Amictica sal vitae.(新アカウント) Profile picture
旧アカウント@boots_fleck アドレスが使えず、ログイン出来なくなり、新しくアカウントを作りました。中世ヨーロッパの歴史に、ほんの少し興味があります。
Jan 25 5 tweets 2 min read
歴史の例を考えると、胴体や頭部への突きが短時間の戦闘不能状態を引き起こさないこと、つまり相手の身体を剣が貫通した後も、戦士が戦闘を続けてしまう例がいくらか確認できます。

17世紀ごろの紳士同士の決闘では、レイピアと短剣を使った決闘ですが、紳士の一方(紳士A)が先手を取って相手(紳士B)のおでこに突きを放ったものの、額の骨で滑り致命傷になりませんでした。

次に、いくらかの攻防の末、紳士Bが放った突きが、紳士Aの体に深く突き刺さり剣を取り落とさせたものの、紳士Aはまったく止まらず素早く接近し、残った短剣で紳士Bの首を刺すことになり、決闘は格闘戦に移行しました。

先手を取った紳士Aが優勢に立ち、紳士Bを圧倒して刺し続け、短剣によって少なくとも14回攻撃して刺し続けました。

紳士Bはこれで死亡しましたが、紳士Aの短剣による刺突が中々バイタルを抜けなかったのか、紳士Bが激しく抵抗した結果、紳士Aの顎や頭蓋を短剣などで殴ったり切ったりして、大きく負傷してしまいました。

次は1945年と近代の例になりますが、刺突によって重傷を負ったにも関わらず戦闘を継続したNaik Fazal Dinというイギリス連邦の兵士がいます。

下記は彼のWIKI(ヴィクトリア十字章の項参照)
en.wikipedia.org/wiki/Fazal_Din

要約
『……ナイク・ファザル・ディンは日本軍の士官に刀で胸を貫かれ、その剣先が背中から突き出たほどの負傷にも関わらず、日本軍士官が刀を引き抜くと、士官から刀を奪い取って、それで士官を殺害した。続いて彼は下士官に襲い掛かり、これも殺害しました。

その後、味方の救援に向かい、刀でまた日本兵を殺害しました。

その後、刀を振りかざして部下を励まし続け、小隊司令部まで報告に向かい、そこで倒れ、彼は連隊救護所で死亡しました』

このように、刺突を受けてうまくバイタルを抜かれなかったのもあるでしょうが、なかなか死なずに行動した例が見られます。

もちろん、斬撃で止まらなかった例もあります。

ビルマの戦闘では、日本軍士官の刀による攻撃で片腕を切り落とされても相手を殺し、2度脇腹に銃剣で刺突を受けても戦闘を続けた英陸軍サマセット軽歩兵連隊中尉(のちヴィクトリア十字章受賞)がいます。

内臓への負傷の場合、つまり腹部などを刺されて内容物の腹腔内漏出や侵入した細菌・ウイルスによる感染症などで死亡するなどを考慮すると、突きの方がのちのち確かに致命的である可能性は高いかもしれませんが、こうしたとき敵はすぐさま死ぬことはないかもしれません。

斬撃の場合、腕や脚への斬撃の場合だとして、そうするとこうした攻撃の方が即座に敵が行動不能に陥る可能性が高くなるかもしれません。

また、難しいですが、たとえば首を(完全でなくても)切り取ってしまえば、刺突よりは相手はすぐに止まる可能性があるでしょう。

言えることは、突きも切傷も確実な停止力を持つとは言い切れませんが、突きで止まらないという例や記述は確かに多いということです。

もっとも、これは刀剣の場合であって、鑓で内兜を破壊されたり、十字鑓やポールアックスでブッ刺されれば、引っかかって相手は一旦離れた位置で止まるので、突きはより有効かもしれません。

これは、イノシシなど獣でも同様です。

また、これらはみな素肌者の例となるので、甲冑を身につけていたり、頭からつま先まで完全武装だとすると、斬撃による負傷も刺突による負傷も狙い所が難しく、組みや関節技も含めての話になり、高い防御を誇る重装備の戦士であれば、泥試合的様相も相まって複雑な話になるでしょう。

