#超算数 積分定数さんの観察から、増加と合併の区別を子供に強制する方針は80年代に確立したことが示唆された。このスレッドでは、増加と合併の指導の劃期となったのが1977年指導要領に際して書かれた小学校指導書であったことを示し、執筆をリードした坂間利昭の責任を明らかにしてゆく。
#超算数 四則演算の文章題を分類する試みは、1910年代には始まっている。当時、増加に相当するものは見えないが、1920年には萌芽が(64)。
大阪府池田師範学校附属小学校編『小学校に於ける復習法』池田町 (大阪府) 、池田師範学校附属小学校、1920年。dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid…
#超算数 【総和を求むるもの】と【つぎ足すもの】が現代でいう合併と増加に相当することは、64頁に指示された国定教科書の対応箇所を参照すれば分かる。
文部省『尋常小學算術書』第3學年兒童用 東京 國定教科書共同販賣所、1919年。nierlib.nier.go.jp/lib/database/K…
[これ、国定第何期か分かる人います?]
#超算数 増加という語が登場したのはkistenkasten723さんの報告によれば1940年代以降ではなさそう。ただし用語として確立し、同じ概念を表す他の語を駆逐するまでにはかなり時間がかかったようで、1960年代になっても学界誌で【添加】の語を見る。
#超算数 注意すべきなのは、戦前には上に触れた
高木佐加枝『国民学校低学年の算数指導』東京、教育科学社、1941年。dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid…
を含め、子供には【群の要素の数が増加する場合】と【二群の数を総合する場合】を区別することは求められていないことです。
#超算数 戦前の算術は、名数という概念に強く拘束されていたので、#掛算 の順序や割り算における放蕩区別を指導することを重視する傾向がありました。もっとも指導は必然であったとまではいえません。
Daviesは_Grammar of Arithmetic_ (1850)で名数算術に不満を漏らす。
#超算数 しかし、増加と合併の区別そして増加において #足算 の順序にこだわることは、単位に影響しないので、名数算術のために必要ではなかったはずです。増加と合併という用語が確立したのが、算数教育界における割り算指導で必須の包含除、等分除に比べて遅いことも、併せて心に留めましょう。
#超算数 現代算数教育界における合併と増加の区別は、【操作的な活動】を通して子供に強制されます。麻雀牌の両手寄せ片手寄せなどといわれるとおりです。ところで算数セットは戦後すぐから普及努力がなされているのでmaboroshi-ch.com/old/sun/sch_29…、操作が合併と増加の区別に直結するわけではない。
#超算数 そこで私は、上述積分定数さんの観察に基づき、1977年指導要領において1年生の算数に付せられた内容の取扱い 1に着目しました。そこには【操作的な活動】では【発展的な思考をさせるような指導】をすべしという抽象的な定めがありました。
#超算数 この抽象的な文言を具体的に解説したのが、指導要領の公式解説本です。執筆関係者は画像の通り。当時の教科調査官・坂間利昭氏が執筆を主導したと思われます。
文部省編『小学校指導書算数編』大阪、大阪書籍、1978年。
#超算数 この指導要領解説本は、45,6ページの「加法、減法が用いられる場合とその意味」という小節で加法の意味を3つ解説します。それぞれ、合併、増加、順序数の足し算に相当。これらの分類自体は以前から知られているものであり中島健三による半公式解説本にもあった。
#超算数 しかし46頁【
例えば、花3本と2本を合わせる場合と、花3本に2本を追加する場合について、操作活動を通して二つの場合どちらも加法が適用できるようにさせることが大切である。これは〔内容の取り扱い(1)〕にも関連することである。
】は地味な文体が重要な意味を持っている。
#超算数 これは【子どもに、いちいち区別//させる必要はありません】からの大きな方針転換。また、1年生の内容においてこれ以外の箇所で〔内容の取り扱い(1)〕が言及されることはなかった。内容の取り扱い 1が増加と合併の区別のための記述されたのではないかとさえ疑われる。
#超算数 増加も合併も同じ足し算であることを理解することが【発展的な思考】と見做されることの意味は、最近発表された問題の多い論文を見ても分かる。書誌略記
前田一誠他「算数学習における創造性の育成に関する研究(II): 第1学年における「たし算(1)」の学習場面を中心に」doi.org/10.15027/32658
