清少納言と紫式部、それぞれの上司である中宮定子と彰子が政治的な対立関係にあったのは有名な話だけど、清少納言と紫式部、それに彰子に仕えつつ清少納言とも交流のあった和泉式部の各娘たち（小馬命婦、大弐三位、小式部内侍）が全員彰子に仕えたことを考えると、「対立」とは別の構図が見えて来る。
当時、親が執筆した作品は「家」で管理しており、『枕草子』を筆頭に、それぞれの書物は（読みたい貴族たちに）子供たちが個別に貸し出していた。それを上司である彰子が許していたと考えると、平安中期に花開いた女房文学の根本には、この彰子というグランドマザーの存在が強く影響したと考えられる。
何度も書くが、藤原道隆の娘である定子と、道長の娘である彰子は、ともに一条天皇の中宮であり、摂関政治において対立せざるを得ない存在だった。けれど彰子にとっては、従姉妹であり11歳上の（そして24歳で亡くなった）定子という存在は、対立相手というよりもっと別の、尊い存在だったのではないか。
「執筆力のある受領の娘を集めた後宮文芸サロン」を作り上げ、一条帝において華麗な文学的発展の契機を作ったのは、まちがいなく定子の功績だった。それを引き継ぐ（「対抗する」とも言える）形で発展したのが彰子後宮であり、そこで源氏物語や和泉式部日記が育まれ、枕草子も貸し出されて広まった。
その文化の発展を支えた彰子の意図は、残念ながらはっきりとは遺されていない。けれど、11歳上の従姉妹と、8歳上の夫（一条天皇）を見上げて育ち、やがて二人の天皇の生母となって87歳まで生きた彰子の（さまざまな意味での）「強さ」は、華やかさや分かりやすさとは別の形で、心に響くことがある。
上述のように彰子は（当時としては）大変長く生きて影響力を保ち続け、日本文学の根底を支えるといっても過言ではない平安中期の文学的発展を支えた。けれど彰子にとっては、定子が亡くなり、夫（一条帝）が亡くなり、子である二人の天皇も、ついには二人の孫にも先立たれた人生であった。
「ひと声も君に告げなん時鳥（ほととぎす） この五月雨は闇にまどふと」藤原彰子
（当時ほととぎすは「死の山」を越えて飛ぶ伝承があったことから）ほととぎすよ、亡き我が子にどうかひと声でも伝えてほしい、五月雨の闇の中であなたを思って悲しみに暮れていると。
息子・後一条帝亡き後の歌です。
（当時ほととぎすは「死の山」を越えて飛ぶ伝承があったことから）ほととぎすよ、亡き我が子にどうかひと声でも伝えてほしい、五月雨の闇の中であなたを思って悲しみに暮れていると。
息子・後一条帝亡き後の歌です。
彰子の人生を思うと、しあわせについての考えが、すこしだけ深くなる気がします。（了
