例の市議会の動画を見た。これはどうも政治闘争くさいのであんまり真に受けない方がいい事案だなという気がした。教育委員会が専決処分でオンプレサーバを導入したことが問題視の中心で、その理由が操作ログの取得だというので、そもそも個人情報保護条例違反だとして停止に追い込んだ様子が見える。
序盤は質問が迂遠すぎて聞くに耐えないが、2:54:00あたりからがクライマックス。
「操作ログ」の内容が定かでないが、教育委員会の説明を見るに、スタディログ(履歴を教育に用いるもの)ではなさそう。
条例違反だとして停止に追い込む様子は、個人情報保護が出汁にされているように見える。
1点だけ個人情報保護法制の観点から指摘しておくと、利用目的の「明示」が言われていたので変だなと思っていたが、市議会動画を確認すると、案の定、直接書面取得時の利用目的明示義務のことを言っているようだ。名古屋市条例の場合8条3項。端末操作の記録はこの直接書面取得には該当しないだろう。
実はこの直接書面取得時の利用目的明示義務は、微妙な論点を含むもの。この義務が入ったのは平成15年法からで、昭和63年法にはなかったところ、基本法の方の民間部門の義務に入ったことから行政機関法にも合わせて入れたという経緯がある。民間部門の規定では、18条2項「本人との間で契約を締結…
…契約を締結することに伴って契約書その他の書面(電磁的記録を含む。…)に記載された当該本人の個人情報を取得する場合」とあるので、申込書やアンケートのようなものだけが該当することになっている。電磁的記録もそれに相当する書面に限られるわけで、ガイドライン通則編もこう言っている。
ガイドラインが、名刺が非該当の理由を「個人情報取扱事業者が一定の書式や様式を準備した上で、本人が当該事業者の求めに沿う形で個人情報を提供する場合とは異なる」と言うように、そういう場合に限ってこの「書面」に該当するわけであり、操作ログは基本的に該当しない。
ところが、公的部門は条文が違っているので話がややこしくなる。「行政機関は、本人から直接書面(電磁的記録を含む。)に記録された当該本人の個人情報を取得するときは」となっており、「契約を締結することに伴って契約書その他の」が削られているおかげで、無限定であるかのように読めなくもない。
この点、行政管理局の逐条解説書(ぎょうせい、2005)はあまり詳しく説明しておらず、「書面」といえば当然にそういうものと想定しているようだ。電磁的記録の場合も、例として「オンラインによる申請等」が書かれているだけであり、民間部門と違うものにしたつもりはなさそうに見える。
そして、実は公的部門には民間部門と違って、利用目的の公表・通知の義務がない。利用目的の公表は「個人情報ファイル簿」の公表の中で行うという制度になっている。

行政管理局保有の部内文書「行政機関等個人情報保護法案法制局審査資料」(2002)には、透明性の確保の担保がこう整理されていた。
したがって、行政機関がスタディログあるいは操作ログとして個人毎の履歴を記録する場合には、個人情報ファイルとして位置付けて、その利用目的を含む事項をあらかじめ総務大臣に通知し、個人情報ファイル簿に記載して公表しなければならないことになる。

ところが、名古屋市の条例はどうだろうか。
名古屋市の個人情報保護条例では、改正経緯は未確認だが、前記8条3項は、国の行政機関個人情報保護法に合わせて作られたものだろう。とすれば解釈も同一であるべきで、上記のように操作ログはこの「書面」に該当しないわけで、そうすると、残るは個人情報ファイルの利用目的…
www1.g-reiki.net/city.nagoya/re…
…利用目的の公表だが、なんと、名古屋市では「個人情報ファイル」概念が存在せず、利用目的を含む事項の個人情報ファイル簿での公表義務が存在しない。同種の個人情報取扱事務登録簿による公表の規定もないようだ。

つまり、名古屋市には操作ログの利用目的を明示・通知・公表する義務が存在しない。
おっと訂正。名古屋市では「個人情報取扱事務登録簿」は存在しないが、「個人情報取扱事務の届出」(6条)があるようだ。「個人情報取扱事務の目的及び概要」を含むようだが、操作ログの利用目的がこれに記載されるようには見えない感があるがどうか。公表することになっている(4項)がどんなものか。
個人情報取扱事務目録
city.nagoya.jp/shisei/categor…
教育委員会
city.nagoya.jp/sportsshimin/c…

この感じだと、操作ログもここに記載されそうかな?

