今日はサザエのお話を書こうかと思ってましたが、一昨日のヒミツナメクジを「なにこれかわいい」とお絵描きして下さった方もおられ、マンボウ博士に至っては #ヒミツナメクジチャレンジ なんて妙なタグまで作ってくれて、折角なのでその発見の経緯などご披露します。時は29年前の1992年まで遡ります。
前置きとして、ヒヅメガイ(オカミミガイ科)の話をせねばなりません。当時この種は、死殻がごく稀に南西諸島の浜辺に打ち上げられるだけで、誰も生きた姿を見たことのない幻の種でした。殻1個を拾っただけで報告の価値があるほどだったのです。その頃私は卒研生で、オカミミガイ科の分類の再検討を…
卒論の題材としていました。しかし、ヒヅメガイは最難関で到底出逢えるはずもなく、検討対象とするのは最初から諦めていました。そうした折、親しくしていた貝友から宮古島採集旅行に誘われ、参加を決めました。この島へ行くのは初めてでした。着いた日の晩、同室の2人は夕食後早々に港へ夜間採集に…
出てしまい、残された私は一人で懐中電灯を手に、地図もなく気紛れな散歩に出ました。宿泊地は平良の市街地の中心で、そこから道沿いに北へどんどん歩いて行きました。やがて地図の×印辺りで、理由もなく海岸へ出ました。街灯もなく真っ暗でしたが、少し進むと岩礁に囲まれた狭い砂浜に出ました。…
右上の写真はそこを昼間に撮ったものです。その夜、懐中電灯を頼りに見た光景は下段2枚の写真の通りで、隆起珊瑚が崖を成し、大きな海蝕洞が口を開けていました。波飛沫に濡れる範囲の岩は、赤紫と緑の海藻2種で綺麗に染め分けられています。それら海藻で覆われた岩の表層へ、何となく光を当てて…
みました。5 mmほどの、初めて見る薔薇色の巻貝が多数這っていました。1つ摘み上げて目を凝らし、特徴を把握できたと同時に絶句しました。あれほど誰も採れないと言われていた、ヒヅメガイそのものだったのです。夜行性だったのか、と冷静に考えるより前に、とにかくこれは同行の貝友に見せねばと…
数匹だけ採り、来た道を急ぎホテルへ戻りました。先に帰ってきていた2人に「ヒヒヒヒヅメガイ採った!」と絶叫して実物を見せると「どこでだ!」と迫られたので、ならば今からもう一度行こうと即決しました。もう日付が変わる頃でした。小走りで再度現地へ着き、3人で岩の表層を舐めるように見ると…
さらに驚くべき種が見つかりました。これまた生貝が一切知られていなかったソナレガイです。他にも見慣れない様々な種が這っていましたが、そのうち1人が「うわーっ!」と叫びました。何事かと見ると、彼は海食洞の天井へ懐中電灯を向け、真上を向いたままあんぐり口を開けていました。光に…
照らし出された範囲には、10 cmを超える巨大な、黒く鋭い棘を密生させたヒザラガイの化物がいました。当時の日本では、尖閣諸島でしか知られていなかったウニヒザラガイでした。これまた深夜しか現れない種だったのです。市街地から近い平凡な浜が、夜には誰も見たことのない光景へ変貌するのです。...
周囲に人家もないのをいいことに、3人とも興奮を抑えられずはしゃぎ回りました。そのうちさらに、何の仲間か見当もつかない変な生き物が、赤紫の海藻の間の岩盤上にぽつんと付着していることに気がつきました。小判形で茶色っぽい、謎のナメクジ状をしていました。これこそ私が、というより人類が、...
初めてヒミツナメクジと遭遇した瞬間でした。ヒヅメガイなど他の種が高密度で多数這っているのに対し、その謎のナメクジは1匹だけがいて、その周囲をしばらく歩いて見て回ると、離れた場所にようやく別の1匹が見つかる程度で、著しく低密度でした。この正体不明の種が何の仲間に属すのか、当時の…
私の知識ではまるで歯が立ちませんでした。その後、スナウミウシ類を専門とするドイツの研究者と交流を持ち、そこで初めて所属が判明するまで実に18年もの年月を要しました。しかし当初の時点でも明らかだったのは、深夜の暗闇の中で人知れずひっそり生きてきた特異な貝類群集の一員で、中でも密度が…
最も低く、個体数も少ない種ということです。今なおその生活史など生態はほとんどわかっておらず、「秘密」は多々残されたままです。一方で、沖縄の島々の海岸線は護岸や埋め立てなどで次々に改変されているので、ヒミツナメクジが棲息可能な場所自体が急速に狭められつつあります。その後、河口の…
マングローブの泥中に深く埋もれた石の下の間隙にも、ヒヅメガイと共に棲息していると判明しました。これも決して陽光を浴びることのない、「泉下」の語が相応しい暗闇の環境です。しかしこちらに見られる個体群も、河口開発の進行で危機に晒されています。今のままでは「秘密」の大半は明かされぬ...
謎のまま、闇から闇へと消え去ってしまうかもしれません。ヒミツナメクジはとても愛らしい、小さなお化けの子どもみたいな外見を呈するものの、同時に、触れようとするとふっとかき消えてしまいそうな、言い知れぬ儚さを私は感じずにいられないのです。
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