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Sep 17 29 tweets 1 min read
うるさい!!ビットコイン!!!俺はもうロングできないんだっ!!!
…あれからどれくらい経ったか、ビットコインのロングを続けることができなくなった俺は旅に出た。アテは無い。若い頃希望を持って田舎から出てきたあの時とはまるで逆で、東京から逃げるような旅であった。
何処に行こうか、できればビットコインの名前が聞こえないところが良い。そんな場所は簡単には見つからない。アテのない旅であった。ある時空腹に耐えかね財布の中身を確認しながら入った定食屋で鯖定食を注文し待っている時、近くの大学生らしき二人が大声でビットコインのことを話していた。
ああ、夜のドライブと潰れかけのボーリング屋しか娯楽の無さそうな、こんな寂れた町に住む若者たちもビットコインをロングするのか。鯖定食が半分ほど無くなったあたりで俺は食欲を無くし、そのまま定食屋から立ち去ろうとした。もちろん食い逃げで捕まった。
取り調べが始まった。何も喋らない俺に取り調べの担当刑事が声を荒げる。「ビットコインで全財産を失ったのが動機なんだろ!?」
違う。ビットコインはそんな奴じゃない。ロングだ。ロングで俺は全てを失ったのだ。ビットコインは悪くない。
睨み合う俺と担当刑事。おそらく新人なんだろう。まだ若く、その目は自分の仕事に対する誇りと情熱で満ちていた。危ないな。俺はそう思った。いつかその燃えるような情熱でビットコインをショートしてしまい、自身と、自信と、証拠金を焼かれてしまうのでは無いだろうか。若さが少し羨ましかった。
このままでは埒が明かないと思ったのか、新人刑事の後ろで腕を組み様子を窺っていたベテラン刑事が声をかけてきた。「お前さん、するってーとあれかい?ビットコインのことは何も知らないってことかい?」

俺は激怒した。
『俺がビットコインのことを知らないだと!?俺は誰よりもビットコインを見てきた!!チャートを監視し続け、テクニカルを勉強し、線を引いてきた!!直線だけでは不安で曲がった線もたくさん引いた。時にはなんかグルグルした線も引いてきた!!誰よりも、誰よりもだ!!』
『時には自分の引いた線でビットコインのチャートが隠され、何もわからなくなる時もあった。そんな俺がビットコインのことを知らないだと?ふざけるんじゃない!!』

ーそこから先は記憶が無い。
気がつけばベッドの上にいた。右手に違和感を感じ、目をやると包帯が巻かれていた。新人刑事が近くの椅子に座っていた。目が合うと新人は言った。「今日の取り調べは終わりだ。明日の取り調べではベテランのベテさんに謝るんだな」
俺はまたビットコインで人を傷付けてしまったのか。
次の日の取り調べも新人とベテさんが担当だった。相変わらず何も喋らない俺に新人が言った。「お前、昨日自分がビットコインで何をしたか覚えていないようだから教えてやるよ」
なかなか親切な奴だ。
俺が激昂し記憶を無くした昨日の出来事を新人は語り出した。
『ふざけるなぁぁぁぁ』
怒りで我を忘れた俺は突然立ち上がると、近くにあった手頃なビットコインのロングボタンを連打しだしたそうだ。ここは警察署。つまり税金を使ったロングだ。俺は自分の人差し指が折れてもロングボタンを押し続けた。
新人が俺を止めようとするが、国民の金でビットコインロングは気持ちが良い。俺の連打は加速し建玉は増え続けた。ロングを始めて30分ほどは含み益だったそうだ。

 パチンッ──

突然ベテさんが指を鳴らした。
その瞬間ビットコインが急落、国民のポジションはゼロカットされ、俺は気を失った。
思い出した。この右手の包帯はロングの後遺症だったのだ。
「気にすんな。こんなのビットコインを担当してればよくあることだ」とぶっきらぼうにベテさんが答える。「お前さんなかなか良いロングするじゃねーか」
そうだ。俺は二度と撃てないと思っていたロングを再び撃つことができたのだ。
『ああああああああ』
俺は叫んだ。何度も破ってきた誓いをまた破ってしまった。俺のロングは誰も救えない。そんなもの撃てるようになったって...
「そうでもないさ」
ベテさんが語りかける。
「お前さんのロングで救われた奴はいるさ。だからビットコインと一緒に顔を上げちゃあくれないか?」
『俺のロングが誰かを救えた…?』
顔を上げるとベテさんはとても優しい眼をしていた。
『そうだ、これを見ろ』
ベテさんは俺にタブレットを投げた。画面には見知ったビットコイン取引所のUIが写っていた。唯一見慣れないところがあるとすれば、それは表示されている証拠金の途方も無い桁数であった。
「ベテさん...この証拠金は!?」
新人がベテさんに詰め寄る。
「なんだ、お前も気づいて無かったのか、お前、ビットコイン刑事の才能無いんじゃないの?」

