信託型ストックオプションについて、なるべく分かりやすくまとめたので、シェアします。

7,000文字を超えてしまった絶対Twitter向きじゃないんだけど。

言うまでもないですが、実際の適用については必ず顧問の専門家にご相談ください。

それでは
 ↓
・そもそもSOって?
ストックオプション(SO)というのは、株(ストック)を買える権利(オプション)です。
買える価格が決まっていて、「行使価額」といいます。

例えば、株価800円の株を、行使価額200円で買えるSOがあるとすると、200円で株を買って、すぐさま市場で売却すれば600円儲かります。
逆に株価が100円の場合は、権利行使しなければ良いだけです。SOは権利なので、行使するかどうかはSOの保有者が決めることができます。
・SOの種類
SOには無償でもらえる「無償SO」と、有償で購入する「有償SO」とがあります。

有償SOの購入金額を「発行価額」といいます。

そして、SOは株式を買える権利、つまり株主になれる権利でもありますので、通常は(予期しない者が株主にならないように)譲渡制限が付されています。
・SO取得時の課税関係
通常、勤務先から何らかの現物支給があった場合、支給時の給与所得として課税対象となります。
ただし、譲渡制限が付されたSOについては、譲渡などで所得を実現することができないため、SO付与時には所得が認識されず、課税もありません。
これは、無償SOでも有償SOでも同じです
・権利行使時の課税関係
一方、権利行使時(株式の取得時)は課税関係が違ってきます。

有償SOについては、付与者は適切な時価でSOを購入しているため、経済的な利益が発生しておらず、課税関係は生じません。
一方、無償SOについては付与者に金銭負担はないことから職務執行の対価と捉えられ、株価から行使価額を控除した金額が給与課税されます。

つまり、無償SOを行使した場合、先程の例の600円部分に給与課税がなされます。
皆さんご存知の通り、給与というのは超過累進税率により、最大約55%の税金が課せられます。

もちろん600円の経済的利益を得ているのだから課税されるのは仕方ないのかもしれません。

しかし、現実はもう少し複雑なのです。
というのも、権利行使時というのはあくまで800円の価値のある株式を買えただけで、まだ市場でこれを売却していない(現金収入がない)ということです。
無償SOを付与されているのは会社内部の役職員であることが多いため、インサイダー規制などにより、株式を取得してもすぐに売れるとは限りません。
こうした中で上記の課税が行われると、納税資金に窮してしまいます。
(実際には、会社が源泉徴収して納付することになります)
・税制適格SO
そんな無償SOの使いにくさを改善するために、「税制適格」SOというものがあります。

これは、無償で付与すること等の一定の要件を満たすことで、権利行使時の経済的利益(600円)を非課税として、実際に株式を売却した時まで(現金収入を得る時まで)課税を繰延べられるというものです。
無償での付与が要件に入っているため、税制適格SOは無償SOの一種です。

いずれにせよ、これ(税制適格SOの課税関係)であれば納税資金もちゃんと用意ができます。
・株式売却時の課税関係
なお、株式売却時の課税関係は、有償SOも税制非適格の無償SOも税制適格SOも、株式譲渡益に対して約20%の課税と優遇されています。

ただし、株式譲渡益となる金額が違ってきます。
例えば、行使価額200円、行使時の株価800円、売却時の株価1,000円のケースを考えてみます。

税制非適格の無償SOは、前述の通り、権利行使時に800円と200円の差額の600円に55%の給与課税が行われています。
そして、株式の売却時には1,000円と800円の差額の200円に20%の課税が行われます。

権利行使時に給与課税として最大55%も課税されるため、結果として税額が多額になってしまいます。
一方、税制適格SOであれば、権利行使時に600円部分には課税は行われません。

そして、売却時の株価1,000円と権利行使価額200円の差額800円に20%の課税が行われるのみですので、税額としてはかなり低く抑えることが可能です。
有償SOでは、かりに有償分の払込みを50円したとすると、1,000ー(200+50)=750に対して株式の売却時に20%の課税が行われるのみとなります。

