昨日話題になった「ミニキリン」について。
自分の専門に近い内容で、論文も既に読んでいて、海外の専門家のインタビュー動画・英語の元記事・和訳された日本語記事の全てが確認できたため、どこで情報が歪められたのかがよくわかりました。二度とない経験かもしれないので、メモしていきます。1/11
まず、元の論文の内容は「2014-2019年の観察調査により、ウガンダとナミビアで低身長症という病気のようなキリンが2頭見つかった」というもの。2頭はどちらも一歳ほどで、同年代の普通のキリンに比べて、肘から先の骨が明らかに短い」という報告です。背丈の話はどこにも載っていません。2/11
論文の著者が属するキリン保全団体の研究者のビデオインタビューでは、「ウガンダとナミビアで見つかった2頭のキリンは、どちらも一歳ほどの若い個体で、明らかにdwarf giraffe(ここは専門家の発言ですが、本当は論文で使っているdwarfism=低身長症という表現が正確と思う)だ」と発言しています3/11
これが英語版ロイターでは、「ウガンダとナミビアで矮小化した2頭のキリンが発見」という記事になります。記事の中では、このキリンたちが若い個体であることに触れないまま、大人のキリンの平均身長が5m、今回のミニキリンたちの身長が2.5m、2.8mであることを記しています。4/11
ポイントは、身長の情報を併記しているだけで、決して「背丈が半分」とは言っていないことです。
身長の情報は正しいので、併記すること自体は間違いではありません。ロイターの記者、間違いとは言えないギリギリのラインをせめていて、なかなかすごいです。褒められたものではないですが。5/11
次に、この「ミニ化」は骨が作られる仕組みに何か異常があったためと考えられること、こうした低身長症は人間や家畜ではまれに見られること、けれども野生動物では極めて珍しいことなどが書かれています。これは論文の内容に基づいた記述です。6/11
そして最後に、ミニキリンはキリン保全団体の調査で見つかったこと、キリンは現在かなり数が減って絶滅危惧種であること、原因は生息地の減少や密猟であること、ただ財団の活動によって最近は数が増えていることを記しています。英語版はここまで。
1歳の若い個体だという情報が抜け落ちた位です。7/11
これが日本語版の記事になると、まずタイトルが「背丈が平均の半分のミニキリン発見」となります。
本文でも「体高が平均の半分ほど」とあり、五年間で2頭の症例に対して「相次いで」という表現が加わります。矮小化の原因や絶滅が心配されていることなどはまるっと削除されています。8/11
論文、研究者のビデオインタビュー、英語版記事、日本語版記事の全てで書かれていないのは、今回見つかったミニキリンと同じ1歳くらいの個体の平均身長です。過去の論文や動物園の情報を調べると、1歳のキリンの身長は3m強。ミニキリンは確かに小さいですが、背丈が半分は明らかに言い過ぎです。9/11
こうしてみると、英語版記事になる際にミスリーディングな表現があり、日本語版の記事になる際に「ほとんど嘘みたいな大袈裟な表現」が加わり、元記事にあった情報の多くが削除されていることがわかります。
普段見聞きしているニュースでも、同様の情報操作はいたるところにあるのでしょうね…10/11
まとめ
・2頭のミニキリンは、どちらも多分骨の病気で、低身長症のため脚だけが極端に短い
・ただしどちらも子供で、同世代のキリンと比べたらやや小さい位
・見つかったのは五年間で2頭
・背丈が半分、相次いで、という表現は日本語版の記事だけ
・和訳時に情報が半分ほど削除されている11/11
調査を行ったキリン保全財団は、少額からの寄付や、チャリティTシャツの販売もしています。
英語のサイトしかないですが、どれも可愛く、キリンの保護にも貢献できるので、気になった方は是非!🦒
些細なことですが、日本語版記事では「体高」の使い方も間違えていますね。
体高は足先から肩までの高さです。キリンは足先から頭のてっぺんまでが4-6mです。

