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Apr 21 37 tweets 1 min read Twitter logo Read on Twitter
「自分より優れていなければ学ぶところがない」という言葉を聞くことがある。私はもったいないな、と思う。学びの機会が激減するから。どんな人からも学びが得られる。それどころか、私はイヌネコからも学ぶところがあるなあと思うし、何なら微生物からも学ぶ。いろんなところから学べると楽しい。
自分より優れた人間以外からは学びたくない、という姿勢は、もしかしたら「自分は優秀な人間なのだ」という考えにしがみつきたいのかもしれない。私にもそういう気持ちがないのでもない。自分は優れているのだと認めてほしい、という承認欲求。優越感という快感を味わいたい。そんな感覚。
「オレはそんじよそこらの人間と違う、優れた人間なのだ」とマウントを取ることは当然のことなのだ、もはや本能として刻みつけられたものなのだ、と思っていたが、YouMeさんと出逢ってから考え方がガラリと変わった。YouMeさんの親族がそうした感覚から解脱した人たちだったから。
義父の実家に夫婦で訪問したとき、ご親族に歓待してもらえた。とても静かに。私は大阪人だから、沈黙が本来苦手。沈黙があったらしゃべってなきゃいけない、という気持ちがあった。しかしYouMeさんの田舎のその家では沈黙が苦にならなかった。私のことを「よく来たね」という空気で包んでくれたから。
10分に一回くらい、「お茶飲む?」と声をかけてもらう。それ以外はほとんどしゃべらない。なのに不思議と居心地がよかった。私はそれまで、男性が口を開けば自慢話が陰に陽に出てきてマウント合戦になりがちなのを痛感していたが、「よう来なされた」という空気はその必要を感じなかった。
この静かな衝撃は、私の考えを劇的に変えた。自分の優秀さを陰に陽にアピールし、それを相手に認めさせようという欲求は、なんだか恥ずかしくないか?何を必死になっていたのだろう?マウントを取ろうとするその真の動機はどこにあるのだろう?マウント取り、優越感追求は本能ではないのでは?
「あなたがいてよかった、あなたが来てくれてよかった」という姿勢が相手にある場合、見栄を張る必要がないということに気がついた。マウントをとる必要もなくなることに気がついた。
そうか、マウントを取ろうとするのは、本当は「認められたい」という承認欲求があったからなのか。
私達は「優秀でなければ、人様のお役に立つ人材であると認めてもらわなければ無意味」という「呪い」にかけられている。もし優秀さ、役に立つ人材だと認めてもらえなければ捨てられる、役立たずとされてしまう、という恐怖を植えつけられているのかもしれない。
私が結婚した頃、「公園デビュー」という言葉があった。赤ちゃんを連れて初めて公園に遊びに行ったとき、うまくママさんの輪の中に入れなければ、その後も赤ちゃんと二人ボッチの孤独に苦しまねばならぬ、という恐怖を言い表した言葉だった。私はYouMeさんがうまく公園デビューできるか不安だった。
ところがYouMeさんは初めて訪れる公園でスンナリお母さんたちと馴染む。それどころか、赤ちゃんの面倒を他の子が面倒見てくれる。不思議なことに、大阪の初めて訪れる公園でも同じことが起きた。これは何かコツがあるに違いない、と思い、YouMeさんの言動を観察した。すると。
公園に着いた途端、赤ちゃんに話しかけるように「うわあ、あのお兄ちゃん、足速いねえ!ドビューン!」「すごーい、あのお姉ちゃん、雲梯上手だねえ、ピョンピョン!」
自分のパフォーマンスに驚く大人がいると気がついた子どもは、「ぼく、こんなこともできるよ!」「私はねえ!」とさらにアピール。
YouMeさんは赤ちゃんに語りかけるように「すごいねえ!」と驚いてるうち、子どもたちが「その赤ちゃん、おばちゃんの子?」と聞いてきて、「そうなの、一緒に遊んでくれる?」というと、「いいよ!」と快諾してくれて、自分のおもちゃを貸してくれたり。
よその子の面倒をうちの子が見るなんて珍しい、と思った母親が近づいてきて、YouMeさんに話しかけ。YouMeさんは「うちの赤ちゃんと遊んでくれて。優しいお子さんですねえ!」の驚いて。するとすぐにお母さんたちと打ち解けて、近所の有益な情報をゲットしたり。魔法のようだった。
そうか、「自分は優れている」なんてアピールする必要ないんだ、それを認めさせる必要もないんだ、相手のパフォーマンスに驚き、優しさに驚き、その好意に驚いていれば人は心を開いてくれ、こちらを受け入れてくれるのか!
