タクミニナの話を発掘して戴いたので、その肉抜き体験談も書いてみます。これまた60年ぶり再発見で1個体だけというナガシマツボ同様の極限状況。しかもやはり室内でずっと元気だった(それどころか殻が少し成長して大きくなった)ので、いつもの通りイメージトレーニングと称して数ヶ月現実逃避。
タクミニナがどれほど稀少かはこちらをご覧ください。岡山県RDB2020動物編の p. 443 から引用。画像の生貝はKSBのニュースに出たものと同じ個体です。
私が生貝を得たのは上記の通り2018年7月13日で、以来約3ヶ月間は水槽中で這い回り、愛嬌を振り撒いていました。しかし10月3日から甑島調査が決まっていて数日間留守にせざるを得ず、その後研究室に帰って来たら死んで腐ってたとなると最悪なので、またしても追い詰められて嫌々踏み出した感じです。
生貝はとても臆病で、水槽の横を歩く程度の僅かな振動でも瞬時に殻の奥に引っ込んでしまい、その場合殻口からは蓋も足も一切見えなくなります。しかも夜行性らしく、私の部屋に来てしばらくは夜間しか這い出しませんでした。飼ううちに慣れたようで、昼間も大胆に這うようになりましたが。
このため、熱湯を直接かけると一瞬で奥に引っ込み、足が掴めなくなること必至で、それだけは回避すべしと読みました。そこで海産巻貝の麻酔に効果的なMgCl₂を使うことにしました。例えばイシダタミなどはこれに入れた直後は普通の海水と勘違いして元気に這いますが、やがて匍匐体勢のまま昏睡します。
そこで、まずはタクミニナをMgCl₂に移しました。祈るような気持ちで見つめていると、なんと目の前で「キュー」という音と気泡数個を出して引っ込み、殻口から全く見えなくなってしまいました。あああ大失敗。仕方ないのでプランBの孔開けで乗り切るしかなくなりました。しかしそもそも初めての生貝で
過去の実績が一切ないので、茹で時間と温度も手探りというか勘に頼るしかありません。殻の厚さやサイズから判断して低温では無理なはずで、沸騰直後の湯で15秒くらいが妥当かと考え、その通りやってみました。その後すぐにぬるま湯を張ったシャーレに移し、まず殻口からスポイトで何度も水を注入して
みましたが、やはりなんの効果もありませんでした。そこでケガキ針で殻頂から数えて3層目に孔を開け、そこからスポイトで水を注入してみたものの変化がなく、この辺りからだんだん「やばい。このままだとまずい」と恐慌を来し始めました。スポイトだと水流の勢いが弱いからだと踏んで、洗面器に水を
張って注射器で孔へ水を注入してみました。10回ほどこれを繰り返すと、やっと殻口まで肉が降りて来てくれました。触れてみると既に殻軸筋は外れているので、殻と肉は遊離していることになります。やれやれこれでうまくいく、と思ったのですがそれがまた間違いで、その後何度注射器を使ってもそれ以上
びくともしませんでした。どうやら軟体の真ん中あたりが固まりやすくて引っかかっている感じでした。そこでやむなく、既に開けた孔の2層下にもう一つ孔を開けて、そこから注射すると、中腸腺(内臓塊)の途中で切れたものが殻口から転がり出ました。ゲゲー、切れちまった!と一瞬愕然としたのですが、
出た肉を見直すと、切れたのが中腸腺のまさに途中なのでやや安堵しました。中腸腺は同じ組織の塊で、分類形質にならない場合が多く、さほど重要なわけではないからです。そこより前方の、最も繊細に扱わねばならない部分は全て無傷でした。この時点で最低限はクリアできました。しかし殻の中にはまだ
中腸腺の先端が殻頂近くに残っているので、今度は最初に開けた孔へ再度注射器で注水すると、やがて無傷で転がり出て来ました。これでやっと完了ですが、厳密な意味での肉抜きとは「殻と軟体を共に無傷で得ること」を指すので、その点では満点とはいかずギリギリ可の60点というところでしょうか。
これが甑島へ出発する前夜のことで、気がついたらもう夜明けも近く、やむなくそのまま寝ないで串木野港まで10時間ほど運転しましたが、その間も完璧に抜けなかったことが腹立たしくてならず、港に到着するや否やそこで待っていた貝人諸氏に「聞いてくれ!」と怒りをぶちまけるしかありませんでした。
なおこの生貝の発見を機に、本種は環境省RLの2020年随時見直しで絶滅危惧IA類に選定されました。
福田 宏 2020 (27 Mar.). タクミニナ. In 環境省自然環境局野生生物課希少種保全推進室 (編), 環境省レッドリスト2020補遺資料, 38–39. 環境省, 東京. env.go.jp/press/files/jp…