体高6mのキリン、デカすぎてやばい。
minnano-jouba.com/blog/knowledge/馬の身長.html
ちなみに私は、キリンを解剖して、筋肉や骨の研究をしています。動物園で亡くなってしまったキリンの遺体を献体していただき、解剖しています。
キリンのこと、正しく知って、少しでも興味をもっていただければとても嬉しいです。
某ワイドショーにコメントを求められ、「見出しはネット記事のままでも仕方ないですが、「見つかったのは一歳くらいの子供のキリンで、元々大人の半分ほどの背丈」「小人症のような病気」ということをちゃんと伝えて下さい」と言ったのにオールカット。最後には、新種?なんて煽りも。うんざりする。
正しい情報を伝えるご協力は厭わないつもりでしたが、「間違った・誤解のある情報」の信憑性を高める道具として使われてとてもしんどい思いをしたので、本件に関するテレビからの取材は全てお断りします。ご了承ください。
電話取材では「矮小化・低身長症キリンが正確ですが、難しいからミニキリンでも仕方ない」「子供のキリンなので、大人と比べて背丈が半分は明らかに言い過ぎで、だめ」とお伝えしました。
その後もう一度電話があり、「最初に知った時どう思ったか?」と聞かれ、その回答のみが放送されました。
英語版ロイターの「3行まとめ」で「背丈が平均の半分」という文章が登場していることを教えていただきました。ありがとうございます。
あちらもやはり、「センセーショナルなハイライトで釣る」という感じなのですね…
いくつか追記して、noteにまとめました。

情報が歪んでいく様子を追跡してみた:「ほぼ嘘」のミニキリンが誕生するまで
note.com/anatomygiraffe…
某ワイドショーについては、このツイートをみて連絡してくれ、「この表現の何がNGなのか?」も質問してくれたため、「わかってくれてる」と過剰に信頼してしまいました。ちゃんと伝えたと言っても、絶対に!という強い表現では言っていないので、私にも非があります。勉強になりました。
Yahoo!ニュースの記事タイトルが変わっている…!中の文章は変わっていませんが、きちんと発信すれば、対応してくれる人はいるんだなと多少は希望がもてました。
(「体高」は本当にただの間違いなので、そこだけでも「背丈」に修正した方が良いですよ)

news.yahoo.co.jp/pickup/6382106
今回の本質はまさにこれで、今回はちっちゃいキリンがいるかいないかという話ですが、政治や国際情勢、医療関係の記事でも、ネットニュースやワイドショーでは同様の情報操作が起きているはずです。まずはそのことを頭の片隅に置いておくことが重要と思います。
今週日曜日は@ikra_newife さんのYouTubeチャンネルでお話しする予定だったんですが、最後に二人で今回の件についても話すことにしました。ヅマさんは新型コロナに関する発信を積極的にやっているので、発信の仕方や情報の歪められ方には色々と思うところも多そうです。アーカイブも残る予定です。
年齢についての修正です。片方のミニキリンは、地主によると2014年生まれの3〜4歳児だそうです。それでもまだまだ未成熟の亜成体(キリンの寿命は20年ほど、研究者は0〜6歳を亜成体としている)であり、大人と比較して背丈が半分とするのは不適切です。
また、ジュリアン博士のご発言は「一歳くらいに”見える”」というもので、一歳と言っているわけではありませんでした。この点に関しては、私の誤解です。修正してお詫び申し上げます。
「最低でも1歳以上」「地主によると4歳」のキリンと大人を比較したのは、もしかしたら研究者が「はっきり年齢はわからないけど、ほぼ大人なのでは?!背丈半分のキリンなのでは?!」とアピールしたかったのかもしれないなという気もします。誇張したいのは、マスコミだけではないですものね。
あくまで個人的な意見ですが、この2頭のキリンは、どちらも顔が幼いので(特に地主が3〜4歳と主張している方は子供っぽい…)、成体に近い亜成体というわけではなく、普通にまだ未成熟なのではと思います。もちろん、病気があるので、判断は難しいですが。
3歳のキリンと大人のキリンの比較。論文のデータを元に背丈を求めると、左の3歳が3.6m、大人は4.4m。3-4歳で2.6mのウガンダのミニキリンを並べると、青いラインくらいですかね。4歳だともう一回り大きくなります。小さいけど、「背丈が半分」ではないです。
🦒平川動物公園のマサイキリン親子🦒
3つ前のツイートで「最低でも1歳以上」と書いたキリンですが、論文中に「2015年12月に赤ちゃんで(外見でそう判断したそうなので、生後半年位でしょう)、2017年3月に写真・動画を撮影した」と記載されているので、こちらの個体に関しては最低1歳3ヶ月、どんなにいっていても2歳、という感じです
なので、最初の方で「どちらも1歳ほど」と書いていますが、これは間違いで、正しくは「片方は1歳半程度、もう片方は(その土地の地主いわく)3ー4歳」です。(地主の言葉の信憑性はわからないのでここでは置いておきます)
1歳半だと3m強、3歳で4mくらいですかね。6歳くらいで成長が止まります。