こちらはさらに税額を低く抑えることができますが、有償分の払込額の負担があるため、実質的な負担額は有償分の払込額も加算して考えるべきだと思います。
(なお、有償分の払込額については、SOの権利行使に様々な条件を付すことにより、かなり低額に抑えることが可能となっていますが、その話をし始めるとさらに長文になりますので今日はやめておきます)
・信託型SOの登場
さて、ここまでの説明であれば、税制優遇があり、付与者払い込む必要もない税制適格SO一択のような気がするかもしれませんが、話はそんなに単純ではありません。

ここで、税制適格SOの主要な要件を見ておきましょう。
税制適格SOの主な要件
①無償で付与されること
②役職員等に付与されること
③付与決議の2年後から10年後(一定の場合15年後)までに権利行使されること
④権利行使価額が付与時点の株価以上であること
⑤権利行使金額の合計額が年間1,200万円を超過しないこと
⑥他人への譲渡は禁止
⑦権利行使により交付された株式は証券会社等に保管委託されること
などなど
つまり、これらの条件から逸脱してしまうと税制非適格となり、無償SOなので権利行使時に給与課税(最大55%)されてしまうというリスクがあったわけです。

③については、会社の成長次第で権利行使したくてもできないケースもあるでしょうし、⑤については大口のSO保有者であればすぐに上限に達して
しまいます。

また⑦については、仮にM&Aイグジットを迎えたときに、未上場の株式を保管してくれる証券会社が見つからないという問題点もあります。

こうした税制適格SOの不確実さを嫌って、有償SOを選択するケースもありましたが、それでも
・SOをバイネームで付与しなければならず、その時に在籍している人にしか割り当てられない。
・SOを付与した後の会社成長への貢献度は、付与時には不透明。
・レイターステージになるほど株価が上昇し、それに伴い行使価額も上昇するためインセンティブ効果が薄まる。
という使いづらさがありました。
こうした使いづらさを解決するために編み出されたのが信託型SOだったのです。
・信託型SOの仕組み
信託型SOは以下のような仕組みになっています。
① 最初に、SOを発行しようとする会社のオーナーがポケットマネーを(例えば100万円など)信託会社など(受託者)に信託します。
② 信託の受託者は、この資金で会社からSOを購入します。
③ 役職員(受益者)の会社への貢献度に応じてSOを付与します。
④ 役職員はSOを行使し株式を取得します。
⑤ 役職員は取得した株式を市場等に売却しキャピタルゲインを得ます。
そして、上記の①~③における課税関係は以下のとおりです
① この信託は受益者が特定されていない信託なので、受益者に課税をすることができません。仕方ないので受益者ではなく受託者に対して、信託毎に受託法人が存在するとみなして法人税の課税を行います。こうした信託を法人課税信託と呼びます
② 受託者がSOを適正な時価で購入している限り、課税関係は生じません。
③ 役職員への付与についても、課税関係は生じません。役職員は②の取得価額を引き継ぎます。
④ 役職員のSO行使時に給与課税が行われます。
例えば、以下のような場合、
・受託者が購入した時のSOの時価:50
・SOの行使価額:200
・SO購入時の株価:200
・SO付与時の株価:600
・SO行使時の株価:800
・株式譲渡時の株価:1,000
給与課税される経済利益の額は800-(50+200)=550円で、ここに最大55%の課税が行われてしまいます。
給与ですので当然、会社には源泉徴収義務が生じます。

⑤ 株式売却時点では、1,000-800=200円について20%の株式譲渡益課税が行われます。
・信託型SOショック
2023年2月20日の予算委員会において、土田慎衆議院議員から、信託型SOの課税状況についての質問があり、国税庁次長は「信託型SOが役員等への付与を目的としたものである場合には、SO行使時に給与所得課税する」と回答しました。
そして2023年5月29日、日本スタートアップエコシステム協会とスタートアップ協会、日本ベンチャーキャピタル協会、新経済連盟が共催する「スタートアップの経営者や支援者のためのストックオプション税制説明会」にて、上記の課税関係(特に④について)の説明が行われると、業界には激震が走りました
というのも、これまで④時点においては、役職員は受託者からSOの簿価引継ぎを受けているに過ぎないこと、そのSOは信託が有償で取得していることなどの理由から、上記の経済的利益は役務対価に当たらず、給与課税されない(有償SOと同じく売却時に株式譲渡益課税)との見解が広まっていました。
(もちろん、課税リスクがゼロではないことは皆承知していたとは思いますが…)

