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R774@まとめ屋
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Jan 4
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『黄金の谷の集落』静岡県中央を南北に流れる大井川。その上流域には、12kmにもおよぶ大渓谷が続く。半世紀前まで、大渓谷の中には黄金にまつわる集落があった。確かに、航空写真には今も何かが写る。大渓谷の真っ只中に存在した集落の今を確かめるため、『接岨峡』へと向かった。
『何か』の存在は5年前に気づいていた。接岨峡を通る車道と鉄道から深い谷間を隔てた対岸に『何か』は写る。『何か』を調べるうち、かつて接岨峡には『栗尾』と呼ばれる集落があり、さらに栗尾は黄金にまつわる集落だと知った。栗尾は一体どのような集落なのか。実際に行って確かめたいのだが…
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Sep 24, 2024
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『古地図に描かれた一軒家』紀伊半島南部の山奥深く、70年以上前の古地図に一軒家が描かれる。そこは「とある名字」発祥の地だったというが、今、一軒家は地図から消え、当時を知る人も殆どいない。人々の記憶から消えゆく一軒家の今を確かめるため、『古座川町』に行ってみた。
古地図で紀伊山地を眺めている時だった。山々と谷間が入り組む険しい地形の中、『坪野』という地名とともに一軒の家屋が描かれていることに気づいた。最新地図では地名も一軒家も消えている。それでも、人里から離れた一軒家の存在に惹かれるものがあったのだ。今、坪野の一軒家はどうなっているのか。
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Jun 25, 2024
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『自力更生の島』今は無人の小さな島に、約50年前まで『ある制度』が存在した。それは、生活の苦しくなった者をこの島に渡し、生活を立ち直らせる制度だった。柳田國男氏等、著名な民俗学者が『困窮島』と称する島の今を確かめるため、長崎県にある『自力更生の島』に行ってみた。
昔の航空写真に写る五島列島。どの島も隅々まで耕され、美しい島姿を映し出す。そのうちの一つ、海蝕崖に囲まれた小さな島に、耕作地と家屋が見える。この島こそが『自力更生の島』こと、宇々島という。それにしても、この小さな島でどうやって暮らしていたのか。答えを求めて、宇々島ヘと向かった。
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Apr 24, 2024
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『目の前にあるが辿り着けない集落』会津から越後へ流れる阿賀野川。この大河の対岸、僅か100m先に集落がある。地図には集落への渡船が描かれ、徒歩道も通じている。しかし、集落に辿り着けないのだ。古くから続く祭祀が存在し、四軒の暮らしがあった『仙石集落』の今を記録する。
4年前、地理院地図上で阿賀野川を眺めていたとき、『仙石』と描かれた集落が目に留まった。その集落に至る車道はなく、渡船と徒歩道が描かれているが、最新の航空写真に渡船の姿は見えず、ストリートビューに写る徒歩道は施錠ゲートで塞がれている。まさに『目の前にあるが辿り着けない集落』なのだ。
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Nov 18, 2023
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『地図に描かれなかった集落』最新の地理院地図に描かれた険しい地形。かつて、この場所には集落があった。集落が無住化したのは14年前だが、不思議なことに、無住化以前の地図にも集落が描かれていないのだ。『地図に描かれなかった集落』の今を確かめるため、物部村へ向かった。
物部村(現・香美市)は、高知県東部を流れる物部川上流に位置する山深い村で、平家の落人伝説や、民間信仰のいざなぎ流が伝わることで知られる。村内の集落は、物部川がつくった深い谷間に点在し、『地図に描かれなかった集落』も、物部川支流の深い谷間の真っ只中にある。集落の名は『杉熊』という。
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Jan 22, 2023
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『荒地の記号が記すもの』地図から消えた集落は、荒地の記号に変わった。仁淀ブルーで知られる仁淀川。その支流に人気スポットの安居渓谷がある。多くの観光客が訪れる渓谷だが、渓谷の奥地に集落があったと知る人はごく僅かだ。荒地の記号を確かめるため『池川町』に行ってみた。
全国各地に存在する荒地の記号。地理院地図では、荒地の記号は『雑草などが生えている場所を表示する』とある。その荒地記号の場所を調べていくと、消えた集落に出会うことも少なくない。安居渓谷の奥地にも荒地の記号が描かれている。古地図と照らし合わせると、『若山』という集落が浮かび上がった。
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Jun 5, 2022
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『売られた有人島』断崖に囲まれた小さな島。50年前、島は売却された。それは島民たちにとって苦渋の決断だった。地図上には、今でも建物と神社の記号が見える。しかし、航空写真に写るのは、緑に包まれた島の姿だ。売却から50年後の島を確かめるため、萩市『尾島』に行ってみた。
かつて、萩市の沖合には、6つの島で構成された六島村(ろくとうそん)という村があった。6つの島のうち、尾島を45年前の航空写真で眺めた。海岸近くに身を寄せ合うかのように家屋が立ち、内陸には青々とした畑が広がる。鮮やかな色彩を持つ島は、何故売却されたのか。令和4年春、尾島に渡った。
