衣服標本家:長谷川 Profile picture
Sep 26, 2021 11 tweets 6 min read Read on X
1870年フランス
馬車の運転手が着た「コーチマンズ・オーバーコート」を紹介します

未使用の状態で150年間眠っていたものを買い取りました

私はこれまで「男性使用人」のさまざまな衣服を紹介してきました

花形使用人であるフットマンと比べながら、その差異を見ていきましょう
雨風に晒される御者(コーチマン)は使用人のなかでも重労働の仕事でした

彼らは馬の管理も任されており、他の使用人と違って馬小屋に寝室がありました
また昇進を期待できるポジションでもありません

そんなコーチマンの身体を守るコートは、驚くべき生地と製法で仕立てられています
写真では絶対に伝わらないのが心苦しいです

私がこれまで触れてきた生地とは明らかに一線画す手触りです

まるで、古びたダムのコンクリートに触れているような無機質で圧倒的な質量が、指先から伝わってくるのです

重さも半端じゃありません
抱きかかえるように持たないと支えられない重量です
フットマンの派手なコートと比べれば、同じ使用人でも求められるものが如何に異なるか一目瞭然です

装飾は一切なく、ただ背景に徹し、馬を操る
上司にあたるフットマンと共に黙々と主に仕えました

雨風から身を守るために、コーチマンの服だけには「裏地」に大きな特徴がありました
裏地には「ウールのボア」が縫い付けられています

コンクリートのようなメルトンウールの表地では雨をはじくことは出来ても、寒さから身を守ることができなかったのでしょう

腰から膝下、そして背中全面をボアで覆い尽くし防寒性を高めています
衿の仕立てに、心から感動しました

技術者は生で見てください
大量生産社会では想像すらつかない仕立てです

この重厚な生地を、いかに人体で最も丸みを帯びている「首」に沿わすか
と同時に、衿をロールさせて身頃に馴染ませる技術、耐久性を考えた細部の始末

これは、最も激しい静寂です
裏地には増し芯を留める芯押さえステッチが確認でき、アームホールにはゆとりを解放するクンニョが2つあります

袖口のステッチワークも秀逸で、当時の製図書を読んでみるとコーチマンズコートには連続するステッチ規則が示されています

では、19世紀の本にどのように書かれていたか紹介します
1890年イギリス「使用人の案内書」には、現代にも通じる悲しい現実が書かれています

”自動車の急速な普及により、コーチマンズはシーファー(お抱え運転手)に代替えされる
コーチマンズコートは仕立てるよりも既製品で良い、シーファーの短い上着(3枚目)を仕立てましょう”

時代は繰り返します
馬車は1910年ごろまでは生き延びます
鉄道も充分に発達した時代に、馬車文化を盛り上げた「女性コーチマンズ」がいました

自由な働き方をする女性たちの姿は、当時のマスコミの恰好の的となり多くの写真が残されています

むしろ目立たなかった男性コーチマンより写真が見つかります
【半・分解展】では、貴族・使用人・軍人・労働者それぞれの文化を「衣服」を介して体験できます

実際に触れて袖を通すことで、より鮮明に当時の人々の生き様が感じとれるでしょう

半・分解展 大阪展(10.24~11.1)にぜひお越しください

sites.google.com/view/demi-deco…
この2枚は、馬車の衰退を示す有名な写真です

1900年と1913年
ニューヨーク五番街の様子です

シティでは約10年で馬車が淘汰されました

そして、衣服の構造
特に「傾きの構造」も消えてなくなリます

半・分解展では、現代衣服との決定的な違いを体感することが可能です
きっと、驚きますよ

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Feb 21
1856年英国
ひとりの学生が実験に失敗し、偶然みつけた紫色「モーヴ」

そのあまりの美しさは天然染料を過去のものとし、瞬く間に流行色となりました

しかし、有毒の染料は女性たちの身体を蝕み、皮膚は赤くかぶれ、製造工場で働く女性が亡くなる事例も起こります

禁断のドレスを紐解きます
続↓Image
Image
このドレスは1860年代につくられた「クリノリン・ドレス」

4月18日から渋谷で開催する【DEATHファッション展】の主役となる子です

見どころは、モーヴの色だけじゃないんです

まずは「スカートに隠されたギミック」をご覧ください

(※DEATH展の詳細はこちらから↓)
sites.google.com/view/demi-deco…Image
Image
モーヴ色を惹き立てる布のドレープ

複雑な表情を魅せるスカート部分は、シルク生地に深い陰影を落とします

ところが、スカート裏のギミックにより、すべてのドレープを解放することができます

長いトレーン(引き裾)が現れ、まったく違う印象に...