しかし、国税庁は取引の形式ではなく実態をとらえ、会社が役職員にSOを付与していることや、役職員に金銭負担がないことなどから、役務対価として給与課税されるとしたのです。
・信託型SOを導入しているスタートアップはどうすべきか?
業界が激震した信託型SOの課税問題ですが、上記の通り、給与課税が問題となるのは④のSO行使時なので、信託型SOを導入していたとしても、そのSOが行使されていなければ、(課税上は)大きな問題はないということです。
(国税庁のアンケート調査によると、信託型SOを信託会社に委託しているのは291社。そのうち、SOを行使したのは3社のみとのことですが、日経新聞では信託型SOの導入企業は約800社、対象人数約5万人という報道もありました)
各社のステージによって、以下のように対応が分かれると思います。

① 信託型SOをまだ権利行使されていない
→税制適格SOへの切り替えを検討

② 権利行使が行われ株式を交付している
→税金の負担者を決定し、金銭的な影響に備える

それぞれ確認していきましょう。
・信託型SOがまだ行使されていない場合
信託型SOをまだ行使されていない場合、基本的には税制適格SOへの切り替えを検討することになります。

5月29日の説明会では、信託型SOが給与課税になること以外に、株価算定についてもルールが明確化されました。
新しい株価算定ルールでは、未上場スタートアップにおいて、税制適格SOを付与する時の株価については、純資産価額方式(や類似業種比準方式)で算定することが認められることが明らかになりました(セーフハーバー)。
さらに、純資産価額方式の場合には、優先株式の優先分配額を控除して普通株式の価値を算定するということも明らかにされました。

多くのスタートアップは(赤字が累積していて)純資産価額が少ないことが多いですし、さらに優先分配額控除後で考えてOKということであれば、
算定された株価は限りなくゼロに近づくと思われます(ゼロやマイナスの場合は備忘のため1円で処理します)。

そして前述の通り、税制適格SOの行使価額は付与時点の株価以上であることが条件となっていますので、株価を低く算定できるということは、SOの行使価額も低く設定できるということであり、
そうであれば信託型SOの主旨でもあった「権利行使価額の低い、インセンティブ効果の高いSO」を税制適格SOで達成できることとなります。

また、税制適格SOの発行は信託型SOの発行に比べて、費用面でも圧倒的に安くすむことが多いと思われます。
これは多くのスタートアップにおいて朗報となるでしょう
・税制適格SOへ切り替える際の注意点
税制適格SOへの切り替えについては、以下のような注意点があると思われます。

①税制適格要件の充足
②会計処理が未確定
・税制適格SOに切り替える際の注意点① 税制適格要件の充足
まず、税制適格要件の充足について。
税制適格SOとなるための主な要件を再掲すると以下のとおりです。

税制適格SOの主な要件
①無償で付与されること
②役職員等に付与されること
③付与決議の2年後から10年後(一定の場合15年後)までに権利行使されること
④権利行使価額が付与時点の株価以上であること
⑤権利行使金額の合計額が年間1,200万円を超過しないこと
⑥他人への譲渡は禁止
⑦権利行使により交付された株式は証券会社等に保管委託されること
などなど
切り替え時に注意すべき点としては、②③⑤が挙げられます。

まず②の付与対象者について、そもそも信託型SOが税制適格SOの付与対象者以外に付与されている場合には切り替えることができません。
具体的には、監査役や発行済株式総数の1/3超を保有する大株主、社外協力者(社外高度人材に該当する場合を除く)などに付与したSOは税制適格とはなりません。
また③の権利行使期間についても注意が必要です。
税制適格SOへ切り替えることで、2年間は権利行使できない期間がスタートします。

特に上場間近や上場済のスタートアップの場合には、信託型SOの保有者に十分な説明が必要となるでしょう。
さらに、⑤の上限金額にも注意が必要です。
上場済のスタートアップには、新しい株価算定ルールを適用することができません。

