埼玉県立近代美術館「美男におわす」。多彩な「美男」イメージを追いながら単に美しい男を愛でるだけでない、男性をどう見て/見られ、あらわし/あらわされたかを探る硬派な内容で、なかなかおもしろかった。長きにわたり美男を描くのは男性画家のみだったとの解説にはハッとしたな。展示は一部撮影OK。
「美男におわす」。入江明日香《廣目天》は紅顔の美少年が犬や小さなモノたちを従える一見愛らしい絵だけど、よく見れば手の先はボロボロに傷つき、彼が戦う仏であることを語っている。
「美男におわす」。金巻芳俊《空刻メメント・モリ》。若く健康的な肉体にも死は忍び寄る。この格言に共感さえ覚える時代にあって恐ろしい作品ではあるが、滑り込むように添えられた骸骨の手の官能的なことといったら。
「美男におわす」。木村了子《月下美人図》は描き表装も美しい男性ヌード。風呂上がりの牛乳を味わう美男、しかしその尻には蚊が迫る…
「美男におわす」。現代の「美男」の展開を示す最終章においても、展示作品の数としては男性作家のほうが多い。この"バランスの悪さ"は、おもしろいというか、本展を考えるうえでちょっと大切な部分なんじゃないかと思う。
「美男におわす」。雑誌「JUNE」の表紙は竹宮惠子の描くイラストが美しい。各号の特集を追っていくと高畠華宵の評価が行われていたり、歴史上の稚児趣味が数回取り上げられていたり、「少年愛」の歴史への興味関心がうかがえておもしろい。
「美男におわす」。美しい青少年を語るうえで、高畠華宵の存在というのはやはり大きいらしい。読者の少年たちから性愛の対象としても見られた華宵の描く美少年。
「美男におわす」。多くの作品のなかでも、名笛「青葉」を手に草むらを歩む平敦盛を描いた今村紫紅《笛》がよかった。行く末を暗示するかのような薄闇に映える白い肌、物憂げな表情、抱えれば折れそうな細腰の敦盛はほとんど「美人画」の風情。
「美男におわす」。「美男」のバリエーションにふれ、そこからひるがえって「美人画」をどう見るか? では「老い」をどう捉える? あるいは「醜さ」は? と広がりを見せる、意欲的な展覧会だった。表現する側、鑑賞する側それぞれの「美男」がいると"匂わせ"る。次の展開が楽しみ。
「美男におわす」。最終章の「美男」イメージにちょっとした違和感を覚えたり居心地の悪さを感じたりする男性鑑賞者もいるかもしれない。その足で階段を降りると、目の前には裸婦像が当たり前のように立っている。この対比みたいなものも含めて展覧会体験になると思う。
美男におわす
埼玉県立近代美術館で11/3まで #museum
pref.spec.ed.jp/momas/
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