渋谷区eKYC住民票写し交付事案への見解:
eKYCはCAPTCHA同様に不完全な技術であり、どこまでやってもイタチごっことなる機能である。それが銀行口座の開設に利用されるのは、犯収法の要請によるもので、eKYCが破られても預金者に被害は出ないからである。実際、送金に係る本人認証にeKYCは使われない。
それに対して、住民票の写しは、それ自体が他の本人確認書類に使用される重要な文書であり、なりすました者に対して交付してしまう事態は、住民への被害が発生するものであって、役所側の被害にとどまるものではない。この点で銀行が口座開設で破られるリスクを前提に使うのとは、決定的に異っている。
また、渋谷区が主張する「空港の入国審査」で使われるものとは全く別の機能。空港のそれは、パスポート内に電子署名付きで事前登録された改竄不能な生体計測データとカメラ映像とを照合する顔認証機能であるのに対し、eKYCは任意の顔写真と顔映像を照合しているにすぎず、狭義の認証でさえない。
CAPTCHAもそうであるように、不完全な技術をセキュリティ対策に用いることが許されるのは、①不完全性の突破が利用者の被害とならず、運営者にのみ不利益が生ずる(アカウント作成等)場合、②利用者の(落ち度による)被害(パスワードが弱いなど)を軽減する補助的な追加機能である場合に限られる。
類例。e-Taxが「マイナンバーカード方式」と「ID・パスワード方式」を用意しながら、前者では利用可能な過去の申告記録の閲覧機能を後者で利用制限しているのは、弱い認証が突破された場合に利用者に被害が出る機能だから(申告自体はなりすまされてもさほどでないのに対し)
e-tax.nta.go.jp/kojin/idpw.htm
それで許されるのだったら、eKYC自体も無しでいいわけでね。
端的にはこう。

eKYCを使うのはアカウント開設時、身元確認用途、不完全でも許容。アカウント接続時の当人認証には用いない。

基礎自治体の行政サービスでは、アカウント開設の段階がない。生誕時から開設されていて、それに接続することになるサービスでは要当人認証。
ちなみに、第三世界諸国の例に見る市民の生体計測データを行政が登録管理する方式では、サーバ問い合わせによる照合で狭義の認証が実現されるわけだ(本件ではそのような認証が行われていない)が、西側諸国の自由主義社会は歴史的にその方式を望んでいない。生体計測認証は端末ローカルでのみ使用。
そういう意味でeKYCは認証ですらないわけであり、写真付き身分証明書の写真部分を攻撃者の顔写真に画像上で差し替えるだけで、身分証に記載の氏名の人物になりすますことが容易に可能で、防ぐことはできそうにもないから、認証たり得ない。あくまで犯収法の慣習に過ぎない。
パスポートもそうだけど、運転免許証のICチップに記憶されている顔写真データを読み取って(公安委員会?の署名を検証して)カメラ映像と照合する(その結果をサーバに確実に届ける)アプリは実現できるのかな?(その場合には認証機能と言える。)

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15 Sep
eKYCを当人認証にしてはいけない。犯収法が身元確認を緩和したのは利便性を優先し不完全を承知のフィクション基準。我々は犯収法界の慣習である限り生暖かく見守った。だがこれを高精度の顔認証だ空港や口座開設と同じだと虚偽の宣伝が始まり政治が動いたので看過できない。直ちに虚偽の宣伝を止めよ。
抜け穴だらけの身元確認方式が出た時、犯収法のフィクションならまあその世界でやってれば?と我々は口出ししなかった。だがどうだ、案の定か誰も予見しなかったか、いよいよあたかも認証機能であるかのような宣伝が始まった。放置すれば認証機能の仕組みが破壊されてしまう。
犯収法の身元確認の緩和は当然に将来のその事態を予見し、それでもなお利便性を優先したものだろう。したがって、これから犯罪者がeKYCの突破を繰り返してくれば、身元確認基準は強化されるし、イタチごっこが世間に見えた時点で緩和は取り消される、一時的な措置に過ぎない。
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13 Sep
「誰かについての情報のこと」て。「たとえばお客様がサービスを利用される際に」で始まる文なんだから、当然「お客様についての情報のことです。」と書くところでしょお? なでそう書かないのかな? 最初はそう書いたけど、誰かに直されたんだろうなというのが目に浮かぶ。
privacy.yahoo.co.jp/glossary/perso…
「「個人情報」が含まれる場合があります。」じゃあなくて、「「個人情報」に該当する場合があります。」でしょ?

