A_S(ヤドカリ:釣り餌にしないで下さい) Profile picture
医療/人文関連は素人です。 Notion: https://t.co/NLZmmXfE8j Threadreader: https://t.co/H6uYo95JPh
Jan 22 7 tweets 1 min read
性別が二元的ではないとか、性別を変えられるとかは、デマです。ウソです。
そういう仮説を真面目に考えるのなら、調査をしたり実験をして検証すればよいのですが、言いっぱなしや詭弁や詐術で押し通そうとするのが疑似学問やカルト。
それを信じてしまう人が多いのも現実なのですが。 人種の様な、はっきりと分かれてなくて、実際に混ざる事が可能なことと違い、性別は混ざりません。
女性と男性が生殖して、ミックスルーツの女性と男性の混合の人が出来るのではなく、基本的に女性か男性のどちらかになるのが性別。
Jan 14 7 tweets 1 min read
私が子どもの頃、自覚がはっきりした瞬間に感じた違和感の一つは、この世界に居る感覚、、存在感の奇妙な確かさについて。
それまで、連続的な自覚も、明瞭な自覚も無かったのにも関わらず、明確化した瞬間に「ずっと確かに存在してきました」みたいな感覚が湧いてきてしまう。 自覚の様な、色々な認識に関わり概念形成にも影響する様な、「世界や他者などから個別化された自分の存在感覚」が、水増しされ、上げ底になっていて、まるで絶対的・普遍的に確かであるかの様に訴えかけてくるのは、それまでの自覚の不確実性もあって違和感が強かったわけです。
Jan 10 13 tweets 1 min read
色々な事への絶望が進むと、現実を直視してしまう可能性が増え、さらに絶望しやすくなります。
その結果、希望を抱き難くなり、実現可能な現実可能な願望を持った時にその目標に集中しやすくなったり達成しやすくなり満足しやすくなる面や、雑多な希望や幻想に振り回され難くなる場合もあります。 そういう影響の一つとして、考え方がある意味で率直になる場合があるのですが、それは、一般的な人の感じ方からすると過激に想えたり直線的だったりして、あまり賛同されないことも多い。
雑多な表面的な概念や妄想が減ると、深層の方の重要性が浮上するのですが、一般的には直視する人が少ないので。
Jan 8 9 tweets 1 min read
人間も他の動物も、嫌な事は避けようとするのが当たり前なので、嫌な現実から逃避して虚構を信じ、依存的になる人が多いのも当たり前。
その結果、ほとんどの人は現実の絶望的な状況を認識せずに希望的観測を持ち続ける事になりがち。 日本人には絶望が足りない、という様な事を言った絶望を重ねるしかなかった様な国の人が居たらしいですが、現実認識は絶望と同値なのだと言っても良いくらいの現状が至る所にあります。
Dec 1, 2025 18 tweets 1 min read
女性差別的なお二人による自分の問題を棚上げした女性嫌悪の文章。
自分などの傷つきについて語っていますが、多くの女性が身体的にも精神的にも傷つく事実・現実をすっ飛ばして語っています。
他の人間からの差別や加害が無かったとしても、何十年も身体的に毎月の様に傷つくのが女性という性別。 妊娠や出産を経験する場合、傷つきの度合いがさらに酷い。
そういう身体的な面に加え、社会的な女性差別や加害や二次加害の連続があり、複合体としての負担や困難に傷付けられる事の多い現実があると思いますが、そういう点を十分に認識し、色々な思索の際に参照しないと女性差別的になります。
Nov 6, 2025 10 tweets 1 min read
人間が感じたりする「確かさ」は、卵から出て来たヒナが最初に見た物を親だと確信してしまうのと似た様な、かなりテキトーな仕組みのせい。
不確かなものを、絶対確かであるかの様に思ってしまったり、思いたがるのが、人間の考え方の特徴でもあり、問題点の一つ。 この「確かさ」が「クオリア」の元と言うか、同じ仕組みで、仮想世界を構築して行われる情報処理に於ける学習や簡素化の非情に重要な要素。
記憶や洗脳やトラウマとも関連しているのでしょう。
Nov 5, 2025 5 tweets 1 min read
多くの人は、嫌な現実よりも良さそうな虚構の方を選んでしまうし、絶望的な現実に馴染むのは難しいので、どうしてもカルトや疑似学問や変な思想などが流行ってしまう。
そして、虚構性が高く、現実に反する色々な考え方を狂信する人達が敵対し、過激化して争ったり、単純に現実に負けて自滅する。 引力で地面に押し付けられている現実が嫌で、We can fly!と繰り返し言ってれば飛べるようになるんだという幻想・虚構を信じても、現実がそれを否定するのですが、その様な場合でも物理的な現実にしっぺ返しを受けているのではなく、敵と見なす人などによって被害を受けてると妄想する場合も多い。
Nov 5, 2025 16 tweets 2 min read
こういうのを応用すると、現在のAIの多くや、人間の多くが行っている「連想妄想」ではなく、しっかりと「論理」を踏まえた予想をする能力をMOEなどに組み込んだり出来る様になるのでしょう。
