KADOKAWAの出版中止事件についてこれを予告するような論文が半年前に発表されていました。桐野夏生『大衆的検閲について』(雑誌『世界』2023年2月号)です。
示唆に富む内容なので、以下に要約と引用を連投します。「」内は引用となります。

この件は大いに議論がなされるべきです。その一助になれば Image
【注記】この論文については、「人は自らがそうありたい性や性関係でありうる社会を目指す」という「方向性」(「正しさ」ではない)は前提にして読んでほしい。問題の焦点は言論空間そのものにあります。
桐野夏生「大衆的検閲について」

この論文は、2022年11月にジャカルタで開催された国際出版連合大会における桐野の基調講演がもとである。
桐野はジャカルタにゆかりのある林芙美子をとりあげ、戦前戦中の国家検閲と「隣人監視システム」について論じる。
【平和で自由な国の検閲】

桐野「自由を保障されている平和な国で、我々作家の表現の自由を奪うものは何か。それは国家でも政治的集団でもなく、ごくごく普通の人々による「大衆的検閲」とでも名付けたくなるような圧力である。
桐野「私は、ネットによる歪な世論形成が不寛容さの醸成に一役買っているのではないかと考える...ラベリングは単純な二元論だ。右翼か左翼か、フェミニストかアンチフェミニストか、民主党か共和党か。この二元論は当然ながら分断を生む」
桐野「分断が激しくなれば、お互いの誹謗中傷も激化する。わかりやすい正義感が形成されれば、そこから外れた他人をいとも簡単に誹謗中傷するようになるだろう...わかりやすい正義感の発露である」
桐野「対立を煽られ、相手を誹謗中傷することで快を得るように「軌道を測られている」としたら、私たちの欲望は品性下劣な方向に、あるいはわかりやすい「正義」を希求するように、と向けられて行っても気づかないだろう」
【「正義」が作家を滅ぼす】

桐野「もちろん、SNSによって、これまで社会で耳を傾けられてこなかった人たちが声を上げ、新たな運動を創り出してきたことの意義は大きい。問題なのは、ひとたび「悪」「敵」のラベルが貼られると、どんな言葉の礫を投げてもよし、何を言ってもよし、とされる風潮だ」
桐野「あたかも人民裁判のごとく過去を裁くには、人権的配慮も必要なのに、その配慮を誰もしなくなったのはなぜか。なぜ急に日本は、そして世界は、そのように盛らりスティックな「正義」を行使するようになったのか」
【大衆的検閲の正体】
桐野「人間はたくさんの間違いを犯す。嘘をついたり、他人に意地悪をしたり、既婚者とわかっても好きになったり、他人にいろんな迷惑をかけて生きている...自分の中に引かれたラインを越えてしまった人々について、小説は書いてきた」
桐野「「正しさ」とは何か。私たち作家が困惑しているのは、今、人々の中に強くなっている、この「正しい」ものだけを求める気持ちだ。コンプライアンスは必要だが、表現においての規制は危険である。その危険性に気づかない点が「大衆的検閲」の正体でもある」
桐野「文学は、人間の弱さを基盤とした、他者への想像力がその根幹だ。そして、自分自身と他者との関係のなかに、新しい価値を創造してゆくものである。とはいえ、過去の優れた作品の中でも、差別的な表現にぶつかることがある。小説の中だとはいえ、差別されて書かれる側は不快の念を持つ」
桐野「しかしそれは、その時代に生きた作家の、ある面でも限界を表すものだ。批評精神を持って読む必要はあるが、変えてはいけない。そうした過去の時代の限界を知り、乗り越えようと抗う中でこそ、他者への想像力は磨かれ、新しい文学作品を生んでいくのだと思う」
【すべての表現は自由である】

桐野「日本では、福島での原発事故以後、人々の同調圧力が強まり、政治も国民の自由を制限するほうに向かった。またネットによる「正義」感の醸成と発露も恐ろしかった」
桐野「近い将来、戦時中のような言論弾圧が起きるかもしれないと考えた私は、2016年から『日没』という小説を書いた。これはある作家が、読者の告発によって政府の収容施設に入れられ、思想矯正を受ける物語だった」
桐野「まるで私の書いた『日没』と同じようなことが、現実で起き始めている。国家ではなく、読者による告発である。世界でも同じような問題が起きている、ととある国の出版社が語ってくれた」
桐野「私の中にあるもう一つの懸念と危惧は、これまで一緒に表現の自由を守るために闘ってくれた、強い絆で結ばれていた出版社が、読者を獲得するためにこれらの「大衆的検閲」に協力するのではないかという怖れである」
桐野「(電子化がすすみ作品が)一コンテンツになった途端(作品の)神通力は失われ、だだのテキストに過ぎなくなった。文脈を無視して内容が差別的と断じられたり、言葉狩りの憂き目にあうことも多々起きるようになった」。
桐野「あらゆる表現と多様性に満ちた「小説」という面白く自由な世界をネットが狭め不自由にさせている。アルゴリズムによってもたらされた不寛容な精神に流されて、ごく普通の人々が国家権力による検閲のような振る舞いをすることは過去の文学作品に対してももちろん現在の作品にもあってはならない」
桐野「すべての表現は自由であるべきだ。作家も、そして出版社も、表現の自由を守るために、今まで以上に、強い絆を求めて闘っていかなければならないと思う」

桐野夏生(作家)

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