ジェンダー学の一部や、LGBTQ+++の活動家の一部、そして、それらの人達の言説を絶対視する傾向のある人には、女性が性に関する事柄に於けるマイノリティーであるという現実を避けて通ったり、すっかり忘れたりして女性差別的な事を言ったりする人が居て、その結果として抗議が起きろ事があります。
ところが、自分が女性差別的な考え方になっていると思いたくなかったり想像すらしようとしない人も多く、女性などからの抗議を宗教右翼であるとか、統一協会だとか、ネトウヨだとか決めつけ、罵倒・誹謗中傷して、自分たちの徐瀬差別的な考え方や言説の正当化を試みる場合も多く、さらなる抗議を呼ぶ。
性的なマイノリティーの当事者が、自分たちの負担や困難の解消を第一に考えるのは、当然であり、他のマイノリティーの負担や困難を想像出来なかったり、他のマイノリティーに対して差別的・加害的になる様な考え方や言動をとってしまうのは、咎め立てしたり責めたら二次加害・トーンポリシングになる。
しかし、それは、女性という性に於けるマイノリティーの当事者にも言える事ですし、どの属性のマイノリティーであっても、社会的な活動をするの場合には、少なくとも「他のマイノリティーの負担や困難を想像する事の重要性」を認識したり、実際に認識しようと努めないと、問題発言に繋がりやすい。
アライや当事者性のない学者や政治家・法曹・メディアなどの人間の場合は、なおさら。
また、同じ様に扱われる事の多い属性の中でも、「多様性」があって、負担や困難の組み合わせや程度にも違いがあったりするので、各種の属性的な側面と個人的な側面の両方を想像する必要があると思います。
男性が、女性の身体的な負担や困難を理解しようと思ったり想像ようと試みても難しいのは、相互理解の難しさを認識するのには分かりやすい例だと思います。
自分が経験する事の出来ない負担や困難があって、想像する事さえも難しいという事実を忘れない方が良いと思います。
しかし、同時に、どの様な「負担や困難」も、その「苦しみや重圧」という点は同じであり、「嫌な事・苦しい事」は、「嬉しい事・楽な事」と同様に、一種の共通言語であり、その点に着目して色々な人の言葉や疑義や抗議を聴くように心がけると良いと思うのです。
言い換えると、他の人の負担や困難を思いやる方向性が、「生き物的」には好ましく、負担や困難を増やそうとする加害的・差別的な方向性は、「生き物的」には好ましくないと言っても良いでしょう。
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