この様な仕組み自体をLLMに学習させて、LLMが論理を扱えるように学習させるのも、モデルによっては可能かも。 現在のAIに欠けているのは、論理性、しっかりした記憶、信頼・クオリア・確定性、自覚、そして、これらに基づく色々な事に付いての学習方法の学習と、それを使った自己改変能力。
それは、我々人間についても言える事ですが。
Nov 2, 2025 4 tweets 1 min read
性別に於ける典型例が98%以上で、非典型例の場合で、その上、自分も医師なども性別が良く分からない様な人は、2%よりも小さい割合。
その様な少数例の部分を拡大視し全体視・絶対視して拘り、二元的な部分を否定・無視・軽視するのは非現実的で詭弁や詐術と同じ。
少数例の無視も絶対視も問題です。 Image この様な詐術を信じやすいのは、性別が二元的では無いというデマ・詭弁・女性差別を信じたい人や、視点・観点が固定されやすい様な、拘りがとても強めの人や、全体が完全・完璧に二分されていないと二元的とは見なせない様な傾向が強めの人など。
完璧でないものを完璧に否定したがるのも完璧主義。
Nov 2, 2025 4 tweets 1 min read
身体違和で苦しむ人が居る<=本当
性別違和で苦しむ人が居る<=本当
性別移行願望を持つ人が居る<=本当
性別移行が出来る<=ウソ
男性が女性として生きる<=ウソ、女性蔑視、女性の人権侵害、女性差別

現実違和で苦しむ人が居る<=本当
性別などの身体的・物理的現実を変えられる<=現実否定 身体違和と、他の性別違和と、性別移行願望は、一纏めになっている人も居ますが、どれか一つだけの人や、二つだけの人も居る。
身体違和や他の性別違和があっても、性別移行願望を抱かない人も居るし、各種の違和が無くても性別移行願望を抱く人も居る。
いずれにせよ、性別の移行は不可能。
Oct 2, 2025 10 tweets 1 min read
当事者の人達の多様性を知らないか、無視している発言。
身体違和が強めの人などは、自分の身体、特に男性器が嫌で苦しんで、自分が女であるとか感じないと言ってた人も居る。なので「ワタシハオンナダー」という揶揄の言葉を女性のつもりの人達に向けたりしていた事もありました。苦しむ内容も色々。 アライの筈の人が、しばしば当事者の多様性を無視して、自分が信じている内容に都合の良い人だけが存在しているかの様な事を言う。
身体違和や性別違和の内容や分布や強さも違いがあるし、性別移行の願望の有無や強さや何を重要視してるかも違うし、性自認・性同一性はXで女性に擬態してる人も居るし。
Jun 25, 2025 19 tweets 1 min read
社会学の変遷とか:

社会学は、観測された事実・現実に根差した「実証主義」に基づく科学的な学問として生まれたそうで、それは、≪神学やオカルトなどの様に物理的な現象や法則性を超えた物を前提とする「超越主義」≫に対抗する「反超越主義」の立場の学問であった様に思われます。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E5%AD%A6  社会学(しゃかいがく、仏: sociologie、英:Sociology)は、社会現象の実態や、現象の起こる原因に関するメカニズム(因果関係)を体験・統計・データなどを用いて分析することで解明する学問である[1][2]。 フランスのオーギュスト・コントが産み出した学問で、当時は歴史学・心理学・経済学を統合する実証主義的な科学的研究として「社会物理学」と定義した[3]。 初期の社会学に対する社会学者の方法論的アプローチは、社会学を自然科学と同じやり方で扱うもののみであった。しかし、19世紀に機能主義から離反した社会学が登場し、後にそれが主流となった[4]。  ちなみに、実証主義は、

広い意味では、経験的事実に基づいて理論や仮説、命題を検証し、≪超越的なものの存在を否定しようとする立場≫である。

だそうです。(≪≫による強調は、私が付けたものです。)
ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%9F…
Jun 24, 2025 5 tweets 1 min read
なんで人間が現実逃避的になりやすいか?というと、現実があんまり楽ではないからでしょう。
物理的な束縛もあれば、動物的な習性や仕組みの束縛もあれば、勝手に妄想したり気にしたり悩んだりする束縛などもあって、思い通りにならない場合が多い。 そういう世界なのだと受容したり諦めるのも難しい仕組みも標準装備で付いてますし、希望を追って幻想の世界に逃げ込むのは仕方がない面がある訳です。
それに加えて、災害や事故や犯罪や虐待やDVやパワハラやイジメ・いびり・蔑視・差別などの被害もあるし、簡単な環境とは言えません。
Jun 24, 2025 4 tweets 1 min read