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12 Jan
確かに今回報告されたキリンは脚が異常に短いですが、このキリンたちはまだ成熟しきっていない子どもです。それを「背が平均の半分のミニキリン」と呼ぶのはNGだと思います。

背が平均の半分しかない「ミニキリン」発見、脚が異常に短いと専門家(ロイター)
#Yahooニュース
news.yahoo.co.jp/articles/0270d…
論文中で言及しているのは「中手骨(手のひらの骨)と上腕の骨が顕著に短い」ということであって、身長についてなど言及していません。
bmcresnotes.biomedcentral.com/articles/10.11…
記事についている動画の中で、キリン保全財団のJulian Fennessy博士ははっきりと「1歳ほどに見える若いキリン」と言っている。1歳のキリンの背丈は3mほどなので、2.5m、2.7mのキリンを「背丈が半分」は明らかに言い過ぎ。「脚が短い分だけ身長が低い」だけ。
Read 10 tweets
10 Jan
昨夜の「サンドウィッチマン&芦田愛菜の #博士ちゃん 」を見てくださった方々、どうもありがとうございます🦒
科博の収蔵庫は、年に1度一般公開日があります。「羨ましい〜!」と思った方々、コロナが終息した暁には、ぜひ一般公開に遊びにいらしてください。剥製の部屋も人骨の部屋も入れます!
そして、剥製室に保管されていた標本の一部は、オンラインやVRでも観察することができます!→kahaku.go.jp/3dmuseum/yoshi…

番組内で紹介したハーテビーストやゲレヌクといったウシの仲間たちを見ることもできますので、是非是非。製作者は @rojohaku さん。
科博のオープンラボは、例年だと4月の第3土曜日に開催しています。研究員のお話や、日常の研究作業のデモもあります。
昨年は新型コロナの影響で秋に延期して、収蔵庫のツアーだけ開催したのですが、今年もそうなってしまうのかな・・・。
kahaku.go.jp/event/2019/04o…
Read 4 tweets
30 Oct 20
「サメの歯は、形が違うと性能も変わるのか?」を調べるために、サメの歯を使ったノコギリを作って、シャケの切り身の切りやすさを比較した論文!この研究、やってる最中めちゃ楽しかっただろうな〜!
(実験で分かったことは、スレッドへ!)
実験でわかったこと

・歯の形によって切れ味に大きな差がある。カグラザメ(前ツイートの下2つ)に比べて、イタチザメ・メジロザメ(前ツイートの上3つ)は三倍の深さまで切れる!
・何度も実験すると、イタチザメ・メジロザメでは切れ味が落ちたが、カグラザメはあまり変わらず
サメの歯には、「鋭くて切れ味が良いけどすぐ摩耗して性能が落ちるもの」と、「それほど鋭くないけど、摩耗しにくく性能が落ちづらいもの」があるらしい。面白いなぁ〜

royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rs…
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11 Aug 20
1930〜60年代、基礎研究によりアルマジロが低体温であるが発覚
1970年代、低体温の人はハンセン病が悪化しやすいことから、「平熱が低い動物はハンセン病になるんじゃ?」と着想し、アルマジロがハンセン病にかかる数少ない動物だと判明
→人工培養が困難だったハンセン病原因菌の大量培養に成功
それまではマウスの掌で培養していたので、一気に大量のらい菌を培養することが可能になったそうです。
なお、ハンセン病研究に利用されたココノオビアルマジロは、必ず一卵性の4つ子を産むことでも知られ、実験動物でもないのに「クローン」を扱えるという点も研究上の大きな利点だったようです。
こういうの見ると、役に立つとか立たないとかそんな議論意味ないと思ってしまうのです。あらゆる知識を積み重ねていくことの先に、想像もしないような成果が訪れるんだろうと思います。
上の画像はこちらより→jstor.org/stable/3015268…
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