前回の #こぐまざっくり解説 に引き続きEBの話をしたいと思います。商品性の説明ができたので今回はメディアで散見される間違った認識や、一般にはあまり知られていない仕組債ビジネスの概要について説明したいと思うます。前回のツリーは引用元をご覧ください、くま。
【Disclaimer】
私こぐまは、金融機関にてデリバティブに関わる業務に従事しています。エクイティデリバティブは管轄外ですが、デリバティブ市場拡大により直接的あるいは間接的に利益を得る立場にいます。本ツイートは特定の金融商品を勧めるものではなく、所属機関と一切関係のない個人的見解です。
【仕組債における手数料】
よく誤解されているポイントですが、これについては金融機関内でもポートフォリオを管理するトレーダーおよび組成担当者の一部しか正しく理解をしていないため、致し方ないと思います。分かりやすくするために手数料を販売手数料と組成手数料の2つに分けて考えましょう。
販売手数料は皆さんのイメージする手数料です。金融商品を顧客に販売する時に販売会社あるいは営業が得る収益です。これは仕組債に限らず保険でも不動産でも白物家電でも同じです。この水準が他の金融商品よりも高いという指摘もありますので、そこは後ほど考えてみましょう。
組成手数料はEBという金融商品(中身はデリバティブという取引契約)を提供するために組成を行う金融機関(のトレーディング部門)がチャージするものです。これを卸売価格と製造原価の差額と表現する方が多くおられますが、それは少々ミスリーディングかと思います。
EBのような複雑な金融商品を組成する場合、金融機関のトレーディングデスクは仕組債の発行から償還までの期間、日々変化するオプションのリスク管理を継続して行います。俗にダイナミックヘッジと呼ばれるものです。
金融機関はデリバティブを日々時価評価しており、前日の時価と当日の時価の差額を当日の損益として認識するため、常にダイナミックヘッジを行い損益のぶれを制御する必要があります。この日々のオペレーションには都度取引コストが発生することになります。
将来にわたり予想されるヘッジコストの総和が便宜上の適正な組成手数料の下限と言えるでしょう。複雑な金融商品において難しいのはこのヘッジコストの予想値です。なぜなら早期償還条項がついているため、どの程度の期間になるか分からないためです。半年か3年か、想定により大きく変わります。
数理計算上は期待年限を計算することが可能ですが、あくまでもプライシング時点の市場データを基にして計算されるだけであって、現実の世界を写すものでも将来を予測するものでもありません。トレーダーの経験知に依る部分が大きくなります。
近年この適正なヘッジコストをDNN(ディープニューラルネット)等の利用でモデル依存せずに求めるようなリサーチが各金融機関で行われていますが、今回の話題とはそれますので触れないでおきます。現実には総ヘッジコストを前もって算出することは不可能です。
したがって市場環境およびヘッジ戦略の巧拙によって、トレーディングデスクは組成手数料内でヘッジを行い収益を残すことができる場合もあれば、逆に損失を被る場合もあるわけです。
証券会社はオプションでもサヤを抜けるといった指摘を目にしますがそれは間違いです。EBの組成に用いられるエキゾチックオプションそのものは市場で取引されておらず、ダイナミックヘッジを続けて投資家の逆ポジションを管理する他ありません。
ノックインさせれば証券会社は儲かる。これもデリバティブを知らない方の間違った指摘です。トレーディングデスクは時価会計に基づいてヘッジを行っているため、投資家と証券会社のポジションはゼロサムになっていません。証券会社はヘッジ取引込みでポートフォリオを見るからです。
投資家がノックインで大きなリスクに直面する時、証券会社側もまたクロスガンマと呼ばれる高次のリスクファクターで時価評価上の損失に直面するケースがいくらでもあります。複雑な取引であるが故にLose-Loseなシチュエーションが往々にして発生します。
仕組債の組成および販売はこのようにして成り立っています。販売手数料自体は失われませんが、場合によってはヘッジコストが販売および組成手数料の総和を上回り、全体として損失が発生するようなケースも起こり得ます。
地銀などは、デリバティブトレーディングデスクを持たないため、仕組債自体を外銀等から購入し、投資家への販売に特化する場合が多いです。この場合の適正な販売手数料がどの程度かは議論の余地があろうかと思います。また機会を改めてお話できればと思います。
如何でしたでしょうか。今回はEBを例に仕組債における手数料とは何かを簡単に説明致しました。もし皆さんに興味があるようでしたら、続きを書こうと思います。金融商品に興味のある方の一助となれば幸いです、くま。