だとしたら、マウントをなんて邪魔でしかないじゃないか!
確かに私達は子どもの頃、優れたパフォーマンスを見せることで自分を認めてもらおうとする。幼児は「ねえ、見て見て」と口癖のように言う。昨日できなかったことが今日できるようになって、それに親に、大人に驚いてほしくて。
学校に上がれば、多くの親が成績を重視し、成績が上がらなければ認めない、という追い込み漁みたいな態度に出るようになる。すると子どもは、自分が優れた人間にならなければ生きている価値がないのかも、と思い込まされるようになるのかも。それが社会人になっても続くのかも。
「優秀さを示さなければ、それを他者に認めさせなければ、生きていけない」という恐怖心を植えつけられた「呪い」。それに私達は苦しめられているのではないか。大人になってもなお。
けれど、実は大人になると、モードを逆転させる必要がある。認めてもらう側から、認める側へ。
子どもや部下のパフォーマンスを認め、努力を認め、その苦労をいたわり。自分を認めさせるのではなく、自分が相手の存在を認める側になる。それが大人になるということだと思う。ところが私達は、モードを逆転させることを忘れ、子どもの頃の習性を続けてしまっているのでは。
面白いことに、大人が子どもの頃の習い性を続けるよりも、大人のモードである「相手を認める」方が、自分を認めてもらいやすくなる。このことに私は、なかなか気づくことができなかったが、YouMeさんと結婚したことでようやく言語化できた。
私は子どもの頃、横山光輝「三国志」を読んでいて不思議だった。主人公の劉備は、関羽や張飛のような武力もない。孔明のような智謀もない。なのになんで彼らのリーダーでいられるのか、不思議でならなかった。それまで見てきたヒーローは、必ず卓抜したパフォーマンスを発揮していたのに。
劉備は一つ、卓抜した能力を持っていた。人の力を認め力。承認欲求を満たす力。
趙雲が劉備の奥方と子どもを見失った。必死に探索し見つけたが、奥方は傷を負い、足手まといになると言って自害。子どもを抱いて趙雲は百万もの大軍の中を必死に駆け抜けた。
劉備のもとに子どもを届けた。ここで劉備は、奥方と子どもを見失った趙雲を責めることもできた。奥方の無事を守れなかったことも責めることもできた。我が子の無事を喜ぶこともできた。しかし劉備のしたことは。
「危険な目にあわせて済まなかった」と趙雲に謝ることだった。自分の目で妻子を守るために、超運を失うところだった、もしお前を失ったら私は悔いても悔いきれない、と。
趙雲は、真っ先に自分の身を案じてくれた劉備のその姿勢に感激し、その後も獅子奮迅の活躍を続けることになる。
劉備が死の床に伏したとき、孔明を呼び寄せた。このとき、劉備は「我が子の劉禅をよろしく頼む」と頼み込むこともできた。何なら、蜀の実力者である孔明を危険人物として排除することもできた。しかし劉備が孔明にかけた言葉は。
「もし劉禅が人の上に立つ値打ちのある人間なら支えてほしい。しかしそうでないなら、君が君主になって治めてくれ」。孔明は蜀で並ぶもののない人間。あっさり蜀を乗っ取ることも可能だった。しかし、国も、息子の運命もすべて孔明に預けるその絶対的な信頼を、孔明は裏切る気にならなかった。
関羽、張飛、趙雲、孔明らは、中国史上でも卓抜した能力の持ち主だった。それでも劉備から離れようとしなかったのは、劉備ほど自分を認めてくれる人がいなかったからだろう。劉備のもとにいれば、自分は生まれてきてよかったんだ、生きていていいんだ、と、心から安心することができたのではないか。
人間は、自分の能力やパフォーマンスを認めてもらおうとするより、相手の能力やパフォーマンスを認める方が良好な関係を築けるのではないか。そういえば、幼い子は「○○ちゃんはすごいんだよ!足がすごく速いの!」と、他の子のすごいところをよく認めている。だからあんなにすぐ仲良くなれるのか。
劉備は相手の能力を認め、パフォーマンスに驚く。そして自分の才能のなさに謙虚でいる。では関羽や張飛、孔明らからバカにされるかというと、そうではない。自分の存在を認め、パフォーマンスに驚いてくれる劉備をむしろたてまつり、バカにする人間に真剣に怒る。