というわけで、訂正して、
つまり、名古屋市個人情報保護条例には、操作ログの利用目的を本人に明示・通知する義務は存在せず、市長への届出と、「個人情報取扱事務目録」に掲載して公表する義務があるだけである。
それで、そもそも、公的部門が実施する国民向けサービスで、デバイスから色々(操作履歴とか位置情報とか)抜き取る場合に、利用目的をそんなふうに個人情報ファイル簿に書いておけば済まされるのか、という問題はある。これは、法を制定した当時には想定していなかったことによるものだろう。
それから、「微妙な論点がある」と述べたのは、Web閲覧でも場合によっては該当し得ることもあるのではないかという論点。例えば、商品の購入を確定する画面を実行させた事実を、DMPに外部提供する場合には、その利用目的を明示する義務があるべきではないか。
直接書面取得の利用目的明示義務は、法立案当時の想定では、基本的に氏名と共に取得される前提だったのだろう。氏名のみ問題にしていたわけではなく、一緒に記入される各種データも利用目的明示の対象ではあった。ところがその後のWebの普及で、ログイン中に次々に様々なデータが自動的に生成される…
…生成されるようになり、システム全体としては、氏名と共にそのようなデータを本人が「入力」することにより直接取得する個人データとも言い得るようになった。ただ、現行法上「書面」とまで言えるかは疑問で、全てのログが該当するわけではないところ、購入確定画面くらいだと流石に「書面」と言え…
…言えるのではないか。購入の事実が単に記録されるという利用目的は「取得の状況からみて利用目的が明らかであると認められる場合」(4号)として明示義務から除外されるが、ターゲティング広告用にDMPに提供するとなると、除外されないだろう。購入ボタンの傍に明示が必要ではないか——という話。

• • •

Missing some Tweet in this thread? You can try to force a refresh
 

Keep Current with Hiromitsu Takagi

Hiromitsu Takagi Profile picture

Stay in touch and get notified when new unrolls are available from this author!

Read all threads

This Thread may be Removed Anytime!

PDF

Twitter may remove this content at anytime! Save it as PDF for later use!

Try unrolling a thread yourself!

how to unroll video
  1. Follow @ThreadReaderApp to mention us!

  2. From a Twitter thread mention us with a keyword "unroll"
@threadreaderapp unroll

Practice here first or read more on our help page!

