なんという超訳。
主語が国家になってしまっている。
政治家の文書を翻訳するに当たって、その心象背景を探り当時の政治情勢等に鑑みその真意を推敲することは忠実な翻訳を行う上で大切なことではあるのだが、深堀りしすぎて原文の文意にないことを意訳することは翻訳の世界ではご法度。「こう書かれているけど、こう言いたいんだろうな」は通じない。
私の最終訳では、オバマ氏の①鳩山氏個人に対する印象と②過去10年の日本の政治状況という国家に対する印象は、原文にある通りに区別して訳出してある。「不器用だが気さく」という表現は①に当たり、「〜硬直化した目的を持たない政治の病理」が②に当たる。これは明確に区別しなければならない。
気を付けなければならないのは、合衆国の大統領という圧倒的強者という立場にあっても、大統領は回顧録で世界を「評価」(judge)する立場にはないということ。あくまで当時の「印象」を回想しているに過ぎず、世界中の指導者層に読まれることも想定して外交儀礼上の機微にも格段に配慮するということ
以上のことを念頭に、オバマ氏はjudgmental(裁定的)になることを極力避けながら、鳩山氏という人柄が好まれる首脳とは出会ったが、当時の彼の国の政治状況はこうであったと、「印象」を述べている。「評価」ではないのだ。だから、否定にも肯定にもならない。そう評するのは評論家とマスコミだけだ。
オバマ大統領個人の印象からすれば、政治指導者が3年という短い、大統領の任期で言えば1期4年の任期半ばという位置付けの間に、4人も変わるというのは異常事態。それを生み出している要因は、政治に明確な目的(ビジョン)がなく、それでいて権力構造が硬直化していて政治が安定しないからだと捉える。
その「国家に対する印象」が”a symptom of the sclerotic, aimless politics that had plagued Japan for much of the decade.”という原文に表現されている。ここで’symptom’は‘sclerotic, aimless politics‘にかかり、「硬直化した目的を持たない政治」“による“「発現」であるとして、
“fourth prime minister in less than three years and the second since I’d taken office”(3年足らずで4人目の首相となり、私の就任後2人目の首相となった)という結果として生じた事象を説明する。生じさせた政治状況については批判的だが、同時に「特定の誰」を批判するものでもないのだ。
翻訳の世界では今回の誤訳問題では二次的な“awkward"の訳出の問題については前出したように①に当たり、正直「人柄に対する個人的印象」等は国際的にはそう重要視されるものではない。ただ「へえ、そんな風に見ていたんだ」と、個人的心証を明かしてくれていることを貴重だと感じるほかない。が、
当の日本ではこの「個人に対する印象」が殊更重要視されてしまうので、翻訳者としてはこれを論じるのは避けては通れない。そういう位置付けの問題であることはご理解いただきたい。

“pleasant, if awkward”というのは一種の定型表現のようなもので、実際はセットとして語られるべきフレーズである。
当初、私は日本人にこの一種独特な慣用表現が伝わりやすいよう粗訳では「独特で気さく」という風に訳出していたが、この『独特』というのは、「変人であること」「常識が通じないこと」というようなjudgementalなinsinuation(仄めかし)を含む、ごく日本的な表現は端的に言って“オバマらしくない“。
文系のオバマと理系の鳩山では思考回路が違いすぎ会話が噛み合わないということは多々あったのだろうと思う。だから私は、一般的に”awkward”の訳語として使われる「話の通じない(頑迷だからではなく伝わらないから)」「意思疎通がむずかしい」を表現する意味として「不器用」の訳語を採用した。
本来、“pleasant, if awkward”は「相手の評価を少し下げて最終的に上げる」という個人や事象を好意的に評価する際に使う慣用表現なので、一部でも指摘があるように、あくまで語順は「○○(よくない印象)だが○○(よい印象)」という風に訳出する。だが私はこの「だが」という表現を当初は避けた。
それは、日本では「○○だが○○」といえば、実際は「だが」の手前の言葉に真意があると捉えられる傾向があると考えたからだ。この慣用句の目的は「相手を褒めすぎない」ことにある。だから一旦は下げておいて最後に上げる、という回りくどいことをする。真意は批判にあると捉えられるのは本末転倒だ。
オバマ氏の慣用表現”pleasant, if awkward"の使用には、この標準的な用途通り「褒めすぎないこと」が狙いにあった。褒めることが念頭にあるので、貶していると捉えられるのは文意に背くのである。だから私は最終的には批判が真意と捉えられるリスクを冒してでも最終的に「不器用だが気さく」とした。
単発のツイートをご覧にになっている方は、私が試行錯誤を繰り返しながら最終訳にたどり着くまでの過程をご覧にになっていたので混乱させたかもしれないが、私の最終訳に辿り着く過程はこのmomentにまとめた通りである。いつかこの思索の旅をnoteにまとめるかもしれない。
twitter.com/i/events/13289…
以上のように、私はオバマ氏の「心象背景を探り当時の政治情勢に鑑みその真意を推敲する」という作業を繰り返したのだが、忠実な翻訳を行うという訳者としての矜持は守り通したと自負している。「こう書かれている」と、書き手の心象背景も内面化した上で的確に伝えることが『翻訳』であるからだ。(了)
バラク・オバマ著"A Promised Land"の訳書『約束の地 大統領回顧録』(上下巻)は2021年2月5日、集英社より発売予定とのこと。先行して第一章のみが公開されている。内容を確認したが、流石大統領回顧録に相応しい格調高い文に仕上がっている。訳者は不明だが期待できそうだ。
gakugei.shueisha.co.jp/obama/

• • •

Missing some Tweet in this thread? You can try to force a refresh
 

Keep Current with 💫T.Katsumi🌏OfficeBALÉS

💫T.Katsumi🌏OfficeBALÉS Profile picture

Stay in touch and get notified when new unrolls are available from this author!