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Sep 17
今日の #こぐまざっくり解説 では最近話題になっている仕組債、その中でも批判の多いEBについてその商品性を説明したいと思います。この記事が仕組金融商品の正しい理解の一助となることを金融機関に勤める者として願います。珍しく真面目なやつです。(くま少なめ) nikkei.com/article/DGXZQO…
【Disclaimer】
私こぐまは、金融機関にてデリバティブに関わる業務に従事しています。エクイティデリバティブは管轄外ですが、デリバティブ市場拡大により直接的あるいは間接的に利益を得る立場にいます。本ツイートは特定の金融商品を勧めるものではなく、所属機関と一切関係のない個人的見解です。
【EBとは】
EBとはExchangeable Bondの略称で日本語だと他社株転換社債と呼ばれます。現金を払い込んで取得する債券ですが、一定の条件で指定された株式により償還される可能性があるためこう呼ばれます。当該EBの発行体とは異なる会社の株式で償還されるため他社株転換社債と呼ばれるわけです。
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Sep 12
中小企業を中心にノックアウト・オプションを利用してドル買いが行われているという記事くま。今日の #こぐまざっくり解説 では、この背景を説明しながらオプション取引が円安を助長しているのか考えてみます。可能な限り分かりやすくするのでお付き合いくださいくま。 nikkei.com/article/DGXZQO…
金融商品におけるオプションとは、対象のアセットを買ったり(売ったり)することのできる「権利」のことで、この権利自体を売買します。購入する権利をコールオプションと言い、売却する権利のことをプットオプションと言います。
今回の記事ですと、輸入企業が輸入決済のためにドルを調達(買う)したいわけなので、将来の決められた期日(権利行使日と言う)に決められた値段(ストライクと言う)でドルを買うことのできるドル・コールオプションを買うことになります。これに支払うオプション料をプレミアムと呼びます、くま。
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Sep 11
今日は妻ぴとチビくまがデートできるように1日怪獣のようなベビくまのお相手してたので飲んでいいよねくま?(ベビくま、パパやと遊んでくれると思って容赦ないんよな)
とりあえず始めた。#やっていくくま だけどツマミがないくま。
ざくアタックすごく甘いのね、中盤から余韻がキリっと舌に残る感じだけど。これ何つまめばいいの?とりあえず、洗濯干してくるわくま。
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Sep 10
多くの人にとって人生で一番大きなお買い物、住宅。ほとんどの人はローン組むよね。そして固定金利か変動金利か迷う。ここ10年、都心マンション価格の高騰を背景に変動フルローンで買う人も増え、マスコミは金利上昇の危険性を煽る。今日の #こぐまざっくり解説 は身近な住宅ローン金利のお話くま。
住宅ローンも金融商品なのでワイはどちらがお勧めとか言わないけど、まあ参考にしてもらえると嬉しい。グラフは借り物ですが出典は書きますね。さて、金利上昇で変動フルローン勢が破綻の危機!とマスコミは煽るわけなんですが、住宅ローンの変動金利ってどう決まってるかご存知ですかくま。
住宅ローンの変動金利には各銀行(概ね横並び)に基準金利というものがあります。そしてこの基準金利は短期プライムレート(短プラ)という指標金利に概ね1.0%を足したものとして設定されます。
Read 18 tweets
Jul 3
恒例のRisk記事、Term SOFRへの需要がさらに高まり、現状はARRC(代替参照金利委員会)で禁止されているインターバンク市場でのTerm SOFR参照デリバティブ解禁が望まれると。我が国のTORFはどうなるか考えてみようかなくま。#こぐまざっくり解説 risk.net/derivatives/79…
前決めターム金利であるTerm SOFRの実需はローン取引等を中心に根強く、既に参照するローンが1.2兆㌦に上るらしい。もともとARRCの規制はLIBORからSOFR Compound OISへの移行を促進させる目的やったらしいけど、そっちの残高は22.7兆㌦、移行は順調、規制緩和可能ちゃうかとの意見も。
SOFR OISは幅広な参加者から両サイドの取引が入ってくる中で、Term SOFR参照ローン(おそらく同額程度のスワップ)が1.2兆㌦は結構な割合な気がするくまな。Term SOFRを算出してるんはCMEやけど、彼らはクリアリングにも前向き。なんか早晩ARRCの取引規制は緩和されそうな気もする。
Read 6 tweets
Jun 29
みんな大好き、もはや懐メロ、PRDCの記事くま。珍しい。別所ニキが狂喜しそうやけど、いしにえの特級呪物PRDCの組成が円安を背景に急増してるんだってさ。まあ前年同期比2倍程度なんだけどね。久しぶりの #こぐまざっくり解説 risk.net/foreign-exchan…
PRDCはPower Reverse Dual Currencyの略で、主に10年超の利率が為替レートにリンクした仕組債の総称くま。多くの場合、利率は:

A% * FX / Strike - B% ≧ 0%

といった数式で表現される。FXが、各フィキシング日における為替レート(例えばドル円)になるくま。
投資家にとっては円安になればその分利率が高くなる。一方で下方は0%にフロアが設定される。発行体は各利払日に債券をパーで期限前償還させる権利(コール権)を有している場合が多く、当初1年は固定利率で市場実勢よりも高いレート設定が多いくま。
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