阪神大震災のとき、現役京大生が救援物資の在庫管理を担当。すべての物資の種類、数を把握し、1500名いる被災者の消費量を計算してどの物資がどのくらい不足するかを予測し、ボランティアに的確に指示を出すので「歩くコンピューター」と呼ばれ、被災者の子どもたちに人気だった。
しかし1500人もの人たちを支える救援物資の膨大さ、しかも全国から送られる救援物資は、ダンボール箱を開けてみないと入数と種類も分からない。種類ごとに分別もしなきゃいけない。あまりの過労でぶっ倒れてしまった。
新しい物資担当は、左官の若者(その京大生と同じ年)。
「とてもじゃないけどあの人のマネはできません。僕のやり方でやらせてもらっていいですか?」
人がいなくて代わりはいない。みんな、彼にお任せすることにした。その「やり方」は。
品物ごとに山を作った。服の山、毛布の山、ラーメンの山、ミネラルウォーターの山。面積が必要になるけれど、ざっくり山の大きさを見れば物資の在庫量が一目でわかる。「あの物資は3日もたないな、じゃあ今度はあの物資を確保してこよう」と、各ボランティアが自発的に動くようになった。
来る物資は片っ端からそれぞれの商品の山に積んでおく、というルールだけ承知すれば、誰でも物資管理ができた。左官職の若者が物資管理の担当になってから、物資管理をする必要がなくなった。
熱が下がり、京大生が現場に戻って来たときには、もう物資管理の必要はなくなっていた。彼は驚いていた。物資の種類と数は自分しか把握しておらず、どの物資がどれだけ不足しそうかということも京大生に聞かないと分からなかったのに、その必要がないシステムに変わっていたことに。
なんでこのシステムを思いついたの?と左官職の若者に聞いたら「仕事でやってるんすよ」と。材木やクギなど、種類別に在庫管理して、誰の目にもどのくらいあるのかわかるようにしておけば、気づいた人間が補充するというやり方で在庫切れを防止してるらしい。なるほど。
この事例から、「頭がいい」って何だろう?と思うようになった。学業に関してなら、その京大生は卓抜していて、同級生の私なんかはるかに及ばなかった。すべての物資の種類と量を把握し、消費スピードまで計算に入れるなんて芸当、私にはムリ。他方。
左官職の若者が導入した「物資ごとの山」は、私も京大生の同級生も思いつかなかった。管理の容易さ、誰もが自発的に物資管理を行える機能性、何をとってもこちらの方が仕組みとして優れている。「頭がいい」というのは、なるべくシンプルな答えを出す力なのだな、と痛感した。
阪神大震災では、それぞれの「個性」が大切なのだな、ということがよくわかった。左官職の若者は暴走族のボスを束ねるボスで、みんなやかましいバイクを乗り回す中、自分はチャリンコ(自転車)という実にコミカルなことをやっていた人物。コワモテおじさんが現れても圧倒可能。
他方、シャキシャキ動かない、物静かな人なんだけど、その人がいると春風が吹いてるような、安心感がその場に広がる。みんなが青くなるような事態が起きても、その人がいると「ま、慌てても仕方ない。なんとかなるさ、なんとかしようやないか」と落ち着くことができた。
件の京大生は、子どもたちからとても人気だった。この人は絶対裏切らない、という絶大な信頼感があったらしい。震災が起きてすぐ常駐し、ぶっ倒れるまで必死に取り組んだその姿勢が、絶対的な信頼感になったのだと思う。
「お母さんからちゃんと料理を教えてもらっておけば良かった」と言いながら、絆創膏だらけの指で黙々と台所で食材を切り続けるボランティア。
被災者が暖をとれるよう、黙々と木材を割り、大型トラック分くらいの薪の山を築いたボランティア。実に様々な個性を発揮していた。
阪神大震災では、「ビバ!個性!ビバ!多様性!」と、心から痛感した。みんなが全体を見渡し、不足している部分をみつけ、自分がみんなのために最も役に立ちそうな場所を見つけ、そこで自分なりのパフォーマンスを発揮した。それぞれが個性を発揮し、その個性がかみ合って全体をなんとか動かしていた。
何人かで山に登り、キャンプ場に着くと、自然と「水汲みにいくわ」「じゃあ僕らは薪を」「窯を作るね」「テント張っておく」「料理の下拵えしておくね」と、全体を見渡し、自分の仕事を見つけ、システムとして動く。これ、案外優等生ができなかったりする。ボーッと突っ立ったままだったり。
阪神大震災で機能したのは、この力だったように思う。全体を見渡し、弱点、あるいは欠落してる機能を自分が補う、ということを、各人が自発的に行える力。これがあれば、社会人になってからでも通用するように思う。
戦後まもなくの企業は、焼け野原になって物資も何もない中でビジネスを始めねばならなかった。学歴も専門家でもない人が「なんとかこの製品をモノにしなければ」と、外国製品を分解して調べたり、大学の先生を訪問して聞きまくったりして、なんとか形にしていた。「欠落」は自分が埋めねば、と。
私は、学歴(学校歴)って、どうでもいいんじゃないかな、と思っている。全体を見渡して欠落を見つけ、その欠落を自分が埋めねば、と考える人間がたくさんいるなら、必ずどうにかなる。one for all, all for oneが実践できるチームは強い。阪神大震災は、使命感がたくさんの若者を変えた。
全体を見渡し、欠落を見つけ、それを自分なりに補う。自力で足りなければ「誰か一緒にこの欠落補って!」と声を上げるだけでも良い。そうした人材を育てられたら、日本はまだまだムチャクチャ強いと思う。そして日本はたぶん、性分としてこれが合ってるように思う。
まとめました。