Read all threads

This Thread may be Removed Anytime!

PDF

Twitter may remove this content at anytime! Save it as PDF for later use!

Try unrolling a thread yourself!

how to unroll video
  1. Follow @ThreadReaderApp to mention us!

  2. From a Twitter thread mention us with a keyword "unroll"
@threadreaderapp unroll

Practice here first or read more on our help page!

More from @tkatsumi06j

21 Nov
#CoronavirusUpdate 11/22🇺🇸米CDC: 以下は10/28付で更新された感染予防ガイドラインの項目「新型コロナウイルス感染症は空気感染によって広がることがあります」のセクションについて、 DeepL.com 翻訳+校正したものです。 #空気感染 は日本にとっても重大な問題なので共有します。 Image
尚、10/28付ガイドラインからは以下の記述が削除されていました。一旦は政府上層部の判断により項目ごと削除されたそうですが、再載された時にはこの記述のみが削除されていました。理由は不明ですが、”不確実な回避方法”による感染拡大を危惧してのことかもしれません。
Read 4 tweets
20 Nov
1秒間を6日としてビー玉で現在の死者数を表すと…。
是非拡大してご覧ください。ビー玉一つ一つがアメリカで新型コロナにより亡くなった個人を表しています。その総数230,000個。アメリカでは8ヶ月でこれだけ多くの人が命を落としました。

匿名のVFXアーティストが、この作品を作成している2週間の間に15,000人が更に死亡しました。
その匿名のアーティストはこう語りました。

「一つの死に直面することは恐ろしいことですが、それを理解し経験として消化することができます。この数が5、10、50と増えていっても、まだこれを“悲劇“と捉え個人レベルでも実感することができます。しかし100を超えると、別のもの。“出来事“になります」
Read 5 tweets
19 Nov
「象徴」という語句は原文の意に沿わないので避けるのが上策です。丁寧に全パラグラフを訳すとこのようになります👇。「迷走」は鳩山内閣を“象徴“する言葉としてマスコミが好んで使用した語句ですが、日本政治を取り巻く状況は『迷走』よりも深刻な「安定した政治が期待できない」状況にありました。 Image
この“状況“を作り上げたのは政治のみならずメディア、そして有権者をも含む日本社会全体です。その反動で、民主党政権後には今度は長期政権が成り立つようになりましたが、それは権力とメディアが癒着し、政治の腐敗を度外視してでも現在の「政治の安定」を維持しようとする有権者がいるからです。
貴殿の属する政治団体は、そうした政治のみに拠らない『思いやりと合理性』を持って社会全体で社会をより良くしていくことを目指す団体なのだと理解します。「硬直的で目的を持たない政治」は権力維持それ自体が目的化しているのに対しこれを容認する社会全体の姿勢によって成り立ったものです。
Read 4 tweets
17 Nov
拙訳”(中略)鳩山由紀夫首相と経済危機、北朝鮮、沖縄の米海兵隊基地移設問題について協議した。独特で気さくな人物だったが、10年もの間日本を苦しめた硬直化した目的のない政治の病理により3年足らずで4人目の首相となり、私の就任後2人目の首相となった。7カ月後、彼はいなくなっていた。” Image
Kindle版原文のシェアと拙訳(改訳):

「気さくだが不器用な鳩山氏は、10年ものあいだ日本を苦しめてきた、硬直化した目的を持たない政治の病理により、3年足らずで4人目の首相となり、私の就任後2人目の首相となった。7か月後、彼はいなくなっていた。“

バラク・オバマ著「A Promised Land」より Image
Kindle凄い。こんな綺麗に引用シェアできる機能 #kindlequotes があるんですね。以下オバマ前大統領の回顧録における鳩山氏に関する言及箇所(p. 477)の全文です。 Image
Read 5 tweets
17 Nov
『厄介な同僚』というその訳が厄介だわ
”A pleasant if awkward fellow”の何をどう訳したら『厄介な同僚』になるんだ?'fellow'の意味すらわかっていないのか❓この文脈が「同僚」を意味していると捉えるって、まさか機械翻訳したのをそのまま鵜呑みにしてるのではあるまいな❓鳩山政権時代から日本のメディアの誤訳は酷かったがこれは…
軽く検証してみたらこういうことだった。
Read 6 tweets
16 Nov
今朝未明に途中まで読むことができたWIRED.comの7月の記事。『台湾の不世出のデジタル担当大臣はどのようにしてパンデミックをハックしたのか』と題された記事。もしかしたら、既に日本語版記事が存在するかもしれないが、いくつかの下りを独自に和訳してみたいと思う。先ずはここから。 Image
「台湾では、ITオタク世代がデジタルなことをやっている一方で、他の世代が行政や政治を学び民主主義を実践している、という状況にはならない。ほとんどが同じ世代の人間だから。私たちにとっては、インターネットの前に民主主義は存在しなかった。民主主義はインターネットとともに到来したのです。」
“タン氏が求める調和は更に一歩進んでいる。「台湾では、デモクラシーそれ自体がテクノロジーなのです。常に実験的な繰り返しと漸進的な改善が施されます。1991年から2005年までの間に台湾の憲法は7回改正されました。我々の世代は、憲法それ自体がソーシャルテクノロジーだと信じているのです」
Read 4 tweets

Did Thread Reader help you today?

Support us! We are indie developers!


This site is made by just two indie developers on a laptop doing marketing, support and development! Read more about the story.

Become a Premium Member ($3/month or $30/year) and get exclusive features!

Become Premium

Too expensive? Make a small donation by buying us coffee ($5) or help with server cost ($10)

Donate via Paypal Become our Patreon

Thank you for your support!

Follow Us on Twitter!