女性のマイノリティー性をしっかり認識しないと、女性差別的になるのは当たり前。
バトラー系のジェンダー学は、女性のマイノリティー性の要因である身体性別を否定したり矮小化する詭弁に満ちていて、学んだつもり、分かったつもり、崇拝・追従してしまうと女性差別的になりやすい。
残念ながら、過去30年くらい、そういうジェンダー教育が行われた結果、法曹や政治家や経済界やメディアの特権持ちの人間に、「学んだつもり」の女性差別的な人が沢山居る。
「バカな人には見えない、分からない、難解なもの」というマーケティングに引っ掛かってしまう人が多過ぎる。
女性がマイノリティーでる、と、しっかり認識しているのなら、女性の抗議の声も聴こうと努めるはずですが、そういう努力をしない点で、女性差別的な傾向が強いのが丸分かり。
そして、自分達が女性たちを悪魔化し、女性差別・女性憎悪の扇動をしながら、「ヘイトの扇動」について語ったりしている。
要点:
自分や他人が、女性のマイノリティー性を十分に認識した発言や行動をしているのかに着目しましょう!
自分や他人が、ジェンダー学を学んだつもりになって、その詭弁を振り回して女性差別的な事を言ってないか確認しましょう!
性別二元論がぁ、とか、本質主義がぁ、とか言って、それで性別の二元性などを完全否定出来たつもりになって女性の身体的な負担や困難を無視・矮小化する女性差別を犯してないか確認しましょう!
立体的、複層的、複合的な構造のあるものを、平面的に投射して、「ごちゃ混ぜ」にして誤魔化す傾向に染まって無いか確認しましょう!
例1:「シスヘテロ規範」という括り方で、女性を男性とごちゃ混ぜにして、その規範の中でも女性がマイノリティーである点を無視してし女性差別的になってしまう。
例2:性別は多様で曖昧だから、などと、性暴力被害などの結果として身体性別基準による性加害からの退避空間が必要な女性を無視して、「ごちゃ混ぜ」トイレという女性差別トイレを作ってしまう。
例3:身体性別も社会的に構築されている、といった詭弁を真に受けてしまって、身体性と社会性を「ごちゃ混ぜ」にして語ったり、法制度や施設の整備を進めようとしてしまう。
他にも、平面的に投射して「ごちゃ混ぜ」にして、何か分かった様な気になって喜ぶ傾向は見られるのだろうと思います。
脱構築主義とかによる洗脳の影響なのでしょうか?
「境界が曖昧だから」と、定義や構造的な観点から逃げて回る場合、真面目にやったら何も認識出来ません。
二元論批判とかでも、いい加減だし、それを適用する対象もえり好みするし、本質主義批判にしろ二項性批判にしろ、ご都合主義的で「ダブスタ」が多い。
差別に対する批判でも、そういう傾向が出ています。
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