言っております(マジで!)。なので誰か戦車の変速機・操向装置の分かりやすい本書いてください。1942部買うので
おおっと。T-72にクラッチペダルがないというのは、あくまで個々のクラッチを操作するようなペダルは無いということです。実際にはスムーズに発進する為にひとつだけクラッチペダルがありますが、変速の際には使わないので普通MT車みたいに踏んだりはしないもの
しかしクラッチペダルはあっても「メインクラッチ」は存在しないという不思議な状態。なのでクラッチペダルを離すと先の図の中の任意の場所が繋がるという挙動になるはずで。ただどこが繋がる(あるいは外れる)かは現在選択されている変速段によって変わるんじゃねえかなみたいな……ええ?
T-72の変速機はメインクラッチ、変速機、操向装置、パーキングブレーキの機能を兼ね備えている……うん、確かにそう書かれてます。そういうことらしい
T-72B3には何やらAPP-172自動変速機がついたアップグレードがあるらしい……ものの、どうもこれ全く新しい自動変速機というのではなく、既存の手動変速機に後付けで自動制御するものなのかな。自動車で言うAMT的な?
こいつの主眼は変速という事になっておるようですが、しかしT-72で変速機の制御を握るということは操向装置の操作を握ることでもあります。実際ハンドルも付いておりますし、操作に関しても何かしてくれるのは間違いなさそう。だとするとなかなかな面白い事が出来たりするかも知れません
さてT-72の変速機・操向装置は先述のように前進7段後進1段があるんですが、従来の手動操作では旋回操作は単純に「旋回内側を1段落とす」という一通りだけ。でも自動制御を噛ませるなら、左右の変速段を自在に選択しての多段半径旋回というのも出来ちゃったりするかも知れません。これは面白い
というのも、自動車がハンドルを切って行う様なスムーズな旋回、つまり無段半径旋回というのは戦車にとっては結構難しい、そして出来たら嬉しい課題なんですね。それが出来ない戦車は、自動車で言うなればハンドルを直進か、または決まった一定の角度に切るかしか選べないようなものなわけです
当然ながら油圧モーターなんかを使った(あるいはそれを二重差動に噛ませたりした)無段半径旋回ができれば一番良いのですが、無段ではないにせよ多段階の旋回半径が選べるなら、少なくとも一段しか選べないよりはマシです
旧来のT-72の操向装置の制御ではその一段半径旋回ということに……というか変速段数によって半径もかわるで実際には7段あるけど操向操作だけで能動的に選べる半径は1段階だけというわけで、構造は全く異なるけれど一段半径二重差動式に少し似た挙動になると言えるのかどうか(よくわからない)
そこに自動制御を噛ませる事で仮に左右の自由な変速段選択が可能になっていたとすれば、物理的な変速機の機構はそのままにT-72を多段半径旋回に対応させることができる……と理屈の上では出来そうなのですが、実際APP-172が何をやっているのかはサッパリ知りません
言うてもそれぞれの変速段の速度差によっては多段半径前回になるとは言っても
、あまりいい感じの幅では選べなかったりするかも知れません。それに現状できるのより急ハンドルは切れるようになったとしても、逆に緩く切るのはどうやっても出来ないですし
ちなみにT-72より後の戦車はというと、T-80ではエンジン周りは大きく変わったものの変速機・操向装置は従来と同様、左右それぞれ独立した多段遊星式を置くスタイルのまま。変速段数は前4後1に減った、というか馬力向上の恩恵で「減らしてもよくなった」というべきかしらん?後進速度は11km/hに改善と
さらにT-80U-M1計画では……えっ、まさかのロシア戦車らしからぬ二重差動式、しかも差動入力は油圧モーター!? とするとこいつはロシア戦車としてはほとんど例外的に超信地旋回も無段半径旋回もできたはずた、ということになるのかしらん。でも変速機は左右独立と、東西のハイブリッドめいた構成です
T-90は……ぜんぜん知りませんが、まあなんか「すごいT-72」っぽいので変速機周りはT-72と同様なんじゃないかしらん(投げやり)
そしてT-14……そのものの操向装置の実際はまだ分かりようもないのですが、その開発の時期に提案された、ひょっとすると関係あるかも知れない程度の図。二重差動で差動入力を油圧モーターにて、主変速は純機械で、ただし左右独立ではなく中央に纏める……と、T-80U-M1のそれの発展めいた香り
どうもロシア戦車は本当にトルコンを嫌っているようです。その非効率さと燃費の悪化に加えて、トルコンの発熱とそれに対処するための余分な冷却の必要性、そこから来る容積や重量の増大というのも好ましくないとされている様子
おっと重点。T-72の変速機それ自体は純機械式だし機械式リンクを介するけれど、最終的な変速機の操作そのものは油圧によって行われます。なので変速や操向の操作自体は(あの悪名高い)T-34みたいに重かったりはしないわけです
そして基本的には機械的に実現されているものの、幾らか電気的な制御もある様子。ただこれは電子制御のスゴイ自動変速!みたいなものではなくて、一旦ニュートラルに入れないと後進に入れられないとか、エンジン許容回転数を超えてしまうようなシフトダウンを禁止するとかの安全機構の類っぽい
個々の機械のおはなし、調べると無限に話が出てきて終いにはマニュアルをまるごと書き写すことになるので適当なところで切り上げが必要
超信地旋回は(必ずしも全てではないものの)主に二重差動式操向装置の副産物的にもたらされる機能なので、そのタイプの操向装置を好まないソ連戦車には自然に超信地旋回機能もついてこないことになりがち、という風にも言えるかしらん

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