性別の移行が可能だという幻想や、社会的に別の性別で生きるという幻想などに逃避・依存している人の中には、色々な面で目立つ人が居る為に批判が集まりやすいのですが、社会的な階層で一番問題なのは、バトラー系のジェンダー学やその下地になっている批評理論などの現実逃避主義・現実フォビアです。 人間が生きていると、嫌な事、苦しい事、耐えがたい様な事に出くわす事があって、その場合に現実逃避的になるのは人間の仕組みの一つなのだと思います。
ただ、それを集団化したりカルト化したり疑似学問化して拡散したり、幼少時からの教育に組み込んだり法制度などで強制しようとするのは有害です。
Jun 23, 2025 4 tweets 1 min read
離人症や、特性持ちの人達の感情などとの接続不良や、PTSDなどや、日常的な「白ける」「ドン引き」などを含む接続感の状態も、自覚と様々な情報との接続状態の問題という面があると私は感じます。それに加えて、自覚の重心が身体の内部や外部のどこに感じられるか?とかも関係していると思います。 色々な事が「確定的」になる様なゾーンの一種も、こういう自覚の状態の変化で、離人的な側面もあります。
意図的に、色々な状態に入ったり出たりする事が出来る場合もあります。
私は子どもの頃、面白がって、遊びで幾つかの状態に入ったりしてました。
色々な筋肉の緊張なども影響します。
Jun 17, 2025 35 tweets 1 min read
人間社会は、色々な「信頼」で成り立っています。
例えば、お金を払うと商品が得られるとか、契約が履行されるとか、それは、実は幻想なのですが、多くの人が共有している「信頼」は、日常生活・社会性の簡略化に必要であり、文化的な発展とも関係しています。 「信頼」の共有が無い場合、色々なリスクが高くなり、その対策が必要になり、確認作業や防衛手段などの負担が大きくなります。
商店に鉄格子が張り巡らされ、貨幣の真偽の確認もあったり、商品の誤魔化しや、客や店による強奪に備えたり、各種の詐欺の対策も必要になったりして、非常に面倒臭い。
Jun 10, 2025 17 tweets 1 min read
デトランジションした特性持ちの当事者の人の文章で、身体感覚や周囲の物理的な現実からの乖離、という様な意味での「身体離脱状態」とでも訳せるかもしれない現象を中心にした、性別移行の幻想を持つ特性持ちの若い人の感じ方についての解釈で、興味深い内容です。
maiapoet.substack.com/p/born-in-the-… x.com/thepeacepoet99… 人間の、自己同一性と言うか、主体感覚と言うか、「自分認識」みたいなものは、人によってその構成が異なります。
それは、自覚と色々な情報との接続の具合などによって決まると私は思っています。
May 30, 2025 35 tweets 1 min read
人権や差別問題などを含む社会問題にある程度敏感で、人文系の教養も少しはある筈の人達が、なんで女性差別の酷い現状を認識出来ず、自分の中の女性蔑視や差別性の解消に取り組む姿勢が全然足りないか?という問題にも様々な要因があると思います。 人間社会の問題を考える場合、人間という動物の認識や概念や行動原理などの基本的な仕組みを踏まえた考え方をしないと、変な幻想・妄想に流れやすく、問題の緩和・解消の役に立たない可能性が高くなる点をすっ飛ばしている人が多いのも、大きな要因だと思います。
May 26, 2025 26 tweets 1 min read
動物や幼児は、基本的に「確定的」な世界観の中で生きていて、その中で「安心」しています。
それは、情報の確定的で絶対的な接続によるもので、本当は不確実で非確定的な事でも、絶対的で確定的であるかの様に学習する仕組みによって、脳内の仮想環境が絶対的・確定的な結合で固められているから。 もちろん、動物なども時々迷ったりする訳ですが、直ぐに確定的な判定を下して行動に移す場合が多く、人間の様に長々と何年も迷ったりしません。
May 25, 2025 12 tweets 1 min read
事実・現実から逃避する傾向が強いと、幻想性・妄想性が高まったり、ウソや欺瞞に慣れたり染まったりしやすいので、事実確認をするのが当たり前になる様な教育も必要なのでしょう。 人間には色んなバイアスやバグがあって、間違えるのが当たり前なくらいなのに、自分は完璧で誤謬と無縁だと思いたがる様な完璧妄想に囚われている人も多い。
子どもの頃に何か間違えた時に、酷く叱られたりしばかれて、間違いを極端に恐れたりする様になったのかも。
May 7, 2025 15 tweets 1 min read
「この世は安心」と感じられるためには、自分の身体と、自分の感情や考え方(理屈)と、周囲の事物と、他の人との「接続」がなされていて、その「確かさ」が感じられる様な「信頼」がとても重要だと思います。
そして、それが簡単ではないのが問題。 また、この様な信頼にも、自主的で能動的な信頼と、受動的で依頼的な信頼があって、能動的な方の身体は自分で信頼する事を選択し、たとえ一般的には裏切られる様な状況が発生する様な事があっても、それを含めて受容する様な信頼で、依頼的な方は裏切られたと思うと接続が切れてしまう様なもの。