#超算数 増加も合併も足し算であることを理解するのに、発展的な思考とか創造性は不要。類型に該当する問題文を子供に解かせ、解答から何らかの形で足し算を使っていると推論できるなら、所期の目的は達成されていると分かる。わざわざ合併と増加の違いを強調し、にもかかわらず同じ足算とするのが、
#超算数 算数教育界が意味する発展的な思考とか創造性の正体です。
#超算数 地味な文言が重要な変革をもたらしたことは、制度面からも裏付けが可能。中島章夫(2003)に徴し、77年指導要領に際して低学年における算数の授業時数が増加したことを再確認しよう。さらに、1年生において指導項目は従前と同じ。同内容により多い時間を使うように。
#超算数 基礎力重視についての坂間氏本人の弁。
坂間利昭『小学校教育課程講座: 算数』諸沢正道監修 東京、ぎょうせい、1977年。
諸沢は初中局長。この半公式解説本と現代化指導要領に際しての中島の半公式解説本との顕著な違いは、前者の半分以上の分量が1947年指導要領など既存の公式文書の引用。
#超算数 また、坂間の半公式解説本は一問一答形式だった。24ページに低学年の時数と指導内容についての記述。時間は従前より増え、内容はそのままであることが明言される。また、1年生での【操作的な活動】の重視も紹介されている。
#超算数 45,6ページに内容の取り扱い(1)についての解説がある。【観点を変えて発展的な思考をさせる】という指導要領の文言が【子どもが自由に発想したものを取り上げてやり、将来の方向に向かって伸ばしてやる、そのためには先生のほうも、柔軟な思考ができるように…】と敷衍される(46)。
#超算数 【…従来の固定的な考え方に立っての指導ではなくて、柔軟な考え方で子どもの自由な発想を伸ばしてやる指導をしなければならないようになってまいります。この点については、教科書においても、そういった活動をさせるようなものに変わってくると思います…】(同)とは、
#超算数 【操作的な活動】が子供の自由な発想を伸ばすものであるとの認識が窺える。それに対し、従来の指導が【固定的な考え方】を促進するものであったとの認識も見て取れる。また、教科書への言及からは内容の取り扱い(1)が教科書に及ぼす影響を坂間が自覚していたことが分かる。
#超算数 繰り返し述べますが、内容の取り扱い(1)の内容として文部省編『小学校指導書算数編』(1978)に言及される具体例は増加と合併は足し算であることを操作的な活動で確かめることだけです。指導要領の地味な文言が半公式解説本で美辞麗句を纏うが、やっていることは増加と合併の区別促進のみ。
#超算数 各学習指導要領における授業時数(正確には学校教育法施行規則の別表1が定めるが指導要領に対応して改訂される)の表があったので参考にリンクをつける。1947年と51年の授業時数は指導要領にパーセンテージで記述されているので、算出の根拠を知りたいところではあるteachforjapan.org/entry/column/2…。
#超算数 坂間利昭氏(1930-2008)の略歴 (78)
坂間利昭『無限を求めて』坂間賀世子・酒井義知編 東京、弘報印刷出版センター、2016年。
による。遺稿集を編集したのは坂間の子と孫。1951年指導要領執筆陣が1910年前後生まれ、1958年・1968年指導要領の中島健三が1921年生まれ。坂間は第3世代といえよう。
#超算数 坂間氏本人の回顧による1977年指導要領
坂間利昭「学習指導要領作成の背景と課題: 昭和52年の改訂を例として」『無限を求めて』2016年 (原稿日付: 2005年2月1日)、35-48ページ。
40頁に教育課程審議会答申の前から指導要領作成がスタートすること、教科調査官の影響力が大きいことがある。。
#超算数 41ページには、前指導要領にあった集合の概念が徹底的に排除される様子が描かれる。集合という語さえ【使用してはならないとなった】ことの意味は、直上のツイの通り、教育課程審議会答申(中央省庁改組以降は中教審答申)と指導要領が並行して作成される事実に基づいて理解されるべきである。
#超算数 即ち指導要領から「集合」の語を放逐したのは、教育課程審議会だった。当時の教育課程審議会に設けられた課題別委員会のうち「第2委員会」の担当した課題は「小・中・高等学校の教育内容の一貫性及び水準について(算数、数学を中心にして)」であった(36)。実質的には現代化を審議したとみる。
#超算数 ちなみに第1委員会の課題は「小学校低学年における教科構成等のついて」だった(同)。坂間は理科、社会についての答申に着目し、次回指導要領における生活科創設に繋がったと述べている。同委の算数関係の活動は記述がないが、ここにも増加と合併の区別に関連する内容があるかもしれない。
#超算数 合併と増加については【算数という教科は児童の発達段階から見て低学年に時間が増加されても、中学年で扱う内容を繰り上げて指導することができないのである。…そこで、操作的な活動を重視して具体的な体験をさせることを推進した。】との記述が重要。余分な時間を持て余していたのか?