最後に補足として、たとえば西洋の歴史の大半を通じて、斬りと突き両方のできる両者を睨んだ剣に加え、エストックなど突きに特化した剣やほか湾曲した斬りに向いた剣など軸足を傾けた剣が登場したものの、斬り裂きと突きのどちらか一方が支配的だったことは中々ありません。

様々な湾曲した剣あるいは直剣、中間に位置する剣、そうした中世の剣は、中世ヨーロッパの騎士と歩兵の間で広く使用されていました。

装備者の嗜好や特技、その時の環境によって多くが個人に選択されたので、もちろん時代ごとに一定の傾向はあってもケースバイケースで、斬突どちらか、一つの答えしかないということはないでしょう。 あ、これはここでのお話を否定したわけではありません。

ルネサンスの剣豪のいうとおり、斬突揃っての戦闘だ(両者が組み合わさらないと戦闘は完成しない)ということで、上記は斬突にここでみんみんぜみ先生がおっしゃるような傾向がある、という前提は当然のものとしてという個人的なつぶやきです。
Oct 12, 2023 13 tweets 1 min read
あまり参考にはなりませんが、幕末の江戸も相当に物騒で、内藤鳴雪(幕末期伊予松山藩の武士、のち俳人)が『鳴雪自叙伝』の二にて

『……その頃江戸では『辻斬』が実に頻繁に行われた。これは多く田舎出の侍が新身の刀を試すとか、経験のために人を斬るので、夜中人通りの淋しい処に待ち構えて 通行人を斬った。斬られるのは大抵平民であった。私が小さい頃稀に邸外へ出たのでも、よくその死骸を見た。斬られた死骸は、しばらく菰を着せてその場に置いて、取引人が引取って行くのを待った。直きに引取人が出ないと、桶に入れて葭簀で巻いて置いたものである」

などと書いています。
Dec 26, 2022 12 tweets 1 min read
これが、教育の失敗といえるのかな。

歴史って、本当に勉強する価値がありますね。

そもそも、単に実学()のみで国家が成り立つなら、初めからみんなそうしているのですよ。 あるいは、これが高等遊民的な話であったとしても、いわゆるスラング的な形でここでは使われる『木簡を読む人』というのは社会のごく一部で、そもそも昔の貴族や知的階級の一部がそれにあたるのですよね。

確かに、彼らの多くは頭脳労働を担当して社会や経済を回していましたが、一部は星座を作っ
Dec 26, 2022 15 tweets 1 min read
ところで、中世の衰退とともに“騎士道”は消滅したと思われがちですが、百年戦争でもそれ以後でも、“騎士道”は消滅などしませんでした(どころか近代に至っても形を変えて存在した)。

騎士道は、『国家への奉仕』『共同体への奉仕』『社会に対する義務』などとして昇華されていきました。 近代に入ると、軍人層は国家への忠誠をある種の美徳としましたし、イングランド貴族のノブリス・オブレージュなどは、一つの典型的な例と言えるでしょう。

社会や戦争の性質が変われば、それまでも変化を経験してきたように、“騎士道”も直面する苦難や危機によって変容し、いわば「近代化」して変わっ
Dec 25, 2022 8 tweets 2 min read
まあ、つまり普通の布衣の人々を兵士にする方法、それが中世では限られていたということですね。

様々な出身と身分階層からなるただの人々を集めて兵士化するのは大変難しい。

ある程度選抜された人間を集め、コストをかけて教練することや、氏族意識や共同体防衛に燃えられる環境にある 兵士を集めることは、一般的には困難でした。

その条件が揃っている地域か、あるいは富裕で巨大な都市があるか、金で契約を結ぶ戦闘のプロつまり傭兵や特技と経験を修めた職業兵士を集めるか、要するに方法は限られていました。
Dec 25, 2022 6 tweets 1 min read
大西先生の『乙女戦争』の黒騎士、見事な散り際だな。

