“記述になかった「奴ら」という言葉”
“新井さんの日記や手記には「奴ら」という言葉は出てこない。「朝鮮人と論争になったとか、侮蔑的な思いで眺めたとか、そういう話も一切していません」”
完全アウトだ。
半分は、私が歩み寄ったがために問題を招いた。残りは、NHKが責任をもって番組を遂行していくと言った、その責任を文字どおり実行しなかったことにあります。子どもたちがツイートとして原稿を書くのはものすごく危険なことですよ。”
抜粋は以上
新井氏は「75年前の戦争体験を持った人間、あの当時の状況が分かってる人間だったら、こんなこと絶対にするはずがない。「厳重に子どもたちを監督指導します」と言われ、歩み寄った私も甘かったと思います」と語った。⤵️
NHKのやりようを理解しつつ、その不備を指摘した。
「でも、まるで現在進行中の場面であるかのごとく昔の物語を追いかけるのは危険」
当然、現代では許容されない表現があるのだから。
「(投稿内容を)責任を持って慎重にチェックし、出す出さないの判断をするのは、NHKの責任のはずです」
そしてこの問題の核となる、戦争を報道する側が心すべきとについて改めて釘を刺した。
取り上げるつもりならば取り上げるように、すべてについて練り上げた作品を出さなければ。危険だということは分かっているはずなのに、そこに思い至っていない。”
まったく同感である。
新井氏がNHKの番組に直接連絡して伝えた「原著者による抗議」は、『シュンくん』のツイートが行われる大分前の話だ。つまりそんなにも前に、原著者は複雑な思いで継続を認めたのに、その『後』で現在の対応ぶりなのである。
私はこの方⤵️の対処法しかないと思う。