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7 Sep
今日はサザエのお話を書こうかと思ってましたが、一昨日のヒミツナメクジを「なにこれかわいい」とお絵描きして下さった方もおられ、マンボウ博士に至っては #ヒミツナメクジチャレンジ なんて妙なタグまで作ってくれて、折角なのでその発見の経緯などご披露します。時は29年前の1992年まで遡ります。
前置きとして、ヒヅメガイ(オカミミガイ科)の話をせねばなりません。当時この種は、死殻がごく稀に南西諸島の浜辺に打ち上げられるだけで、誰も生きた姿を見たことのない幻の種でした。殻1個を拾っただけで報告の価値があるほどだったのです。その頃私は卒研生で、オカミミガイ科の分類の再検討を…
卒論の題材としていました。しかし、ヒヅメガイは最難関で到底出逢えるはずもなく、検討対象とするのは最初から諦めていました。そうした折、親しくしていた貝友から宮古島採集旅行に誘われ、参加を決めました。この島へ行くのは初めてでした。着いた日の晩、同室の2人は夕食後早々に港へ夜間採集に…
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とりあえずこちらをどうぞ:
福田 宏 2017 (Mar.). ヒミツナメクジ. In 沖縄県環境部自然保護課 (編), 改訂・沖縄県の絶滅のおそれのある野生生物 第3版 (動物編) -レッドデータおきなわ-, 45, 512–513. 沖縄県環境部自然保護課, 那覇. Image
補足。この科はスナウミウシ目の一員ですが、スナウミウシ類もウミウシではありません。昔、ウミウシの仲間と考えられていた頃についた古い名前が、定着してしまって今更変えにくいだけです(「スナナメクジ」でもよいのですが噛みそうだし)。「スナウミウシはウミウシではない」と覚えましょう。
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6 Sep
軟体動物多様性学会会員各位
2020年度総会(文書にて実施)の審議・採決結果が事務局で集計されましたので、速報いたします。

有権者数:80名
投票数:48票(投票率60%)

<役員改選>
候補者全員信任:48票
よって、全候補者が信任されました。

2021–2022年度役員会(新は新任、氏名のABC順):
会長:石田 惣(新)
副会長:芳賀拓真(新)・多留聖典
事務局:花岡皆子・中野智之
会誌編集(*は英文誌兼任):浅見崇比呂*・福田 宏*(主幹)・芳賀拓真*・花岡皆子・早瀬善正(新)・飯島明子・石田 惣・岩崎敬二・亀田勇一*・柏尾 翔(新)・久保弘文(新)・元陳力昇(新)・中野智之*・
中山 凌(新)・齊藤 匠(新)・佐藤慎一*・多留聖典
理事:花岡皆子・飯島明子・桒原康裕
自然環境保全:安渓遊地

<審議事項1.2021年度予算案>
賛成:48票
反対:0票
白票:0票
よって、可決されました。

<審議事項2.軟体動物多様性学会全体として、ハチの干潟の保全活動に関わることの...
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