シチューというのは英語。その名の通り、イギリス発祥の料理です(フランスではラグーというはず)。

イギリスにおける代表的シチューといえば、アイリッシュ・シチュー

1861年に出版され大ベストセラーとなったThe Book of Household Managementのirish stewレシピを見てみましょう。
羊肉とじゃがいもと玉ねぎを、塩と胡椒と水だけで煮る。

実にシンプルなシチューです。

最近のアイリッシュ・シチューは野菜やハーブをゴテゴテ入れたりビーフストックを入れて茶色くしていますが、本来のアイリッシュ・シチューは水と塩だけのシンプルなシチュー。
bbcのこのレシピなどは、現代風にアレンジしたアイリッシュ・シチューですね。

bbc.co.uk/food/recipes/i…

昔のアイリッシュ・シチューは塩だけで煮ますから、茶色ではなくやや濁った透明な色。
そうです、イナダシュンスケさんの「ザ・シチュー(シチューとしか呼びようのない料理)」や、新世界のシチューうどんこそが、イギリスの正統派(アイリッシュ)シチューの系譜にあるのです。

bit.ly/3eSlJGN
さて、昨日シチウ飯なるものが明治時代に存在したことを紹介しました。

もちろんイギリスでは、シチューをご飯にかけたりはしません。

シチューだけでなく、日本が影響を受けた19世紀半ばのイギリス料理においては、米を主食とする料理がほとんどありません。
The Book of Household Managementにおいて、米がどのように使われているかというと、スープ、プディング、コロッケ、菓子等の素材として使われることがほとんどです。

例外はカレーです。

南インドの影響でしょうか、カレーには必ず主食としてのご飯がつきます。
他にもFOWL PILLAU(鶏のピラフ)、CHINA CHILO(中華風料理か?)において米が主食として使われます。

ご飯のキャセロールも主食っぽいです。図のように皿の上にご飯を王冠状に盛り、中にラグーやフリカッセなどのフランス料理を入れます。
STEWED KNUCKLE OF VEAL AND RICEやBOILED FOWL AND RICEでは肉と米を一緒に煮込みますが、これは主食というより具材でしょうねえ。

変わった料理だとRICE BREADなんてのもあります。茹でた米を生地に入れて焼いたパンです。
というわけでThe Book of Household Managementの千数百にも及ぶレシピの中で、カレー以外の料理でご飯を主食として扱うという例は非常に少ないのです。

カツレツで飯を食うといった、洋食をオカズにご飯を食べる習慣は、日本で生まれた習慣なのです。
明治以降に広まった外国の料理は、イギリス料理、アメリカ料理、中華料理でした。

アメリカ料理の普及にについては、『串かつの戦前史』の「メモ:アメリカの世紀」を参照してください。
bit.ly/2ScuEuJ

フランス料理はこれらに比べるとあまり広まらなかったのです。
『串かつの戦前史』においては、なぜ西洋料理としてイギリス料理が選択されたのか、なぜフランス料理ではなかったのかについて、一つの仮説を立てています。

あくまで仮説なので、外れているかも知れませんが。
なぜイギリス料理が選択されたのか、その理由は謎が多いのですが、イギリス料理が日本で定着した理由については、確信があります。

それは旨味です。グルタミン酸です。昔のイギリス料理には旨味があったんです(現在のイギリス料理にはたぶん、そんなに旨味はない)。
旨味と塩っけをおかずに飯を食べる、という日本の食習慣に、昔のイギリス料理のグルタミン酸がぴったりマッチしたのです。

こうして日本人は、イギリス料理をオカズにご飯を食べるようになりました。

続きます。

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4 May
明治時代初期に「西洋料理」として日本に流入したイギリス料理。

イギリスにおいて米を主食とする料理といえばカレー。

カレーはインド発祥なので、スパイスとアブラと塩っけでご飯を食べさせます。 Image
しばらくすると日本人はイギリス料理に「旨味」があることに気づき、これをオカズとしてご飯を食べるようになります。

真っ先にご飯の友となったのが、洋食屋台のシンプルシチュー(これには旨味はありません)と、hashed beef。

hashed beefをご飯にかけた和風西洋料理が、ハヤシライスです。 Image
私がおさえている最古のハヤシライス事例は、作家の久保田万太郎が食べたという事例。

明治30年代後半の浅草で、中学生の久保田万太郎は小遣いをはたいてハヤシライスを食べていました。 Image
Read 16 tweets
2 May
”「ザ・シチュー(シチューとしか呼びようのない料理)」”

”本当においしいのでこれ以外のもの一切入れちゃだめ!”

あーこのシチュー食べたことありますわ、三十数年前の新世界で。
新世界名物あづまのシチューうどんのシチューがまさにイナダさんのシチューなんです(ただし牛肉)。

写真は玉置標本さんのレポートから。
bit.ly/2SgviaB Image
三十数年前の新世界は、観光客も女性客もいない「変なクリーチャーが蠢くスター・ウォーズの酒場」みたいなところでしたが、それだけに印象が強かったです。

そこで食べたのが、この水だけで作ったようなシチューうどんと串かつでした。
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5 Jul 18
さて、何度か引用している映画「風立ちぬ」の一場面、主人公たちが関東大震災直後の縄のれんで、どんぶり飯をかきこんでいる場面です。

江戸時代には普及していなかった大きなどんぶりは、この一場面のごとく、大正時代には確実に存在していました。
大正時代に米騒動をきっかけにして生まれた簡易食堂で提供されていたご飯は、1合5勺の「丼飯」でした。
bit.ly/2IUFdIv

これは吉野家のどんぶり山盛りに相当します。つまり、「風立ちぬ」のような、吉野家なみの大きさのどんぶりが、大正時代には存在していたのです。
われわれの見慣れたこの大きなどんぶりは、江戸時代には普及していなかった、というのが今までの話でした。

それでは、明治時代のいつごろ普及したのでしょうか?
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