また、未上場でもレイターステージの場合には、思ったほど株価を低くすることができないかもしれません。
こうした場合、権利行使価額も必然的に高くなるため、年間1,200万円という上限に達してしまい、十分なインセンティブ効果が得られないかもしれません。
これらの税制適格SOの要件を満たすことが難しい場合には、給与課税であっても信託型SOを保有し続けるという選択肢もあるかもしれませんし、有償SOへの切り替えという選択肢もあると思います。
ただし、有償SOについては付与者からの払込が必要になりますので、金銭的な負担があることについて丁寧かつ十分な説明が必要になると思います。
・税制適格SOに切り替える際の注意点② 会計処理が未確定

次に、会計処理についての注意点です。
原則としてSOを付与した際は、SOの公正な評価額とSOの発行価額との差額を株式報酬費用として費用計上します。
ただし、未公開企業については、公正な評価額を単位あたりの本源的価値と読み替えることが可能となります。

本源的価値とは株価と権利行使価額との差額のことですが、通常、権利行使価額は株価と同額で設定しますので、この場合には本源的価値はゼロとなります。
そのため、未公開企業の場合は、費用は計上されないということになります。
さて、ここで問題となるのが、今回の新しい株価算定ルールで算定した場合についても本源的価値をゼロとしてよいかが、現時点では明確でないということです。

もしそうでない場合には、会計上多額の株式報酬費用が計上され、P/Lが大きく痛みます。
これについては、会計士協会や企業会計基準委員会からの見解を待つしかありませんので、税制適格SOに切り替えるとしても、会計処理が明確になってから判断したほうが良さそうです。
・権利行使が行われ株式を交付している場合はどうするか
国税庁としては、以前から、信託型SOが行使され株式を交付した際に給与課税を行う(そもそも譲渡益課税説が広まっていることは知らなかった)という立場ですので、それに従うのであれば、
各社において、誰が税金を負担するのかを決める必要があると思います(なお、納付期限を超過しているため延滞税等についても考慮する必要があります)。
原則的には、役職員等が負担すべきものですので、役職員に説明し税金を支払ってもらう必要があると思います。

所得税を源泉徴収することが漏れていたということなので、役職員から会社に源泉所得税分の返還を受け(求償権を立て)、会社が税務署に納付します。
とはいえ、信託型SO設定時の想定とは大きく異なる事態となっていると思いますので、役職員からの反発は容易に予想されます。
特に、すでに退職している役職員などは簡単には応じてくれないでしょう。
また、SO行使で得たキャピタルゲインが手元に現預金が残っている役職員ばかりではないと思います。

その場合には回収可能性を検討した上で、貸倒引当金などの計上が必要になってくるでしょうからP/Lインパクトも発生します。
もう一つの選択肢としては、会社が役職員の負担分の税金を支払うというものです。

ただしその場合、税務的には役職員への給与支払いとみなされますので、この部分にも給与課税が行われます(役職員の3,000万円の給与課税分を会社が支払う場合、その3,000万円にも給与課税がかかるということです)。
また、会社が負担することについて株主に対しても説明が必要になってくると思いますし、開示への影響について監査法人との協議も必要になると思います。

なお、源泉所得税の納付には原則として1年以内の納税猶予が認められます。また、5年で時効が成立しますので、納付が必要なのは5年分だけです。
・まとめ
今回の国税庁の説明は、税制適格SOについては新しい株価算定ルールによる、スタートアップに有利なセーフハーバーが設定された一方、信託型SOについては(特にすでに信託型SOが行使された上場スタートアップにとっては)、厳しい結果となってしまいました。
信託型SOについては、「これだけ多くのスタートアップが導入し、上場会社については監査法人の監査も受けているのだから、今さら給与課税となることはないだろう」という空気感があったと思います(実際、国税庁では信託型SOについての相談事例を認識していないそうです)。
信託型SOに限らず、国が想定していないスキームへの対応は年々厳しくなってきている気がしますので、税務上明文規定がないスキーム導入の際は(特に金額的影響が大きなときには)、「税理士が大丈夫と言ったから」「他の会社もやっているから」「監査上指摘されていないから」ということが、
国に認めているということとイコールではないと、改めて認識する必要があると思います。
一方で税制適格SOの新しい株価算定ルールは、我が国のSO実務の明瞭性を大きく前進させるだけでなく、スタートアップにとっても、そこで働く役職員にとっても、より魅力的なものになったと思います。
スタートアップにおいてはしっかりと活用していただきたいと思います。

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