東大中国思想文化学研究室の住人 Profile picture
東大文学部中国思想文化学研究室(赤門すぐそば)に通っています。漢籍とか漢方とか漢文とか、中国や古典に関する話題をツブヤキます。 研究室を見学してみたいという駒場生の方、大歓迎! ぜひDMください。
Apr 21, 2025 5 tweets 1 min read
戦国時代中期、斉の国(「田斉」)は強大な力を有し、湣王の時に絶頂を迎えました。
湣王は魏を攻め、楚に勝ち、燕を蹂躙し、更には秦を伐って函谷関に到達し、宋を滅ぼし、近隣の小国を全て臣従させ、周王室に代わって天子となることさえ狙おうという勢いでした。 Image しかし、その膨張政策は他国の反発を招き、遂に燕・秦・楚・韓・魏・趙の六ヶ国が連合して斉に侵攻し、大いに斉の軍を打ち破り、斉の国土の大半を占領するに至ります。
湣王の死後、名将田単の活躍によってその多くを取り戻しますが、国威は以前ほどには振るわず、湣王の孫の時に秦に併合されました。
Mar 17, 2025 7 tweets 1 min read
『晏子春秋』にも同じような話があります。
斉国の晏子が使者として楚国を訪問した際、楚王はわざわざ小さい門を作ってそこから入城するように晏子を案内しました(晏子の背が低いことを蔑んでいる)。
そこで晏子は「犬の国に派遣されると、犬用の門をくぐることになるね」と言ってやり返したそうです 『晏子春秋』内雑篇下「晏子使楚。以晏子短、楚人為小門于大門之側而延晏子。晏子不入、曰、使狗國者、從狗門入。今臣使楚、不當從此門入」 Image
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Apr 30, 2024 14 tweets 2 min read
元号が「令和」に改まってちょうど五年が経ちますね。「知道」という驚愕の案もあったそうなので、「令和」で本当に良かったです。
ところで、前の元号「平成」は、『史記』五帝本紀の「内平外成」と『尚書』大禹謨篇の「地平天成」が出典なのですが、これらの句の意味については議論があります。 Image 昭和64年1月7日の改元に際する総理大臣談話では「新しい元号は「平成」であります。これは、史記の五帝本紀及び書経の大禹謨中の「内平らかに外成る(史記)」「地平らかに天成る(書経)」という文言の中から引用したものであります」と説明しています。
cao.go.jp/others/soumu/g…
Mar 16, 2023 19 tweets 2 min read
先日行われた東大入試の世界史の試験問題の中に、
「漢代の医学書には、天体の運行と人間生活との関係を議論する思想がしばしば見られる。その思想を唱えた集団の名称を記せ」
という問いがありました(第3問の問(10))。

――これに対する解答は何でしょうか? 実はかなり難問のように思われます。 Image 問題文から考えるに、以下の3段階に分けてアプローチする必要があります。
 ①「漢代の医学書」とは何か?
 ②「天体の運行と人間生活との関係を議論する思想」とは何か?
 ③「その思想を唱えた集団」とは何か?
Mar 2, 2023 14 tweets 1 min read
先日の東大入試の漢文では、『貞観政要』が出題されました。
内容は、西晋初期の重臣何曾に対する唐の太宗による論評です。政治への関心を失った主君を諫めない何曾について、「顛而不扶、安用彼相(転びそうになっているのに手助けしないなら、補佐役として全然役に立たない)」と批判しています。 最後の「顛而不扶、安用彼相」は、『論語』季子篇「危而不持、顚而不扶、則將焉用彼相矣」を踏まえています。また、途中の「貽厥子孫」はちょっと難しい表現で、『尚書』五子之歌から採られています。

ただ、訓点や注が丁寧に付けられており、こういった典故を知らなくても解けるようになっています。
Aug 17, 2021 14 tweets 2 min read
8月15日にNHKスペシャル「開戦 太平洋戦争~日中米英 知られざる攻防~」(nhk.jp/p/special/ts/2…)が放送されました。非常に面白かったですね。

この番組の元になった研究が、鹿錫俊『蒋介石の「国際的解決」戦略:1937-1941――「蒋介石日記」から見る日中戦争の深層――』(東方書店、2016年)です。 この研究は未刊行資料「蒋介石日記」を軸に蒋介石の国際情勢認識と抗日戦略構想の変遷を追いつつ、同時期の日本側の認識・判断と照らし合わせ、
蒋介石の「国際的解決」戦略が、中国側の働きかけではなく日本側の失点によって成功したこと(胡適の謂う「日本切腹、中国介錯」)を描き出しています。
Aug 15, 2021 4 tweets 1 min read
『春秋左氏伝』襄公二十九年に、呉の季札(延陵季子)が使者として魯を訪問した際、各国の歌を聞いてそれぞれの興廃を言い当てたというエピソードが見えます。
興味深いのは、歌を通じてそれぞれの地域の気風を察し、時にはそこに始祖の遺徳を見出していることです。 君主の徳が人々の気風に影響するのであり、そして歌からそのことを見出し、季札ほどの達人になると一国の将来を言い当てることさえできるということになります。
これはかなり極端な例ですが、ともあれ、為政者の言動が人々の精神文化に及ぼす影響がかなり重視されていたことが分かります。