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Nov 6, 2021
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『炭を焼くと黄金ができた』高知県幡多地域に伝わる炭焼き又次郎の伝説。全国各地に存在する炭焼き長者伝説の一つだ。いくつもの山道が描かれた地図。この何処かに、又次郎の炭窯があったという。伝説の炭窯を確かめるために、又次郎ゆかりの地である『城の川』集落に行ってみた。
航空写真に見える一軒家。何故このような場所に一軒家があるのか。そう調べるうちに、ここは『城の川』集落であること、そして炭焼き又次郎という長者伝説が伝わり、又次郎の炭窯跡を『京塚さん』として祀っていることを知る。しかし、その京塚さんの場所が分からない。京塚さんは何処にあるのか。
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Apr 25, 2021
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『花祭の鬼面』奥三河に今日まで伝承されている花祭。この鬼面は、60年前に消えた集落の花祭で用いられていた。地図に描かれた終わりのない谷間に、その集落は存在したという。確かに、45年前の航空写真には何かが見える。いくつもの伝説が残る『大入集落』の今を確かめてみた。
愛知県北東部に、かれこれ10年以上通行止めの『開かずの県道』がある。県道は、険阻な渓谷の中にあり、沿道に人の営みは全く見られない。しかし、最新の航空写真には、県道から300m上方に不自然な窪みと人工林が写っているのだ。過去の地図と照合すると、『大入』という集落が描かれているではないか。
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Jan 3, 2021
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『落人の隠れ里』恐ろしく深い谷間の祖谷渓。崖っぷちに有名な小便小僧が立つ。しかし、この対岸に集落があったことは知られていない。それもそのはず、地図には集落が描かれているが、実際には姿が見当たらないのだ。地図上に残るが姿は消えた『田丸集落』の今を確かめてみた。
西祖谷山村の田丸(たまろ)集落。地理院地図を見た時、立地の凄まじさに驚いた。集落は深い谷間に囲まれ、背後に国見山が聳える。集落へ至る道は、祖谷川左岸の廃道か、対岸の祖谷街道から100m下って300m登る山道しかない。しかも、ネット上にあるのは僅かな情報だ。田丸はどうなっているだろうか。
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Oct 17, 2020
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『物部の山奥にある小さな集落』40年ほど前の航空写真では、数軒の家屋と耕作地が見える。そして現在の航空写真。集落まで車道が延びているが、既に住む人はいないという。山奥にある小さな集落には何が残されているのか。集落の今を記録するために、『堂平集落』へと向かった。
堂平集落を知ったのは、10年以上前のこと。ウオッちず(現・地理院地図)を見ていた時、険しい山上にある集落に気づいたのだ。その存在は、明らかに他の集落とは異なっていた。時は過ぎ、2017年、高知新聞のこの記事を見て、堂平に行くことを決めた。『限界集落から“消滅”へ 香美市物部町の中津尾』
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Aug 23, 2020
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『人口2人』瀬戸内海に浮かぶその島は、僅かな建物があるくらいで、誰も住んでいないように見える。更に、40年前の航空写真にある耕作地は殆ど消えている。それでも、最近の国勢調査では2人を数えるという。今、この島はどうなっているのか。上島町の『赤穂根島』に行ってみた。
日本の島ガイドの代表ともいえるSHIMADAS(日本離島センター編集)を眺めていた時だった。『人口2人』の島がある。その項には、"有人化"、"無人化"、"人口2人"と書かれている。この3つのキーワードを結ぶものは何なのだろうか。その答えを確かめるために、赤穂根島へと向かった。
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Jan 4, 2020
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『村が消えた』緑に覆われる山々。そこに人の営みは見られない。しかし、ここには村があった。多い時には1300人を数えた住民は、今はたったの1人だ。消えた村の現状を確かめるために、『石鎚村(現・西条市)』へ行ってみた。
それは40年前の航空写真を眺めていた時だった。山の中に不思議な集落があることに気がついた。集落は尾根筋に存在し、いくつもの家屋が綺麗に密集していた。それにも関わらず、現在の地理院地図、航空写真の双方からその存在が消えているのだ。この集落は一体何なのか。
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Jun 12, 2019
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急峻な四国山地において、徳島・高知県境一帯は河川が山塊を切り刻み、深い谷間を形成している。そんな険しい地形に位置する集落の中には"天空のモノレール集落"と言われる十家集落の様に、未だに車道の無い集落が存在している。そのうちの一つである『平井集落』に行ってみた。
四国山地を走っていると、急斜面の遥か上方にポツンと一軒家があったりして驚かされることが多々ある。『平井集落』のある"つるぎ町(旧・一宇村)"は、殆どが険しい山岳地帯を占める。そして、先述のような一軒家が町内の険しい山の中に点在しているのだ。