ベテさんの顔が醜悪に歪む

「この哀れなロンガーに救われた奴が居るって言ったな。アレはな…」

「…俺のことだ」
ベテさんは勝ち誇った顔で真実を語り出した。
「お前さん、良いロングだったよ。だけどな、ビットコインの取引所が行けなかった。あんな国内取引所で国民の金を突っ込んでも現物の価格への影響なんて微々たるものだ。」

「どういうことですかベテさん!!」
状況が理解できずに新人が叫ぶ。
「まだわからないのか。タイミングを見計らって喰ってやったんだよ。こいつのビットコインロングを、俺のショートでなぁ!!!!」

全てが繋がった。
最初から仕組まれていたのだ。
俺が捕まったこと、新人とベテさんが担当になったこと、国民の金でビットコインをロングしたこと、それがゼロカットに終わったこと、ここ半年NFTで負け続けていること、最近血圧がなかなか下がらないこと。
全てはベテさんが原因だったのだ。

こいつだけは許せない。
「ククク…」
ベテさんが笑う。
「俺はドバイに国籍を移す。そしてビットコインと起業とweb3に関するツイートを無責任に投稿しながらFIRE系アカウントとして庶民を煽り余生を静かに過ごすのだ!」

なんて奴だ。このままでは似顔絵+スーツで描かれたアイコンのアカウントが増えてしまう。
そのうち『日本の税制は〜』とか高みから意識高いツイートを言い出すだろう。単純に不快なので、それだけは許してはいけないのだ。

新人はベテさんの真の姿に唖然としている。こいつも被害者なのだ。
今、ベテさんを止められるのは…。

俺は目を瞑り、決意した。
ビットコインよ。力を貸してくれ。
『うおおおおおお!』

俺は手元のタブレットからビットコインのロングを連打した。
これはベテさんのアカ。つまり証拠金を無くせばしまえばこの悪魔を止めることができる。
骨折の痛みも忘れた俺の右手人差し指は皮が捲れてもボタンの連打をやめない。
なぜなら人の金でのロングは最高に楽しいから!
「やめろぉぉぉぉぉ!!」

慌ててベテさんが俺からタブレットを奪おうと詰め寄ってきた。まずい、このまま利確されれば含み益で終わってしまう。
しかし、俺の左手はタブレット、右手はビットコインロングで塞がっている。
もうダメだ──
「させるかぁぁぁぁ!!」
ベテさんが横に吹っ飛ぶ。俺を助けてくれたのは新人刑事であった。顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「ベテさん、俺あんたのこと、1人のビットコイン刑事として尊敬してたんだよぉぉ!!」
ベテさんの身体を抑えこみながら新人が叫ぶ。
必死で抵抗するベテさんだが、新人刑事も全力で抑える。年齢による体力差か次第に抵抗が弱くなるが、それでもベテさんは抗い叫ぶ。
やがて、ビットコインが急落。タブレットからゼロカットを知らせるアラームが鳴り響いた。
「俺は…サトシ…ナカモトの……」
そこまで言うとベテさんは気絶した。
2年後─

遠い異国の空の下に俺はいた。
タブレットでビットコインを確認しようとすると新人刑事からメールが届いていた。いや、あの時新人だった刑事、が正しいか。
メールには彼の近況が書かれていた。最近子供が産まれ、名前はベテにしたそうだ。今でも尊敬しているらしい。幸せそうで何よりだ。
ベテさんの方はまだ眠りから覚めない。彼は最後に「サトシナカモト」と確かに言っていた。いったい何を伝えたかったのだろう。
そんなことを考えていると、ベテさんのタブレットからアラームが鳴る。この音はビットコインが急落した時の音だ。
あの事件で気付いたことがある。俺のロングでは誰も救えない。それは今でも変わらない。だけど、こんなロングでも1人くらいなら悪い奴を倒すことができる。
今はそれでいいー

俺はビットコインをここでロングする。
いつか、ロングで誰かを救えるその日までー

おわり

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