いや違います。人権は「仕組み」です。憲法にも各種国際人権条約にもそう書いてあるでしょう。生まれた瞬間から権力に対して要求する権利を取得するシステムです。他者の人権を尊重すべきとの理屈で市民相互に互譲を押しつける考え方は、市民に対する国の義務を免責する独裁国家特有の理論です。
日本国憲法99条は憲法尊重擁護義務を負う主体から国民(市民)を明示的に抜いています。これは市民は相互に他者の人権を尊重する義務を負わないという規定です。立憲民主主義国家において、市民国民が他者の人権を尊重させられるなどあり得ないしあってはならないことです。
人権とは国等の公権力に対し、何かをするな(不作為)と要求する権利(自由権)や何かをしろ(作為)と要求する権利(社会権など)のことです。他者を尊重しろという道徳規範や、他者の生命身体財産を毀損してはならないという法律上の義務とはカテゴリーの異なる社会的規範かつシステムです。
現代社会では、人は生まれた瞬間から人権を獲得する=いま現在暮らしているその土地における権力に対し「あれをするな」「これをしろ」と要求する権利権限を取得するのです。他人に対して己を尊重しろと要求するのは道徳であり、人権ではありません。
人権が現実化したのは、フランス人権宣言とアメリカ合衆国憲法1791年修正からです。日本国憲法はその正統継承者です。文書になっている先人達の知恵を読まずに「わたしのかんがえるのじんけん」を議論するのは、反知性主義です。
他方で、国家がなければ人権保障などあり得ないんだと人権を後国家的権利に貶める思想も、近代市民革命の成果を覆すものです。その最たるものが自民党改憲草案です。人は生まれながらに自由にして平等であり国家はそこに介入してはならないという人権の出発点は、常に保持されるべきです。
人権て複式会計や銀行制度などと同じく人間が生み出したテクノロジーなんだから、発明した人がいるわけ。電話みたいにベルかエジソンかなんてシンプルな話ではないけど、たかだか2〜3百年前のことだから、ユークリッド幾何学やキリスト教の発端ほど探索するのが難しいわけでもない。
概要は日本の世界史教科書にもちゃんと書いてある。マグナカルタや権利章典で権力を法で縛るというアイデアの萌芽があって、後に「身分性ておかしくね?人って平等であるべきじゃん」て啓蒙思想と出会って人権という新しい発想が生まれた。州レベルではそれを憲法化する試みも色々あったみたいだけど、
国民国家レベルで初めて実現してみせたのがフランス人の人権宣言。次いでアメリカ合衆国憲法の第1回修正。
合衆国憲法が1787年のスタート当初に人権条項入れなかったのは、中身で揉めたから一致できた統治機構だけでゴーしたと本で読んだ。人権について合意できないのに黒人奴隷所有については妥結できたのかよって、未だに引っかかる。
じゃあこのまま人権なしでいいやと彼らが考えてたかというとそうではない。だから作ってたった四年で改憲した。その目的は議会を縛ること。大統領と最高裁は議会のコントロールが及ぶ。しかし議会の多数派握ると独裁が可能になる。実際、商売人たちが議会で多数派握って徳政法を立法し、
自分たちの借金チャラにする事例が地方で乱発してたらしい。そこで国民代表議会といえども手を出せない領域を憲法に財産権として定めることで創設した。これが人権の出発点。
アメリカもフランスも王政の克服が目的で、行政トップが王だろうが大統領だろうが、議会の多数派を誰が握ってようが市民の自由と暮らしが最低限保障されるシステムを突き詰めていった結果発明されたのが表現の自由、人身の自由、刑事手続保障等の人権。つまり原初、人権は国家からの自由だった。
「人権を互いに尊重」型の特殊日本型人権理論に執着することの問題は、大きく分けて3つ。まず現在の国連中心世界秩序は、タリバン復権でまた揺らいでるけど、上記の西洋由来人権システムをベースに構築されており、それを前提にしないと議論が成り立たないこと。「互いに尊重」なんて言ってたら、
「おいおい、お前ら江戸イーラまで戻る気かよ?もしくは戦前回帰か?」って国際社会から疑われる。この地球における世界秩序の多数派は、「人権=権力拘束システム」のことであり「人権=互いに尊重」ではない。
「俺らは独自のプロトコル使うんだ!TCP/IPなんて使わねえ!」って言い出したら、途端に日本だけインターネット使えなくなるでしょ。それと同じこと。
2つめは、市民国民有権者の民主主義を運営し維持する力を弱めること。西洋由来型立憲民主主義は、権力なかでも議会が人権を侵害してないか、人権を保障しているかを市民が常時監視することで成り立つように設計されている。ユーザーである市民が人権の本来の機能と役割を知らないと、その国の民主主義
は稼働しなくなる。人権=互いに尊重と考える市民が増えれば増えるほど、その国の民主主義は弱体化し、議会も憲法も形骸化する。これが2つ目の問題。
3つめの問題は、2つめと表裏だけど、市民が相互に人権を尊重しなければならないなら、尊重できない人は責められなければならないので相互監視の息苦しい社会になるとともに、為政者・権力者の人権保障義務は薄まり彼らに極めて都合の良い社会になること。例えば市民が生存権を互いに尊重しなければ
ならない社会、これはまさしく菅政権が発足時に唱えた「共助」。国に頼る前に互いに助け合えという社会。しかしこれは日本国憲法の基本仕様に真っ向から反する。日本国憲法は国会と内閣に対し市民国民の生存権(人権)を真っ先に保障せよと命じている。なぜならそのために日本国は存在するから。
他方、生存権を市民同士が互いに尊重しなければならない「共助」社会ならどうだろうか?互いに人権尊重しなければならないなら、ご近所や親戚が困っているのに助けない人は責められてしかるべきだろう。人権尊重義務を果たしていないのだから。こうして社会的弱者はますます追いやられていく。
互いの表現の自由を尊重しなければならない社会はどうだろう?各人は生まれながらに表現の自由を有しているので、市民は他者の表現行為を妨げるような批判的表現はしてはならないことになる。人権の誤った理解が普及してる日本では、表現の自由に関してもこのようなおかしな議論が大手を振っている。
自由とは国家からの自由であり、表現の自由とは表現の国家からの自由のこと。表現の自由とは、市民同士の批判合戦はそれが反則(侮辱や名誉毀損)に至らない限り、国は介入してはならない、目潰し金的以外はオールOKでそれ以外はレフリーが介入してはならないというバーリトゥードルールのこと。
国或いは為政者権力者が良い表現悪い表現を判断する権限を手に入れると、市民は政治を批判できなくなり、民主主義は機能しなくなる。だから表現の自由(人権)は近代民主主義及び立憲主義憲法と共にこの世に生まれた。この三つ子はバラバラになって生きてくことは出来ない。
結局のところ、人権=互いに尊重理論は立憲主義と民主主義を弱体化させるイデオロギーであり、権力を市民の力でコントロールすることで一人一人の幸福を実現しようとする近代人権思想の対立物である。
「①人民の②人民による③人民のための政治」が民主主義なら、③を確保するのが人権の機能。私利私欲を満たそうとする政治家は②の一部である選挙だけが民主主義だと市民を謀ります。そのとき市民がすかさず③を忘れるな、人権保障義務を果たせとつき付けることで民主主義は機能するのです。

