軟体動物多様性学会【公式】 Profile picture
会の広報に加え、軟体動物学の普及啓発を目的として貝類の様々な話題を中の人(福田 宏)が縦横無尽に呟きます。分類学上の情報などは特記しない限り全て中の人の見解です。英文誌Molluscan Research(MR;オーストラレイシア軟体動物学会と共同で)、和文誌Molluscan Diversity(MD)を刊行中。

Oct 3, 2021, 19 tweets

#珍種紹介 日本の淡水貝の #七大珍種 にカワネジガイを含めることに異論は出ないでしょう。稀少性はもちろん、形の奇抜さや意表を突く所属など、これこそは貝通の夢にして憧れの種。この種に関するまとまった報告を一番最近公表したのがたまたま私なので、カワネジガイの凄さと魅力をご紹介します。...

何より目につくのは奇抜な殻です。左巻で、螺旋はほどけ、ドリル刃に似ています。しかも驚きなのはヒラマキガイ科の一員という点です。この科の大半の種は画像右下のような扁平な円盤状で、全く似ていません。また本種が属す 𝘊𝘢𝘮𝘱𝘵𝘰𝘤𝘦𝘳𝘢𝘴(狭義)の他種はインドとバングラデシュに各1種…

知られるだけで、その間の中国や東南アジアからは記録がありません。日本産は吉良哲明(1911)が大阪の水田用水路から報告し、そこには「無數に」「極めて多産」とあります。Walker (1919) の原記載も「大阪に多産」としています。その後平瀬信太郎(1922)が東京北区赤羽から同属の別種として…

𝘊𝘢𝘮𝘱𝘵𝘰𝘤𝘦𝘳𝘢𝘴 𝘪𝘫𝘪𝘮𝘢𝘪 を記載しましたが、現在は異名とされています。ともかくこれらの記録から、戦前は大都市近郊でも多産していたことがわかります。ところが戦後急減して絶滅寸前となりました。都道府県RDBでは東京他2府5県で絶滅、群馬他6県で絶滅危惧I類などとされています。...

1990年代以降に本種へ言及した文献では、画像に示した通りの絶望的な表現ばかりが並んでいます。当然、環境省RLでも絶滅危惧I類とされました。極端な稀少さのためもはや「伝説の貝」で、ネットオークションで高値で落札された実例もあり、僅かに残った個体群も乱獲が大きな脅威になっています。...

岡山県では2014年以前に2例、本種の記録があります。1994年5月、県自然保護センター敷地内にある田尻大池から生貝1個体が報告されましたが、同地ではその後再発見されませんでした。一方2004年7月、吉井川水系氾濫原の某所で産地が見つかり、これまでに80個体以上が確認されています。...

ところが2015年、ずっと再発見されなかった田尻大池に、21年ぶりの生貝が出現しました。軟体は濃いワインレッドで、白い斑点が多数あります。頭触角は細長く、その根元につぶらな眼があります。
池のほとりの湿原的な場所で、植物の根元に倒れた杭の下やその周辺から見つかりました。この池は全体が…

岡山県自然保護センターの敷地内にあり、無許可での採集は固く禁じられ、所員が現地を毎日巡回・監視しています。また、本種の個体群保全策がこの場所で積極的になされていることも周知されています。この写真を参考に、どこか他の場所で新産地が見出されることを私は期待します。...

2015年は7個体が見つかりました。採集日と殻長を並べると、5月中の3個体はいずれも殻長10mmを超える巨大な老成個体ですが、対照的に6月以降は微小な幼貝だけでした。本種の生活史の大部分は未知のままでしたが、成貝だけ・幼貝だけの期間がそれぞれ見られることから恐らく一年生で、前年秋までに孵化…

した幼貝が越冬後に成熟し,初夏までに産卵して死亡すると推測されます。
ではここで改めて、なぜ本種は近年見つからなくなったのかを考えてみます。1960年代の高度経済成長期以降、急速な都市化によって平野部の溜池や溝といった棲息環境がことごとく失われ、全個体群の9割以上が壊滅したことは疑い…

ありません。しかし、今も健在な田尻大池でも21年間見つからなかったことを考えると、棲息環境を見誤っていたために見過ごされてきた可能性もあるかもしれません。そのヒントは、近年本種に触れた文献の多くが判で押したように「消長が著しい」と連呼している点にあり、その意味を再考してみます。…

これは1月に吉井川水系氾濫原の産地で調査した時の写真です。斜面下で水田に接し、夏には豊富な水が湛えられて本種は水中に見られますが、冬は全く水がありません。この草叢を掻き分け、朽木や転石など遮蔽物を裏返すと生貝が付着しています。この様子は淡水貝でなく陸貝そのものです。つまり従来は…

水中だけ探していたから見つからず、結果的に「消長が激しく」見えてしまった可能性が浮上します。棲息範囲の季節的変動を模式図で示すと、夏〜秋の水位が高い季節には本種は赤い楕円のあたりにいます。ところが冬〜春の渇水期に水位が下がると、水中でなく陸地寄りの湿原へ移動すると考えられます。…

つまり夏・秋には確かに淡水貝ですが、冬・春には陸貝となり、水中と陸地を1年の間に行き来しているのでしょう。しかし戦後の日本では、平野部の湿原の大半が都市化によって失われました。特に水際部分がコンクリート護岸などでつぶされ、陸地と池や溝が分断されたことで、大半の個体群が消滅したと…

みられます。また、同所的にミズコハクガイとナタネキバサナギが確認されており、この2種は非常に示唆的です。というのは、両種は多くの湿原で同時に見られるにも関わらず、ミズコハクガイは常に「淡水産」として扱われ、ナタネキバサナギは「陸産」とされます。要するに湿原は陸域と淡水域の臨界で...

どちらかに明確化できないからこういうことが起こるのです。カワネジガイもこの2種同様,淡水貝とも陸貝ともつかない湿原貝類群集の一員と見るべきでしょう。
最後にまとめ。カワネジガイは本来、湿原の貝類群集の一員です。湿原は元々、植生遷移や河川の氾濫等、変化の激しい環境ですから「消長が…

激しい」のは当然でしょう。このため水中だけでなく湿原周辺を探せば未知の産地が見つかるかもしれないので、今後の調査が期待されます。
以上の内容は下記論文に詳述しています:
okayama-shizenhogo-c.jp/templates/fron…

環境省RL2018補遺資料。現在のカテゴリは絶滅危惧IA類(CR)。
env.go.jp/press/files/jp…

岡山県RDB2020。

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