自分を認めてくれる人をバカにすることを許せなくなるのだろう。そのくらい、自分の存在を肯定してくれる人と出会うのは難しい。生きていてよかった、生まれてきてよかったんだ、と、自分を肯定できるようにしてくれた存在は、なんとしても守りたくなるものらしい。
ならば、どんな人からも学び、その人の優れたところに驚くようにしていた方が、人生楽しいのではないか。その方が人に恵まれるのではないか。その人のために尽くせば、相手も尽くしてくれる。そうした相互の互恵関係を作ることができるのではないか。その出発点が「相手を認める」ではないか。
「自分の優秀さを相手に認めさせる、自分より優れたニンゲンからしか学びたくない」という姿勢は、実は、優秀でなければ自分は誰からも存在価値を認めてもらえないかもしれないけどという不安、恐怖に根ざしているのではないか。だから滅多なことで人を認められなくなっているのではないか。
私はむしろ、その不安が、恐怖があるからこそ、どんな人からも学ぶべきものがあり、どんな人にも驚くべきものがあると考え、人を認めるところからスタートした方がよいように思う。すると、ガラリと世界が変わる。自分の優秀さを示さなれば落伍者になる、という不安が消える。
その代わりに、「こんなにも自分に良くしてくれる人たちのために力を尽くしたい」という気持ちになる。能力を高める理由が、不安や恐怖ではなく、あの人に恩を返したい、喜ばせたいという楽しい欲求に変わる。これが相互に起きるので、互いに能力を高め合う。
劉邦や劉備は、そうした人間だったのだろう。部下を認め、パフォーマンスに驚くものだから、互いに能力を高め合い、必死にパフォーマンスを示す。それは仲間のため。そうしたいから。
「人に認めてもらう」から「人を認める」側へ。それが大人になるということかもしれない。
まとめました。

「自分を認めさせる」から「相手を認める」へ|shinshinohara #note note.com/shinshinohara/…
劉備や劉邦などを例に、人を認めることで人を動かすリーダー達を紹介した部下育成本。
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親が子どもに承認してもらおうとしてもらうことがある。けれど、親は子どもを承認する立場。そして承認することで自分も満たされる。そうしたことをまとめた子育て本。
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More from @ShinShinohara

Apr 22
江戸時代は資源リサイクルも行われた、安定した定常状態だったと思われがちだけれど、解像度を上げてみるとかなりの流転がある。
江戸時代に入る前の安土桃山時代から、吉宗の活躍した享保時代までは、耕地面積の拡大と人口増大が続いた。なぜかというと。
戦国時代には、平らな土地である平野での耕作は難しかった。雨が降ったらいつまでも水が引かず、水浸し。稲もそのままでは水没してしまう沼地。疫病も発生しやすく、人の住む場所ではなかった。
このため、日本の農業は長らく、緩やかな傾斜のある、水位を制御しやすい中山間地で行われていた。
しかし戦国大名の中から、平野部を広大な耕地に作り変える技術を備えるものが現れた。甲府や静岡あたりで、平野部での水抜きと水やりを可能にする水利工事が行われた。広大な沼地は、適度に水位をコントロールできる田んぼに変わり、飛躍的に生産が伸びた。武田信玄や今川義元らが強くなった理由。
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Apr 21
大阪の、5000円分のコメを1回だけ配る事業。その後、コメ以外の食品を3500円分選べるようになった(1500円は配送料)のですが、申請前の手続きだけでかなり面倒なようです。辻由起子さんがその手続きに必要なこと(面倒な様子)を説明してくれているので、転載します。
大阪府子ども食事支援事業
(しつこいけど、1回配ってなんの解決にもならないお米配りに76億5千万円の税金が使われた)
慣れていない人は「スマホで簡単に申請」というわけではなかったので、事務所スタッフと試してみました。