#超算数 【それは、教科調査官の地位の問題であり、教科書から「集合」という言葉を追放するためであった。】という記述、地位の問題に言及する意味は不明。後半は坂間氏が当指導要領の直前(兼任したのか?)及び当指導要領有効期限内に、教科書調査官になったことと併せて理解すべき記述だろう。
#超算数 【それ[操作的な活動重視]は、教科書の大判化(後述)によって実現され、今日に及んでいる。】(41)とあることからも、坂間の教育観における教科書の重要性が知られる。大判化とは教科書の判型が緑表紙本以来のA5からB5へと変わったことをさし、坂間自身は1年生での大判化を達成したと述べる。
#超算数 1年生の算数教科書が大判化することの意義は、操作的な活動にある。A5判型では教科書のイラストの上におはじきやブロックを乗せて操作を行うことが難しかったらしい(44)。
#超算数 坂間は、どのような資格でかは不明ながら、教科書検定課に一連の提案を行い(43)、その一部が教科書検定基準や検定基準実施細則に反映されたという(45)。大判化の時期と坂間の経歴を照らし合わせる必要がある。
#超算数 つぶ二さんに教えてもらったが、
坂間利昭「新しい教科書の誕生」『日本数学教育学会誌』第62巻 (1980年) 第4号、3-6ページ。doi.org/10.32296/jjsme…
によれば、このような提案は【改善調査委員会】から文部省になされたと思われる。当時の所属は初中局。
#超算数 5ページの教科書工程表によれば、1980年4月に使用開始の教科書を規定する文部省の諸規則は1977年以前に成立していなければならないことになる。可能性としては正式に成立する以前に役人から出版社へのレクのようなものがあったとしたら、数ヶ月程度先行するか。関与は教科調査官時代だろう。
#超算数 ちなみに坂間氏、中学校教員時代には【生徒の学習を能率化してやる】(69)ことを願っていた。
坂間利昭「個別指導をするにあたって」『算数と数学』復刊第9号 (1954年5月、原稿日付: 1953年10月10日)、65-9ページ。dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid…
#超算数 また、【
iii) 「為す」*すことはできるだけ能率的にしたい。…*「為す」ということは、心理学的な意味においては、抽象的な思考も含んでいる。
】(65)とも。抽象的な決まり文句ではあり、数学と算数は違うと言い抜けることもできるだろうが、増加と合併を操作的な活動で学ぶこととは乖離。
#超算数 文部省編『小学校算数指導資料』第1 (1961) は、以前合併と増加に関する箇所を読んでいた。14-6頁の「加法の用いられる場合」において、加法の二大分類は順序数の足し算と集合数の足し算。増加と合併は後者の下位分類。集合数に重点を置く指導は是認されているが。
#超算数 15,6ページに【 なお、 イ の場合の指導においては、二つの数量に重複する部分があってはならないことを理解させる…。第1学年では、具//体物や半具体物が用いられるので、このような誤りはほとんど起こらないが、数だけで操作するときなどは、高学年においても、誤ることがある。】
#超算数 アが順序数の足し算、イが合併、ウが増加にあたる。増加に関して『指導資料』は数量関係や符号付きの数、数直線に発展する可能性を示唆するが、特に指導上の留意点に言及しない。合併の留意点は【第1学年では…ほとんど起こらない】ので、操作的な活動はこの点に関し利益がないと考えられる。
#超算数 大久保さん情報もNDL電書個人送信
川島茂「加法・減法の意味の理解とその指導」『算数指導実例講座』第1巻 内海庄三編 東京、金子書房、1960年、73-82ページ。dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid…
川島さんは千葉市立稲丘小学校勤務。内海さんは増加における交換法則に否定的。
#超算数 74,5【加減法の意味とか適用の場といっても別物ではない。子どもに意味が理解されたかどうかということは、直接子どもにきいてみてもわかるものではなく、//具体的な場に子どもが直面したとき、子どもが正しく判断して、
加法や減法を用いて問題が処理できるかどうかによってみなければならないのである。したがって指導の立場からいえば、子どもが加減法の意味を理解するということは、適用の場を正しく判断し、加減を用いて的確に問題を処理することができるようになるということである。
】#超算数