全体を見渡し、欠落を見つけ、それを補おうする力|shinshinohara #note note.com/shinshinohara/…
ボランティアではなく被災者だけど、「私にはこれくらいしかできないから」と、毎朝ホウキで掃除していたおじいさん、いつも温かい飲み物を飲めるように火の番をしながらずっとお湯を沸かし続けてくれたおばあさん。何も言わず、寡黙だったけど、とても立派。こんな高齢者に、私はなりたい。
今までにも何度か紹介したことのある話なのですが、なぜか今回バズりましたね・・・この話、伝聞ではなく実体験です。この避難所には家族で義援活動しました。
何かしら、皆さんのお役に立つなら幸いです。

バズりましたけど、どうも自著を宣伝する気になりませんね。
ずいぶんバズってますね。これまでにも何度か紹介してまして、今回なぜバズったのか、よくわかりません。
考えてみると、阪神大震災の経験が、その後の私の考え方に強く影響してますね。部下育成を考える時も、避難所のことを思い起こしながら書いていました。
子育て本も、どんな人間に育つとよいか、という視点において、阪神大震災での経験が大きく影響しています。学ぶことが好きであってほしいけど、現場力のある子に育ってほしい、と。
イノベーションの本も、後で振り返れば簡単なことのようで、みんながなかなか思いつかなかった発想というのが現場では多くて、それをどうやったら打破できるのか、という問題意識は、阪神大震災で強化されたように思います。
思考の枠をずらす、という四冊目の本も、阪神大震災では、視点を少しずらしただけで見え方がガラリと変わる体験を何度もして、それが大きな影響を与えています。
私の中で、阪神大震災は、人生を変えた出来事でした。

• • •

Missing some Tweet in this thread? You can try to force a refresh
 

Keep Current with shinshinohara

shinshinohara Profile picture

Stay in touch and get notified when new unrolls are available from this author!

Read all threads

This Thread may be Removed Anytime!

PDF

Twitter may remove this content at anytime! Save it as PDF for later use!

Try unrolling a thread yourself!

how to unroll video
  1. Follow @ThreadReaderApp to mention us!

  2. From a Twitter thread mention us with a keyword "unroll"
@threadreaderapp unroll

Practice here first or read more on our help page!