「ここ準備してから申請してね」をシェアします。
📷あらかじめスマホでマイナンバーカード、もしくは健康保険証を撮影しておく。
マイナンバーカードは、そのまま撮影でOK。
健康保険証は、必要ない情報を「マスキング」をしておかないと受け付けてくれない。 Image
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Apr 13
部下や子供を指導する際、陥りやすい誤りがある。「同じものを見ているんだから同じものが見えているだろ?」というもの。残念ながら、人間は同じものを見ても同じものが見えない。そのことを踏まえて指導しないと、「なぜこれに気づかない?」ということにイライラしてしまう。
テレビ番組でも、映像がジワリジワリと変化する場合、どこが変化したのか分からない、というのを体験させらられることがある。着眼点を示されれば「あ!」と気がつくのに、着眼点が分かっていなければ、全然気づくことができない。
ドラえもんの出した宝探しゲームの箱にママのネックレスを入れたのび太。地図を手掛かりに探すと、その場所には埋蔵金を掘り出そうとする別の人が。「ママのネックレスがとられては大変!」と思ったのび太は、ジャイアンとスネ夫に助っ人を要請。必死になって穴を掘った。
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Apr 12
結果って、初めて取り組む新人からすれば「どうやったらそんな結果を?」状態で、皆目見当がつかないんです。それを評価することにされても、不安が強まるだけ。「結果を出せなかったらどうしよう?」となり、結果出たフリ、努力したフリ、と、姑息な方向に努力を誘導してしまうことが多いようです。
しかし失敗を楽しみ、観察するゆとりを与えると、何がどうなったらどんな結果が出そうか、アタリがつきます。仮説を立てられるようになります。すると結果を出す確率が高くなります。矛盾しているようですが、失敗を楽しみ、観察するゆとりがあると、失敗することが減ります。
自分の仮説通りになると、前向きになります。能動的になります。楽しいから。「やった!狙い通り!」となって、ゲーム感覚で、能動的に取り組むようになります。能動的に取り組むと、観察力や仮説を立てる力がグンと上がります。成功率はますます上がります。
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Apr 12
問題は、新人はビジネスの全貌がつかめないから何が目的なのか、たとえ説明されてもピンとこないし、必要性もイマイチ分からないんですよね。だから、目的や必要性を説明しても、行動原理にまで高めることは、新人の場合、無理があります。
ですので私は、クイズ気分を味わってもらうことにしています。今、手持ちの材料だけで仮説を立ててもらう、どうしたらよいか考え、それを言ってもらう。私はそれに驚き、面白がるようにしています。仮説を聞けば、その人がどんな判断材料を持っているのか見当がつきます。欠落している判断材料も。
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Apr 12
私は見習うべきところが見つかったら小学生や幼稚園児からも学びますし、何なら犬猫、微生物からも学びます。
年収1000万以上の人からしか学ばない、というのも一つですし、私のようにバクテリアからも学ぶというのも一つですし、人それぞれですね。
馬の目利きとして名高い伯楽は、傲慢でいけ好かない弟子には天下の名馬を見分ける方法を、お気に入りの謙虚な弟子には農耕馬の見抜き方を教えたそうです。親しい人たちは「なんであんな奴に天下の名馬を見抜く方法なんか教えたんですか」と伯楽に不満を言うと、伯楽は次のように答えたそうです。
「天下の名馬なんて生涯に一度会えるかどうか。その間どうやって飯を食べることができるというのかい」。
伯楽は恐らく、農耕馬の目利きをすれば日々の稼ぎができるだけでなく、名馬を見抜くコツもそこから汲み取ることができるのを知っていたのでしょう。
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