#超算数 76【たとえば、「男の子が7人、女の子が6人います。みんなで何人いますか。」というような場合であるが…教具を使って、いっしょにすることを見させる必要がある。また、そのような操作を通して、①の増加または添加の場合と同じように見られることを理解させることが必要である。
また逆に、増加または添加の場合も、もとの量と増加した部分を分けて考えれば、それらが同時的に与えられたものとも考えられること、すなわち、①の場合は②の場合と考えることもできることが理解されなければならない。】#超算数
#超算数 川島は、第一の引用部で私天むすがここで述べたような概念として理解を捉えてい、第二の引用部では子供は足し算について、増加はとりもなおさず合併であり逆も真なりと理解することが必要と主張している。
#超算数 『小学校算数指導資料I』および『算数指導実例講座』を見るに、増加と合併を異なるものとして指導する方針は、60年代には存在しなかった可能性が高い。
#超算数 1977年指導要領以降の合併と増加の区別の強要において、坂間個人の責任はどの程度であろうか。【それ[操作的な活動重視]は、教科書の大判化(後述)によって実現され、今日に及んでいる。】(2016:41)との本人の弁は、両手寄せ片手寄せのような21世紀の状況を個人としても容認していたようだ。
#超算数 以下では、合併と増加の区別の強要が始まった頃の教師用指導書を紹介する。第一は1980年使用開始の算数教科書に付随するもの。これは77年指導要領有効期間内の最初の教科書。第二は1986年使用開始の算数教科書のもの。これは坂間氏が1985年から1年間主任教科書調査官であった時期の教科書。
#超算数 学校図書の指導書を検討する理由は、積分定数さんの紹介と併せて理解できること、戦後算数第1世代が多く関係していること、反数教協的人士を含むこと。
原寸大の教科書で朱註、同じ造本の後半にやや詳しい解説があった。
学校図書編『小学校算数』教師用指導書 1年 東京、学校図書、1980?年。
#超算数 合併と増加は「たしざん (1)」という5時間の単元で学習する。第1回は合併。25ページの絵で導入された合併の場面は、26ページで
🐟🐟🐟🐟 🐟🐟
5 と 2
のように抽象化される。【あわせると】という指示の右にある図式にも注目。
#超算数 第2回で増加を導入。27ページが増加の場面の描写と抽象化を両方行う。後者は【
7ひき 2ひき
🐟🐟🐟🐟🐟🐟🐟 🐟🐟
ふえると
7 + 2 = □
】というもので、合併とほぼ変わりがない。
#超算数 なお、同じ時間に指導される28ページは合併と増加のまとめとしての役割があるようだ。合併の2問に増加の1問が続く。ただし、すべての絵は動きの描写を欠いてい、合併と捉らえる方が増加より自然である。
#超算数 この時代の朱註は原色原寸大の教科書に書き込まれる。現代の側注、下段註に当たる内容は、教師用指導書の後半、白黒の「詳細編: 単元の解説と指導の流れ 1年」に書かれている。なお私は前半を朱註と称したが、1980年に出版されたと思われる指導書には前半を呼称する名前が存在しない。
#超算数 詳細編は、合併(167)と、増加(168)とについて、具体的な操作とは絵の上にブロックやおはじきをおいて操作することであると考えているようである。「<参考>たし算について」(168)にある通り増加と合併は明確に異なるものと考えられているが、両者が持つ具体的な操作が相違するとは思われない。
#超算数 169ページに28ページに対応する内容あり。やはりここでも合併と増加を異なったものとして指導する旨の記述はない。「<参考>記号と式」にある【立式は、無名数を本体とするが、式の意味を明確にするため、名数式を使ってもよい。】(同)にも注目。単位(算数教育界の用語法で助数詞を含む)が
#超算数 あれば名数式、なければ無名数ということになろう。そして、忘れてはいけないが、無名数なら算数教育界のルールに従っても、交換法則が無制限に使える。つまり掛順こだわりはおかしいとなるはず。実際には掛順にこだわらない教科書は当時も存在しないのですが。
#超算数 ちなみに奥付。現代の教師用指導書には作成に携わった人々のリストが載りません。ただし、この【編修】リストも、教科書のそれと違うのかどうなのか、調べていません。
#超算数 第二に紹介する教師用指導書は、86年使用開始の教科書に付随するもの。第一と第二の間に83年使用開始の教科書が存在するが未見。
学校図書編『小学校算数』教師用指導書 第一部 1年 東京、学校図書、1986?年。
の造本は第一のものと同じだが、前半の朱註を実践編と称し、後半を研究編と称す。
