山田太郎氏の動画で相変わらず「エロ表現、漫画は”最初に規制される”炭鉱のカナリア」論が繰り返されている様ですが、これは歴史を通してみれば「誤り」であることを、自分もここで表明し、メモしておきます。
日本は明治・大正期から「社会主義・プロレタリア」系の出版が弾圧されています。その他新興宗教系も。天皇制否定=国体否定と言う理由。大正末期から昭和初期はそのプロレタリア系出版と弾圧がもっとも強くなった時期で、「蟹工船」の小林多喜二の警察による拷問致死はよく知られるところです。
大正末期には「漫画」でもプロレタリア題材のものが多くありました。しかし弾圧の厳しさの中で、昭和初期から「エロ・グロ・ナンセンス」系に”転向”する作家が多くいました。こちらは流行となり、極端なものでなければとりあえず規制されなかったので。プロレタリア系はほぼ”絶滅”します。
しかし満州事変以降、中国大陸での”事変”が長期化する中で、昭和10年ごろから「エロ・グロ・ナンセンス」系が広範に規制され、児童読み物・漫画も「改善」を求められました。

これは、国は「非常時」だから国民の活動を全て戦争に奉仕させる、「国家総力戦」のための”国民精神総動員”政策の一環。
昭和13年には「国家総動員法」制定。用紙統制もはじまり、国の意に沿わない出版言論には「紙を回さない」方策が行われ、昭和15年には食料も配給制となる、統制経済の国家総動員体制が完成します。太平洋戦争をはじめるのはその1年後。
この時の「児童読みもの改善」では、特に”ナンセンス”が標的。科学的にデタラメな事を教えていたら、”少国民”を国家総力戦の戦士にするのに不都合、正しい科学を啓蒙しろと言うのが主眼で、描き手の側にはその点に賛成な人も。そして大城のぼる「愉快な鉄工所」「汽車旅行」の様な科学漫画が産まれる。
そして戦争における「戦果」の公式発表を疑う様な言論、戦争目的を疑い戦争に反対するような言論は検閲によって事前に止められ、消滅し、戦争に不利な情報は天気予報に至るまで機密になり、戦争終結まで続く。
この流れを”一般的な市民”の視点で振り返ると、昭和1ケタ期には読まれていた”行儀の悪い”漫画が規制されて、その後で戦争がはじまり、戦争についての出版言論が厳しく統制されて、国民は戦争の実状を知らされない眼隠し状態に置かれた、と言う回想にはなるだろう思います。
しかし…
”一般的な市民”の感想が「エロが先に規制されて、それから戦争についての言論が規制された」と言う順番の話だけで終るのは、やはり大衆的に広まったエログロナンセンスの記憶はあっても、その前の「プロレタリア弾圧」は”私とは関係ない”ものとして記憶されなかったからではないかと。
昭和1ケタ、10年代くらいに子供だった世代なら、プロレタリア弾圧はそれこそ”口にするのもはばかる”ものとして、知らされてもいなかった、理解も難しかった、のではないかと。
実際、今でも戦前期の「プロレタリア系」の漫画、アニメ(『煙突屋ペロー』などritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/l… )は弾圧の結果として資料が散逸していて、見る機会も少なく、その存在と歴史の再認識がされにくい状況にあります。
昭和戦前期のエロ規制は、国家全体をファシズム的に統制する「総動員体制」を作り、国民全員を巻き込んで戦争を行うためでした。その前兆、警鐘ではあるでしょう。

しかし「国」は自らの権力を守ると言う第一目的のために、その権力基盤を批判・攻撃する政治的言論を真っ先に規制して来ました。→
「学問の自由」の弾圧にはもちろん社会主義思想研究の弾圧も含まれるし、例えば「滝川事件」は昭和8年。エログロナンセンス規制の”後”と言うより先です。
ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BB%9D…
これらの歴史を無視して
「エンタメ表現より先に政治的表現の自由、学問的表現の自由から表現規制が始まる事はまずない」
と言う歴史的デマを繰り返すのは、要するに今、政治的学問的表現の自由に関心を払わずに「表現の自由」と言う大きな主語を唱えることの正当化、のためでしょう。
違いますか?
自民党山田太郎氏が集めている支持者から「政治学問的表現の自由」への関心を”取り去る”作用も持つ動画ですね。
今も"官民一体のクールジャパン事業”とか言いますが、戦前の「児童漫画規制」で国が考えたのは漫画を「抑える」ことではなく、「改造して利用する」ことです。国民精神総動員プロパガンダのために。
これは、漫画家協会理事として自民党から出馬しようとしている赤松健氏への教訓でもあると思います。
一参考に…
このスレッドで書いた”大正末期から昭和初期にかけて、プロレタリア漫画からエログロナンセンス漫画に転進した漫画家”の一人に、下川凹(へこ)天がいます。

以下は、水没してしまう前の川崎市民ミュージアムで下川凹天の展示を見た時の、雑然とした観想です。
「言論一般が弾圧される前に、エログロナンセンスの弾圧があった」論の原型的なものは、表現規制反対運動の中に何十年前も前から見られます。
ただしこれらは日本の戦前期の特定の時期を切り取って「こう言う前例があった」と言う趣旨のものです。
以下のツイートで例を挙げます。→
この90年代初頭の有害コミック騒動(各地の青少年条例強化、中央立法化への動き)の出版労連による反対見解の中に
”戦前の出版弾圧史においても、いきなり思想統制がはじまり「横浜事件」が起こったわけではない。その前に「エロ」文化の取り締まりがあり、文化統制の長い下地があった。”とあります。→
「横浜事件」は既に戦時の1942年、雑誌「改造」の編集者らが共産主義の嫌疑で捕われ、獄死者も出た事件。出版人には暗黒の記憶。しかしその前には戦前から、エロを端緒とした文化統制があったではないかと。

確かにそうですが、実際に「共産主義」に近かった人はその前から捕われていました。
同時期、有害コミック騒動について創出版が1993年に刊行した「誌外戦」に掲載されたちばてつや先生の漫画の内容も、同様の趣旨と思います。これは2010年の都政少年条例の際にもネットで再公開されました。
性的な漫画の規制に反対することは90年代頃、社会的と言う以上にマスコミ(つまりほぼ出版界自身)の理解を得にくい所が問題でした。そのために”こう言う”前例”があったろう”と、特に「マスコミに向けて」アピールする意味はあったのだと思います。
しかしこれは直近の一つの「前例」、かつ、ある時期を切り取ったもので、「一般的な法則」にはなりません。まして命題を裏返して「性表現の規制を防げば政治学問の自由も規制されない」なんて都合よく変形させても「真」にならないのはここまでの説明の通りです。
そして、戦前の事例を教訓にしろとアピールした1990年代には、まだ安倍内閣以降の「NHK会長人事」(国会の多数で承認される)とか、自民党が民放に選挙報道で放送法にない語の「中立」を要求するとか、その後の様々な「忖度」とか、違法な学術会議任命拒否なんて事は起こっていませんでした。

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