騎士にはこのような人物もいたろうし、そうでない正反対の人物も、そしてただの俗物もいただろう。

人間社会にあるものは全て、一つでは語れない側面を持つ。

騎士道もその一つで、彼もまたそれを奉ずる1人として、彼のやり方を貫いて逝った。 騎士道は、万華鏡のようなもなので、実際一つだけの側面では語れない。

『乙女戦争』における黒騎士は、ある意味でその体現者というべきか。

最初は極端なエリート主義だが、現実と理想の差異を知り、正も濁も併せ持って死に至った彼である。
Dec 24, 2022 23 tweets 1 min read
実際のところ、中世を俯瞰した時、キリスト教徒が戦闘前にミサをしたり、神に祈りを捧げる儀式を行っていてグズグズするのを、今の人間はよくこき下ろす。

機会を失っただとか、それは必要だったのかだとかだ。

言わせてもらうが、それは実際のところ、本当に必要だったと言えるだろう。 中世の兵士たちの多くは、現代やその少し前の軍隊に連なるような、ある程度準備のできた、つまり訓練された存在ではない。

人間は、本来のところ自分自身の皮膚に対する忠誠しか持たない。

人間は、敵の姿に恐怖し、白兵戦闘を避け、出来ることなら戦闘に投入されることを本来のところ望まない。
Dec 24, 2022 6 tweets 1 min read
誤解無きように言っておくと

乗馬しつつ刺突するのは自転車で走りながら電柱にラリアットを食らわすくらい無謀

とか

まず人体はホイップクリームよりもずっと固いので刺突すると刺す側に反動が伝わる

刀を離さず馬が走り続ければ刺した者は反動も受けて後ろに落馬

とか

無茶苦茶なこと言って、 騎兵の突きは無謀とかいう話が元ですからね。

で、合わせて日中戦争でも騎兵の格闘戦あったんかいなっていうので、それもついでに史料を示しましたと。

つまり、こちらは必要な史料を示しました。

そちらからの反証となる史料の提示がなければ、この問答は終わりということですね。
Dec 23, 2022 9 tweets 3 min read
中世の夜空の星が輝く陰で悪(ワル)の笑いがこだまする

中世暗黒時代……中世魔女狩り……中世には皿と飲料水と税がない……中世人は腐った肉を食っていた……

騎兵はハリボテ、中世ではそれ以外の兵が主に活躍していた……中世の特にプレートアーマーは重くて無意味…… Image ヨーロッパの刀剣は鋳物だからポキンと折れる……騎兵の時代は百年戦争で終わった……鐙が騎士と封建社会を産んだ……西洋剣(範囲ガバガバ)はなまくら……騎士の武装とかもろもろあって、ヨーロッパの軍馬はクソでかい(180とか190あった)…… Image
Dec 23, 2022 4 tweets 1 min read
まあ、そもそも樋口先生はあまり欧州騎兵に詳しくないみたいで、だいぶボーッとしたことも書いてる。

ナポから普仏戦争までに騎兵の活躍はないとか言ってるけど、普墺戦争とかでも全然騎兵活躍してるし、そもそも普仏戦争でもブレドウとかが活躍してるくらいだから、当たり前に騎兵は活動してた Image ことを敢えて無視してる。

そもそも怪しい記述は他にもあって、日中戦争での日本騎兵が主に匪賊相手にしか活躍してないって、それはちょっと筆滑りすぎですわ。
Dec 23, 2022 7 tweets 3 min read
いや、それ知ってますけど普通に騎兵の存在の否定なんてしてませんよ。

樋口先生は別に第二次世界大戦の騎兵の存在を否定してるんじゃなくて、単に第二次世界大戦後期に至るまでの戦場の変化によって、騎兵が廃止されるまでの歴史を追っていて、その活躍なんか否定してないですよ。

あと、日中戦争 ImageImageImageImage での騎兵の活躍が知りたければ、日本騎兵八十年史を読んでください。

こんな概略の論説じゃなく、本格的にその実態と活躍を深く知ることができますよ。 ImageImage