日本歴史学協会が、呉座さんの件をきっかけに声明を出しました。呉座さんのみならず、それに直接・二次的に加担した研究者の問題にも触れており、私個人としては強く支持するものです。
nichirekikyo.com/statement/stat…
呉座さんのSNSにおける誹謗中傷や差別事件については、被害者の一人として名の上がった北村紗衣先生が、文春の取材に答えておられます。
bunshun.jp/articles/-/444…
とはいえ北村先生の被害は、呉座さんの問題発言の氷山の一角(いちばん大きな一角にしても)であることは留意すべきです。
前掲の文春のインタビューでは、北村先生が呉座さんのツイートだけでなく、二次被害に苦しめられていることが語られています。その苦しい心境はツイートにも表れており bit.ly/3rJ0knF、一秒でも早く二次被害の収まることを願って、私も二次加害ツイートを見つけ次第通報しています。
二次的な加害については、「フェミ」と見れば、さらには女と見れば叩く、ミソジニーの狂犬のごとき連中が数としては多いでしょう。しかし勝手に仲介を買って出たり、事態を矮小化させて収めようとした研究者が複数いたことは、学問の世界の構造的問題を示しており、より深刻ともいえます。
そういった構造について考える上では、本来呉座さんのやらかしとは関係なかったはずが、タイミングが一致してそれについても論じることになってしまった北村先生のこちらのインタビューが、重要な手がかりを与えてくれます。
bungeishunju.com/n/n3f58118998ec
北村先生のインタビューは、「東大出身の女性」について語るという趣旨のシリーズですが、今回の呉座さんの事件を受けての論は、むしろ「東大男子論」というべきものでした。これを読んで私は背筋が寒くなりました。呉座さんと私を分けるものは、髪の毛一筋ほどしかなかったのではないか、と。
先回りしておくと、「東大男子論」というのはむしろ今回の呉座さんの件を矮小化するものではないか、と思う方もおられると思うのですが、アカデミズムで東大の存在感が大きく、その気風が諸学会にも及ぼす影響が小さくないことを考えると、先に深刻さを指摘した学界の構造的問題につながるといえます。
昨夜ツイートしてる途中に寝落ちしてしまいましたが、また続きをつらつら考えてみます。呉座さんが鍵アカウントで差別や罵詈雑言を書き連ねてしまった理由の一つは、ホモソーシャルなインナーサークルの価値観にどっぷりだったことにあるでしょう。それは私にとっても他人ごとではありません。
呉座さんは海城から東大に進まれたと聞きますが、海城は男子校です。これは私も、やはり中高一貫男子校出身なので、かなり想像はつくのですが、女性のいないホモソーシャルな濃度の高い空間には、とても楽しい面がありますし、それが自己形成でいい方向に働いた面もあるとはもちろんあります。
ところで、企業の採用なんかで、女子校出身の女性は評価されることがあると聞きます。女子校で、社会では男に割り振られがちな役割も女性がこなしてきたのを見ているので、自立心の高い女性が多いというのです。これを裏返して男子校について考えてみると……
男子校出身者が「世界は女がいなくても回る、世界を動かしているのは俺たちであり、女はそれに従えばいい」という、女性差別を助長しかねない、という問題は否定できないように思われます。まして男子校が進学校の場合、「女や低学歴は黙ってろ」という、傲慢な価値観を持つ恐れもあります。
もちろんそのような考え方は、大学に入ってフェミニズムなど学ぶことで相対化されることもあります。私は江原由美子・瀬地山角・上野千鶴子といった諸先生の授業を取って蒙を啓かれましたが、もちろんみんながみんなそういう好機に恵まれるわけではありません。
東大の場合、そもそも男女比が偏っているので、男子校的なホモソーシャルな気風が大学でも温存されやすい傾向はありそうです。文学部は、学部全体で見れば女性は割といるのですが、偏在が甚だしく、日本史は男女比が男に偏った研究室でした。
呉座さんや私が院生になったころは、日本史研究室は毎年10人弱ぐらい採っていた修士課程のうち、女性は一人ぐらいが通例だったと思います。今もあまり変わらないでしょうか。こうして、中高から大学学部・院まで、ホモソーシャルな空気にずっと浸ってしまう問題はあると思います。
ただ、ここで呉座さんと私を分けたものがあったとすれば、近代史にはかの加藤陽子先生がおられ、それもあって女子学生も他の時代よりは多く、ホモソーシャルな空気を多少は払うことができた、という事情はあると思います。
加藤陽子ゼミの飲み会でホモソーシャルな空気を吹っ飛ばした笑話をご紹介しましょう。ある男子学生、酔った勢いで「桜蔭出身者はブスばっかですよね」と暴言を吐いたところ、加藤先生莞爾と微笑んで「私、桜蔭よ」で場が一気に固まったとか……ホモソの愚かさを学ぶよい教育だったかと。
しかし、呉座さんは学生・院生生活で、そういった機会をあまり持てなかったのかもしれません。私は近世のゼミにはちょこっと出ていましたが、中世は没交渉なので分からないですが、研究者も男女比が偏っていたりすると、それこそ学会までホモソーシャルな空気が持ち込まれたりする恐れもあります。