More from @HiromitsuTakagi

13 Jun
これは、data controllerが誰なのか曖昧なまま提供とか言うから保護者が不安になるのだろう。学校や教育委員会がcontrollerでベネッセが単なるprocessorであるなら問題ないと説明ができる。それをせず、ベネッセに提供することの同意を求めるものだから、ベネッセが何に使うか?と疑義が生じてしまう。
よく見ると「東京都教育委員会主催」「ベネッセ受託」とあるから、委託関係にあるようにも見えるが、個人データの管理責任が教育委員会にあるように説明されていない限り、教育委員会がdata controllerということにはならない。日本の個人データ保護法制の欠陥ゆえである。
また、「ベネッセがIDを発行することが必要」というのが、受託案件用にテナント分けされたSaaSの形であれば、controllerを教育委員会とすることができるだろうが、そうなっていないあくまでも「ベネッセのID」という形になっていると、それがそもそもできなくなってしまう。
Read 4 tweets
13 Jun
法律案審議録(情報公開もの)を読んだ感触からすると、12月末には法案内容が決まって、改め文が作成され、その後に変更があると両方直さなくてはいけなくなり、変更がしんどくなる故に、変更の必要性の検討に重圧がかかるように見えた。IT化されていればマウスドラッグで変更できるようになるはず。
もっとも、「法案の形式より内容に注力する時間」といっても、法案の内容それ自体は基本的に12月までに決まっていて、その後の作業は技術的なもの(法制執務上の技術)なので、「内容に注力」というよりは、より的確な条文に仕上げるとか矛盾なくするとかそいう作業。それがITで迅速化するとおそらく…
…く、法案の内容の確定時期が後ろにずれ込むことになるのでは。改め文作成開始後の技術的作業はしんどくて無駄と言うけど、本当に大変なのは内容を決める12月までで、その後の技術作業は一仕事終えた爽快感の中での最後の仕上げ、頭を空っぽにして作業しつつ論理誤りを見つけたりする日々ではと想像。
Read 9 tweets
20 May
オンライン攻撃に耐えるbit securityをキリよい数で48ビット(英大小数字パスワード8文字相当)と仮定すると、10進数で14.5桁、そこに元のID分を加え、全国居住者8.1桁を加えるとすると、23桁ということになりますかね。
要するにこれは、安全なパスワードを固定で発行しておくということと同等なわけですが、パスワードに慣れない人にも使ってもらうには、数字の方が良いでしょうし、パスワードなどと呼ばずに、摂取券番号に入れ込んでしまった方がいいですね。問題は長すぎて手入力がどのくらい嫌がられるかですね。
Amazonギフト券の番号もちょうど同じ長さ(77ビット、10進23桁ほど)のようだ。
Read 8 tweets
17 May
これはしょうがない。緊急時なのだし(情報漏洩が起きるわけでない限り)このままいくしかない。ただ、こういう事実があることは周知されていた方がよい。
dot.asahi.com/dot/2021051700…
識別符号(アクセス管理者によってその内容をみだりに第三者に知らせてはならないものとされている符号≒パスワード)がないので、不正アクセス禁止法が禁ずる行為には当たらないが、虚偽内容で予約するのは、人の事務処理を誤らせる目的で行えば電磁的記録不正作出・供用罪。
不正アクセス禁止法違反行為の場合は、新聞報道であろうとも事実確認のため他人のパスワードでログインした時点で罪を構成する(かつての遠隔操作事件での書類送検事案あり)が、電磁的記録不正作出供用罪の場合は、キャンセルしたならば、人の事務処理を誤らせる目的があったことにはならないだろう。
Read 42 tweets
17 May
スパイウェアですなあ。不正指令電磁的記録ともいう。
soumu.go.jp/main_sosiki/ke…
放送分野の視聴データの活用とプライバシー保護の在り方に関する検討会(第2回) Image
これ、ISPの話であって、NHKのネット配信(OTPサービス)の話じゃないよね。 Image
NHK担当者は「正当業務」と口にしているが、Webでサービスを提供する事業者がアクセス履歴を取得することについて、「通信の秘密侵害にあたるが正当業務行為で違法性阻却されるもの」と勘違いしているようだ。
Read 9 tweets
17 May
問題はそこじゃないんだよねえ。Googleが対策していると主張している部分に(不十分では?などと反応して)引っ張られてしまって、Googleの思う壺になってる。
medium.com/@saitolabmeiji… Image
Read 4 tweets

Did Thread Reader help you today?

Support us! We are indie developers!


This site is made by just two indie developers on a laptop doing marketing, support and development! Read more about the story.

Become a Premium Member ($3/month or $30/year) and get exclusive features!

Become Premium

Too expensive? Make a small donation by buying us coffee ($5) or help with server cost ($10)

Donate via Paypal Become our Patreon

Thank you for your support!

Follow Us on Twitter!

:(