#超算数 増加と合併はたしざん(1)で6月上旬に指導される。時間数は6時間。第一回で合併(27)、第二回で増加を指導(28)。教科書が金魚で具体例を示すことは80年と同じ。抽象化は、金魚と数の図式だけでなく、ブロックによる操作でも示される。合併は2方向からの矢印、増加は1方向からの矢印という相違。
#超算数 朱註は【ブロックを操作することによって、3と2を合わせると5になることを理解させる。】(27)とか、【ブロックを操作することにより、_5に2を加えると7になる_ことを理解させる。】(28、_内_は波下線)と述べる。「合わせる」と「加える」の異同は不明だが、操作に違いがあることを示唆するか。
#超算数 教師用指導書のうち朱註は、教科書本文に書き込まれる形で提示されるので、教師用指導書と私が称する文書群の中で、最も教科書記述に影響されやすい。他の文書は教科書を相対化する記述を持つ可能性がある。つまり教科書検定からある程度自由な記述があっても不思議ではない。
#超算数 同じ書籍の後半、研究編。単元内の各時間についての解説である【展開例】の前に、一般的な注意である【指導の要点】という節がある。184ページの「加法の意味の理解」という小節から始まる。この内容は日常用語を通して通して加法を指導する際の常識的な注意事項に留まる。
#超算数 【意味の理解】と題しつつ、「合わせる」と「加える」の違いとか、合併と増加における操作的な活動の違いに*ふれない*ことは、現代算数教育界の流儀を見慣れたものとしては、やや意外に感じる。第2の要点は、「加法のモデル化」(184)。合併と増加は確かに違うモデルであると考えられている。
#超算数 しかし末尾に【
しかし、まだ1年生であるから、すぐこの時期にモデル化しなければならないというわけではない。教師自身が意識して指導すればよいのである。
】とあり、合併と増加の区別を子供に求めない立場を明らかにする。教科書が合併と増加の区別を子供に提示していることと矛盾あり。
#超算数 矛盾をあえて解釈するなら、教科書及び指導書の執筆者らは、本心では合併と増加の区別を子供に求めたくなかったが、教科書検定の過程で区別を子供に強制するよう求められたのではないか。指導書研究編のこの記述には、教科書と背後の学習指導要領による悪影響を緩和する目的があるとも解せる。
#超算数 ちなみに奥付。ここに表れる人名は、教師用指導書第2部のものとは相違する。したがって彼らが実際に朱註及び研究編の執筆者であると考えられる。また、遡及的に80年使用開始についても、奥付は実際の執筆者を示していると考えてもよさそうだ。
#超算数 当時の学校図書による教師用指導書には、
山本喜治他編『小学校算数実践指導細案』1年 東京、学校図書、1986年。
というものが含まれる。和田義信と川口廷が「発刊によせて」を寄稿。『指導細案』には上掲のような各学年編以外に「総説(理論)編」が存在。あとがきの執筆関係者は全て同じ人々。
#超算数 和田の「発刊によせて」によれば、「指導細案各学年編」は、千葉市立本町小学校が出版した指導細案
が【多数の現場実践研究者の協力を得て、新教科書の改訂に応じた】ものだった。このタグで何度か紹介した通り、基となる同小学校の書籍は校長の山本喜治が指導し、読売教育賞を受賞したもの。
#超算数 細案とは現代の用語でいえば教案とか指導案のこと。要は授業を行うにあたっての教師の台本のことです。山本らは本町小学校で教えられる全ての教科の全ての授業について細案をまとめたのだった。あまり情報はないかもですが、本町方式で私のツイログを検索してみてください。
#超算数 学校図書の細案は79ページから「たしざん (1)」の第二回の授業の指導案。目標に【増加の場面の操作も合併と同じことから、たし算の式に表すことができる。】よう指導することが掲げられる。授業の細部でも(80)、合併と同じ抽象化が用いられ、【ふえるとも/あわせてと同じ】の板書。
#超算数 ちなみに「あとがき」から執筆者の分かる箇所。千葉市内の小学校校長と元校長が大半を占める。
1977年指導要領施行直後、学校図書の教師用指導書は、教科書、指導要領、小学校指導書(文部省編)とは相反する傾向を持っていた。たし算の意味に関しては指導要領の困った点を和らげたといえよう。
#超算数 学校図書の教師用指導書の例は、和田、川口、山本らが教科書検定に抵抗した形跡と見ることができる。当時の主任教科書調査官は坂間利昭氏。私の考えでは、合併と増加に関するこの人の責任は、特定時点で特定の地位にあったという形式的なものではなく、かなり個人的なレベルだと思います。
#超算数 @threadreaderapp unroll please!
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