空間的範囲確定要素と条件的範囲確定要素を混同している。

いまだに例の「どなたについての情報であるかを特定」する情報が個人情報だとの勘違を引き摺っているのかね。
こんな違いどうでもいいでしょお? 最初の文章をこう書けばいいだけの話。

個人データとは、たとえばお客様がサービスを利用される際に入力されたご自分の情報や、ウェブページの閲覧履歴・検索履歴、ショッピングサービスでの購買履歴など、お客様についての情報のことです。
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16 Jun
行政機関匿名加工情報を問題にされているようだが、匿名加工情報は、もはや本人のデータではなくなった(人格から切り離された)と言えるほどまで曖昧化加工しなければならい。これは本人の「不利益になるような使い方」とならないための基準である。この不利益とは「売り損ねた」的な感情を含まない。
このことは統計量への集計が目的外利用とならないのと同じことで、匿名加工情報も統計量と同様レベルまで加工するもの(統計量との違いは、レコード集約せず、レコード自体は「ある個人に関する情報」として残っている(と言ってもそれはもはや実在しない個人である)点にある)でなければならない。
統計量への集計が問題とならないことは、JILISレポートに書いた通り。匿名加工情報(適切に加工された)も同様の理屈になる。
jilis.org/report/2020/ji…
それにもかかわらず、個人データ保護法制の趣旨を誤解し、所有権で捉えたり財産権で捉える者が古くから後を絶たず、嫌儲主義者的な混乱が見られる。
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13 Jun
これは、data controllerが誰なのか曖昧なまま提供とか言うから保護者が不安になるのだろう。学校や教育委員会がcontrollerでベネッセが単なるprocessorであるなら問題ないと説明ができる。それをせず、ベネッセに提供することの同意を求めるものだから、ベネッセが何に使うか?と疑義が生じてしまう。
よく見ると「東京都教育委員会主催」「ベネッセ受託」とあるから、委託関係にあるようにも見えるが、個人データの管理責任が教育委員会にあるように説明されていない限り、教育委員会がdata controllerということにはならない。日本の個人データ保護法制の欠陥ゆえである。
また、「ベネッセがIDを発行することが必要」というのが、受託案件用にテナント分けされたSaaSの形であれば、controllerを教育委員会とすることができるだろうが、そうなっていないあくまでも「ベネッセのID」という形になっていると、それがそもそもできなくなってしまう。
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13 Jun
例の市議会の動画を見た。これはどうも政治闘争くさいのであんまり真に受けない方がいい事案だなという気がした。教育委員会が専決処分でオンプレサーバを導入したことが問題視の中心で、その理由が操作ログの取得だというので、そもそも個人情報保護条例違反だとして停止に追い込んだ様子が見える。
序盤は質問が迂遠すぎて聞くに耐えないが、2:54:00あたりからがクライマックス。
「操作ログ」の内容が定かでないが、教育委員会の説明を見るに、スタディログ(履歴を教育に用いるもの)ではなさそう。
条例違反だとして停止に追い込む様子は、個人情報保護が出汁にされているように見える。
1点だけ個人情報保護法制の観点から指摘しておくと、利用目的の「明示」が言われていたので変だなと思っていたが、市議会動画を確認すると、案の定、直接書面取得時の利用目的明示義務のことを言っているようだ。名古屋市条例の場合8条3項。端末操作の記録はこの直接書面取得には該当しないだろう。
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13 Jun
法律案審議録(情報公開もの)を読んだ感触からすると、12月末には法案内容が決まって、改め文が作成され、その後に変更があると両方直さなくてはいけなくなり、変更がしんどくなる故に、変更の必要性の検討に重圧がかかるように見えた。IT化されていればマウスドラッグで変更できるようになるはず。
もっとも、「法案の形式より内容に注力する時間」といっても、法案の内容それ自体は基本的に12月までに決まっていて、その後の作業は技術的なもの(法制執務上の技術)なので、「内容に注力」というよりは、より的確な条文に仕上げるとか矛盾なくするとかそいう作業。それがITで迅速化するとおそらく…
…く、法案の内容の確定時期が後ろにずれ込むことになるのでは。改め文作成開始後の技術的作業はしんどくて無駄と言うけど、本当に大変なのは内容を決める12月までで、その後の技術作業は一仕事終えた爽快感の中での最後の仕上げ、頭を空っぽにして作業しつつ論理誤りを見つけたりする日々ではと想像。
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