More from @ShinShinohara

20 Oct
40万人も受験する模試で常にダントツの一番だった人は、なぜか私と第一志望が同じだった。もう一人、京大模試でその人についでダントツの二番だった人も、どうしたわけか同じ志望だった。彼らなら東大のどこだろうがラクラク合格したろう。
入学したら二人ともいた。「わ!本当に同級生だ!」
学業では全く勝てる気がしなかった。私は頑張って優、良、可を三分の一ずつ。彼らはオール優だったらしい。なぜこんなややこしい数学で点数採れるのか意味が分からない。学業において、私は全く太刀打ちできない人がこの世にいることをはっきり自覚させられた。ただ、他方。
彼らも人間であり、学業以外なら私に分のあるものがあることも分かった。勝てないものは勝てないけど、長所は人それぞれなのだな、ということを彼らから学んだ。私がどんな高学歴を示されても動じずに済むのは彼らのおかげ。「んなこと言ったって、同級生に勝てる奴なんかそうそうおるかいな」と。
Read 6 tweets
19 Oct
何度説明しても理解できない。他方、一度説明したら理解できる人もいる。理解力の差はどこから生まれるのだろう?もしかしたら「楽しむ」ことにあるのかもしれない。
楽しくないことはやりたくない。考えたくない。だからイヤイヤ。仕方なく。用が済めば忘れてしまう。それでは理解力は育たない。
しかし楽しんでると、そのことをずっと考える。理解できなかったことでも、楽しいから理解したいと思い、ずっと考える。ずっと考えてるから、全然違うことをやってても、何かの拍子に「ああ!そういうことかあ!」と理解できたりする。あるいは他の現象と似てることを発見したりする。
もし私がいささかでも子育てに関して言語化ができているのだとすれば、それは子育てを楽しんでいるからだと思う。YouMeさんと子どものことを話し、情報共有し、どうしたらよいかを考えることは楽しい。楽しいから考え、考えることが楽しいから新たな発見や理解の深まりがあるのだと思う。
Read 10 tweets
19 Oct
既に中学生で、なんなら既に中学三年で、どの教科も80点なんかとったことない、という生徒向け(高校生のための大学受験向けも含む)の学習法を、以前まとめた。勉強の苦手な生徒が、どうにか80点以上とるのに確実な方法を書いてある。ただし。これは「勉強」。
note.com/shinshinohara/…
私はもともと「勉強」に批判的。だって「勉(つと)めて強いる」という、イヤイヤ強制されてやるのが勉強だから。仕方なしにやるのが勉強だから。まあ一応、やり出したら楽しんで、達成感味わえる学習法を書いといたけど、それでも「お勉強」であるのは確か。
私は「勉強」より「学ぶ」にしてほしい。
息子が2歳か3歳の頃、「学」という字を見て「あそぶ」と読んだ。息子が漢字をかなり読めるのを知っていたので、私は怪訝に思い、なぜそう読むのか聞いてみた。すると息子は「まなぶことはたのしいから」と、クネクネ踊りながら答えた。ああ、良かった、と思った。
Read 24 tweets
18 Oct
20年前の秋、中国の青島に行った。日本企業のスーパーマーケットがあったので覗いてみると。一階から二階へ上る階段だけで四、五人の掃除夫が。フロアでも実に多数の掃除夫が常に掃除しまくり、私の歩いたあとを追跡するようにモッブで床を拭いていた。たくさんの客が歩くあとを拭く多数の掃除夫。
現地在住の日本人の方に聞くと、外資系の企業は現地の人間の雇用を義務づけられているらしい。日本だったら一つのフロアに二、三人、階段なんかついでくらいの少人数で掃除してるだろうに、中国のそのスーパーではざっと50人くらいは掃除してる感じだった。
日本は当時、新自由主義の影響を受け、役に立たない人間はクビ、といった社会風潮が強まっていた。だから、明らかにそんなに掃除夫は要らんだろう、というムチャクチャな数の掃除夫の雇用を義務づけてる中国のやり方は、極端に違うので興味深かった。
Read 6 tweets
18 Oct
「タダほど高いものはない」もしかしたら、たとえばGoogle検索など、様々なネットサービスもその一つなのかもしれない。
ネットサービスが普及する前、地図は原則、お金を出して買うものだった。それはそうだ。地図を作成するには航空写真の撮影スタッフ、ヘリコプターをチャーターする資金も必要。
航空写真を地図に書き起こす人、それを印刷する人、製本する人、それを本屋さんに並べ、売る人。様々な労働を必要とし、その人達に労賃を払わねばならなかった。逆に言えば、地図は雇用を生んでいた。雇用により、収入を得た人が何かを購入し、経済を動かしてくれていた。
ネットの地図サービスは、それらの雇用を破壊する力がある。カーナビもかなり売れなくなっているようだ。スマホで地図アプリを使えばカーナビと同じようにできるから。カーナビを作る人達の雇用も奪っている可能性がある。
Read 17 tweets
18 Oct
今回、久しぶりにえらくバズったのですが、何がバズるのか読めません。バズらせようと思って書いてないんですけど。
星空観察する親子のことはこれまでもつぶやいたことがありますし、体験が重要ということはそれこそもう何度もつぶやいてきました。でも今回、初めてその内容でバズりました。
「今日はなんだか分かりやすく言葉に紡げそうだ」と思うとつぶやくのですが、わかりやすさはその都度違うみたい。たまたまそのときうまく書けたり書けなかったりするのでしょう。
なにせ下書きもせず、いきなりつぶやくので、自分でも最後にどんな結末になるかわからないことも多く。
フォロワーが多かったらバズりやすいのか、というと、そんなこともありません。たぶん、一番バズったのは、「『指示待ち人間』はなぜ生まれるのか?」をつぶやいた時。その頃はたぶんフォロワーは1000人くらいだったのでは。バズるのは、フォロワーの数と関係ないようです。
Read 4 tweets

Did Thread Reader help you today?

Support us! We are indie developers!


This site is made by just two indie developers on a laptop doing marketing, support and development! Read more about the story.

Become a Premium Member ($3/month or $30/year) and get exclusive features!

Become Premium

Too expensive? Make a small donation by buying us coffee ($5) or help with server cost ($10)

Donate via Paypal Become our Patreon

Thank you for your support!

Follow Us on Twitter!

:(