Rちゃんの泣き声が響いとって、慌てて起き上がろうとしても下敷きでしょ?
(ケラケラ笑いながら)ケガしとったん、わたしだったんよ。
「倒れた家をなんとかせにゃいかんでしょ?そしたらまず娘(大叔母)が帰ってきて。思ったよりケガしとらんで、良かったなーって。おとうちゃん(曾祖父)はなかなか戻らんでね。
翌日、竹原の親族が大八車を引いて来てくれた。曾祖父は動かせる状態ではない。祖母と母だけ連れていってもらうことに。
3日後、曾祖父死去。
その2日後、大叔母吐血。
竹原の親族がまた来てくれて、2人の遺体を運び、葬式を出せたことがとても嬉しかったと言っていた。
曾祖母は、原爆の話をするとき、本当にケラケラ笑った。あんなに哀しい渇いた笑い声を、私は他に知らない。