• • •

Missing some Tweet in this thread? You can try to force a refresh
 

Keep Current with 國本依伸

國本依伸 Profile picture

Stay in touch and get notified when new unrolls are available from this author!

Read all threads

This Thread may be Removed Anytime!

PDF

Twitter may remove this content at anytime! Save it as PDF for later use!

Try unrolling a thread yourself!

how to unroll video
  1. Follow @ThreadReaderApp to mention us!

  2. From a Twitter thread mention us with a keyword "unroll"
@threadreaderapp unroll

Practice here first or read more on our help page!

More from @yorinobu2

13 Sep
とにかく文字情報、憲法の条文すら読まずに人権語れると思うなって話なんですよ。物理学の本一冊も読んだことないのにニュートン力学語る奴いたらヤベエって思うでしょ?
しかも人権は物理学と違って難しい本を読む必要はない。日本国憲法なら10〜40条の30条項と前文を読むだけ。短編小説以下の文章量。それすら読まないで人権語るのは、YouTube情報にだけ依拠してコロナとワクチン語るのと同じ。
じゃあ何でこんなトンデモがまかり通るかと言えば、日本の学校が日本国憲法第三章を読ませないで人権を語るというカルト教育をやってるから。ITクラウドというコメディドラマで黒い箱を見せて「これがインターネットです!」とネット音痴の株主騙すネタやってたけど、あれと同じ。
Read 6 tweets
12 Sep
妻が帰国して出産すると言ったら、ESLクラスメイト達から何でアメリカで産まないのか分からないと言われたらしい。僕ら夫婦からしたら米国は必ずしも生きやすい国ではないけど、人生掛けて移住して来てる人も沢山いるんだよねという話になった。
いつもヘソ出しルックのイラン人クラスメイトが2回逮捕されたと言うので妻が「そんな格好してるから?」と尋ねたら「こんな格好してて逮捕で済むわけないでしょ!殺されるよ!」と言われた話をときどき思い出す。なおイラン警察が彼女を逮捕したのは、娘を逮捕すると親が賄賂を払って釈放させるから。
幼稚園のパーティーでうちの子クラスメイトのおばあちゃんと話したら、エルサルバドルから逃げて来たときのことを聞かせてくれた。イスラエルが侵攻したとき、レバノンの母親の携帯に毎日電話して逃げる方向を指示してたというパパ友もいる。みんな必死に生きている。
Read 5 tweets

Did Thread Reader help you today?

Support us! We are indie developers!


This site is made by just two indie developers on a laptop doing marketing, support and development! Read more about the story.

Become a Premium Member ($3/month or $30/year) and get exclusive features!

Become Premium

Too expensive? Make a small donation by buying us coffee ($5) or help with server cost ($10)

Donate via Paypal Become our Patreon

Thank you for your support!

Follow Us on Twitter!

:(