さる方に教えてもらったデータですが、人文科学分野の院生の男女比は、全体では均等なのに、史学だけ取り出すと7:3で男が多いそうです。東大の例から考えると、日本史はたぶんもっとひどく、中世はさらに偏っている恐れはありそうです。
asadashinji.hatenablog.com/entry/2020/09/…
こういったホモソーシャルな空気の遍在が、その頂点として呉座さんのような人を生んでしまい、そして呉座さんが批判される事態に至っても、無理くりな擁護をしたり、日歴協の声明に噛みついたり、揚げ句は北村先生に二次加害をしたりする、素地となっていることは否定できないと思います。
従って、さまざまな学問の中でも、ホモソーシャルによる性差別や、さまざまな弱者への冷笑的なまなざしを持ってしまう危険性の高そうな歴史学の状況を考えると、日歴協の声明は必要なことと言えると考えます。

……文系でこれでは、理系の学問の方はおそらく……
とはいえ、一方で、さすがに歴史研究者とか日本中世史の専門家が、みんながみんなホモソーシャルな価値観で女性差別しまくっている、というわけではもちろんないでしょう。そこで呉座さんや周囲が暴走してしまった要因があると思うのです。
呉座さんがネットで暴走してしまった要因の一つには、若手研究者問題があると思います。もちろん、不遇であるからといって人を攻撃していいわけではありませんが……。私は呉座さんが日文研の助教になったと聞いて、天下の日文研かさすがだな、そのうち昇進するんだろうと思っていました。
ところが今回の件でふと気になって、日文研の先生方の経歴をぐぐってみたところ、どうも内部で助教から准教授といった昇進をされた方はおられないようなのです。正直、私はこれを知ってびっくりしました。呉座さんほどの人が、こんな不遇な地位だったのかと。
文科省のチクハグな政策の犠牲となっているポスドクは大勢おりますが、その中でも呉座さんほど本が売れている人はそういないでしょうから、逆に不遇な抑圧を人一倍感じていたのかもしれません。努力して成果もあげたけれど、十全にそれが評価されたわけではない。複雑な心境だったろうと思います。
ただ、だからといって弱い者いじめを正当化するわけではないのはもちろんです。そして呉座さんの場合、抑圧をばねに、攻撃性を利点とするような活動もされていました。それが、百田尚樹や井沢元彦といった、インチキ本を書く連中への厳しい批判です。そういった方面で昇華できれば良かったのですが…
「人斬り呉座」と囃された呉座さんの活動を、私も応援していました。なにせ近代史は、トンデモやインチキだらけの歴史修正主義と日々戦わなければならないので。しかし今にして思えば、呉座さんの活動は、歴史修正主義的への怒りとはズレたところに源泉があって、同床異夢だったのかもしれません。
そのズレを私が認識するようになったのは、呉座さんが鍵をかけたツイッターで、学問的情熱や公益のための怒りとははるかに隔たった、冷笑的なコメントやRTを目にしたからでした。それはもしかすると、不遇さから学問への情熱が弱まり、安直な「叩き」へと呉座さんが傾斜していたのかもしれません。
そして決定的に私が断絶を感じたのは、去年の学術会議の問題でした。権力による学問への圧力にあまりに無頓着ですし、安直な党派的な見方をしているし、なによりあまりに冷淡じゃないですか。
archive.is/GrEH5#selectio…
ただ私も、逐一呉座さんのツイッターをチェックしていたわけではないので、呉座さんが近代史においては歴史修正主義に親和的なRTやいいねをしていたことは、よく知りませんでした。この点は本日公開された、藤崎(北守)さんの論稿が掘り下げています。
hbol.jp/241894
百田や井沢を厳しく批判していた呉座さんが、近代史ではむしろ歴史修正主義寄りだった、という、あまりといえばあまりな二面性については、先の藤崎さんの論もありますが、私はそこで、今の学問の潮流とホモソーシャルが碌でもない組み合わさり方をして、こんな事態を引き起こしたのではと考えます。
というところで、先週この一連の出来事について私なりの考えをまとめようと思って、東島誠先生の文章を紹介して尻切れになっていたところつながるのですが、ここまで書いて疲れたので、続きは明日にでも。

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17 Sep 20
ここから始まる夫婦同姓論、まったく根拠のない妄想でしかなく、そこまでして何を守りたいのか(まあ「リベラル」を腐したいだけなんだろうけど)、検索したらこんな無茶苦茶な話に感心している人もいるようでげんなりさせられます。
そりゃまあ、「苗字」は「イエ」につけられた名前ということになるので、所属する「イエ」が変わったり分家したりしたら変わりますし、「姓」は父性血統原理なので基本変わりません。ですが、昔の日本はこれを併用していて、明治以降に姓を廃して苗字に一本化しました。そこが混乱のもとなのですね。
私も前近代は専門じゃないので大雑把な説明ですが、例えば戦国大名の島津氏の「苗字」は「島津」ですが、「姓」は「源」です。本当に源氏の血統を引いているのかはすごく怪しいけど(島津氏は自称・頼朝の落胤の子孫)。朝廷から官位をもらう時は「源朝臣…」と呼ばれるけど、普段は島津さんです。
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