いったい裏側はどうなっているのでしょうか?Image
Image
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May 6, 2024
" 西洋衣服を図解してみました "

「18世紀から20世紀初頭の西洋衣服」を図解した仕様書を、無料配布しております

私が大好きで研究している衣服の構造美を布教したいんです

全12種類、すべて無料でDLできます
期限は5月12日まで

創作の参考にしてください🙂
DLはこちら↓
d-d-pattern.myshopify.com/collections/%E…Image
友人によると某アニメの背景にも私の仕様書らしきものが使われていたようです

とても嬉しいことです🙂
私の仕様書や型紙は、すべて商用利用OKにしております
クレジットの記載も自由です

個人から有名ブランドまで、幅広い方々にご利用いただいております

この構造美が少しでも広まりますように...Image
Image
" 型紙はこちらです "

私は、海外の美術館(英国Bath、米国FIDM)から所蔵品を買い取り、個人で研究しています

ふるい洋服の構造を調べるのが本当に好きなんです🙂

洋服が安く手に入る世の中ですが、自分の手で縫うのも幸せなことです

ぜひ挑戦してみてくださいね
型紙↓
d-d-pattern.myshopify.comImage
Read 5 tweets
Apr 4, 2024
" 150年前の下着 " を風呂場で洗ったら、臭すぎて気絶しました

こちらは女性用下着「クリノリン」
ドレスのスカートを膨らます秘密道具です

なんと膨らますために【馬の尻尾の毛】を織り込んでいるのです

お湯に付けた瞬間、馬毛から立ち昇る19世紀の悪臭に意識を刈られました

絶対に真似しないでImage
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馬の尻尾スカートこと【ホースヘアー・クリノリン・ペチコート】 が流行したのは1830-40年代です

膨らみ始めたドレスのスカートを造形するために、貴婦人は5~8枚もスカートを重ね着していたのです

少しでも効率的に膨らますため、ハリのある馬毛が採用されたのですね

でも濡れると、マジで臭いImage
Image
使っているのは馬毛だけじゃありません

もっともボリュームを出したいお尻部分をよく見ると、なにやら " 黒い線 " が透けて見えます

実はなかに「くじらのヒゲ」が仕込まれているのです

くじらのヒゲは竹のように " しなり " があり、造形をつくるのにピッタリなのですねImage
Image
Read 8 tweets
Mar 15, 2024
淑女の秘密道具【シャトレーヌ】
この7つ道具、いったい何だと思いますか?

鍵束をぶら下げていた「メイド」の真似をし、誕生したというシャトレーヌ

先端は "付け替え" ができる機構になっています
上流階級は自身の趣味嗜好を表したものを自由にぶら下げていたようです

では、答え合わせです↓Image
Image
1つめは「ロケット」です

バネ仕掛けの開閉式になっており、フタを開けてみると写真を入れられるケースが設けてあります

このロケットのなかには、写真ではなく「蝶の紙細工」が入っていました

いつか現れる思い人に出会うまで、蝶を閉じ込めていたのでしょうかImage
Image
2つめは「針刺し」です

見た目はまるでタイヤのようで、くるくると回転します

ひと目で針刺しだと分かりづらいデザインですね

しかし、側面にフェルトが露出しており、そこに針を刺せるようになっているのです

写真2枚目は、別のシャトレーヌの針刺しです
こんな感じで針が刺さりますImage
Image
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May 19, 2023
ドレスの「胃袋」って知ってますか?

18世紀ロココ朝のドレスの胸当ては、取り外しができました

その名も【ストマッカー】
名前の由来は、胃袋(ストマック)だそうです

華やかな装飾品なのに、なんかもっと適切な名称はなかったのかな?なんて思ってしまいます

そんな胃袋を詳しく見てみましょう ImageImage
こちらは、半・分解展の所蔵する1750年【ローブ・ア・ラ・フランセーズ】です

同じ生地で仕立てられたストマッカーがセットになっています

ストマッカーの装着方法は「直接ピンをぶっ刺す」or「直接縫う」といったパワープレイでおこないます

参考動画をご覧ください↓
ImageImage
ストマッカーをよーく見ると、日焼けの跡が確認できます

恐らく、この日焼け部分にローブを留めつけていたのでしょうね

ストマッカーの生地には無数の針跡が残っており、ブスブス刺されたことが伺えます ImageImage
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May 17, 2023
【半・分解展の型紙】
5月31日(水)までの期間限定で販売します

歴史的な造形美をかたちにしてみませんか?

半・分解展が所蔵する18世紀、19世紀の衣服を型紙に起こしました

他の誰とも被らないオリジナルの1着をつくってみてください🙂

購入はHPからお願いします↓
d-d-pattern.myshopify.com ImageImage
型紙だけではなく、今の季節にちょうど着られる一点物も販売しております

コットン生地で仕立てた1770年のアビ・ア・ラ・フランセーズや、1809年のMノッチテイルコートなどがあります

細身のつくりなので普段XS~Sサイズを着る方にピッタリだと思います

詳細はこちらです↓
d-d-pattern.myshopify.com/collections/%E… ImageImage
大人気の型紙、1870年フランスの【クリノリンヴィジット】にはアレンジパーツを用意しました

「セーラーカラー」の衿パーツです

首元がシンプルなデザインのアイテムですが、セーラーカラーにすると雰囲気がガラッと変わります

500円ですので、ぜひご利用ください
d-d-pattern.myshopify.com/collections/%E… ImageImage
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