ダイの大冒険のこのハドラーたちとの最後の戦い。
これが、「まだ未熟」な四人の、最後の仕上げとなっているのよ。
それぞれの「まだ足りない部分」を相反する戦士たちと対することで、最後の成長を遂げる。
卒業試験みたいなもんなのよな。
そしてマァム対アルビナスなわけなんだが、マァムの暗示が「慈愛」であるように、この子は「慈しみ」の心を誰よりも持つがゆえに、それが大きな弱点にもなっている。「非情になれない」という意味でなく。
この子は敵でさえも慈しみの心を向けるが、同時に「なりふり構わず、たった一人のために動く」ことはできない。むしろ「それはしてはならない」とすら思っている。そういう意味ではアルビナスのまさに対極。
ここでポイントなのが、マァム、修行中だったので、「対バラン戦」を経験していない。
だから「バランを倒すために覇者の剣が必要」の時も、「父親と戦うなんて」と拒絶反応を示す。
バランは本来、誰よりも愛深き男だった。
妻を愛し子を愛し、それが故に憎しみと怒りに囚われ、世界の敵となり、暴走した挙げ句、亡き妻の忘れ形見である自分の息子すら殺めかけた。
ダイはマァムの言葉にショックを受けるが、それでも「自分が強くならなければ、父に”子殺し”をさせてしまう」という壮絶な覚悟もあったのではなかろうかと。
マァムは、「親子とはそういうもの」という自身の考え以上の枠を超えて考えるに至っていなかった。
マァムは心優しき少女だが、その優しさは「慈悲」であり「慈愛」ではない。彼女はまだ「愛」を知らない。
時に狂い、残虐な手段でその手を血で染めるほどのものも「愛」であることを知らない。
だからエイミやポップやメルルの思いを知った時も、ただただ戸惑うことしか出来ない。
「愛の力を正しく持ちうる慈しみの心を持つ戦士」が、マァムの到達すべき場所とするならば、アルビナスとの戦いは、まさに「愛の戦い」と称するに相応しきものなのだろう。
要は、アルビナスに勝てないと、マァムはポップの告白の返事もできんっちゅうことやw
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