#EBPM 系の議論がもたらした弊害のひとつに、数学を使うとエビデンスレベルが上がる、みたいなのがたぶんあるんだよな。
たとえばガンの治療について考えるときに、そのガンの治療に長年携わってきた医師の見立てよりも、そういうことを知らない研究者が組み立てたエレガントな数理モデルにしたがったほうがよい、みたいな考えかた。
#EBM はそのあたりよく考えられていて、エビデンスの評価はあくまでも実証研究に基づく必要があるし、現場の医師の (たぶんに直観を含む) 判断にも大きな比重がある。 (いや実態がどうなのかはあんまりよく知らないんだど、教科書レベルの話)
理論的な基盤に基づいた精密なモデルであっても、そこから予測される結果が実験等によって裏付けられていない場合、エビデンスレベルとしては、その分野の専門家の (数学的モデルによらない) 意見とあまり変わらんわけである。
もちろん、数学的なモデルをつくることには、厳密な検証が可能だという美点があるから、研究を発展させる上では大きな意義を持つ。しかし、検証してみた結果がどうなるかは検証するまでわからないのだから、応用の場面で信用していいかどうかは不明なのである。
わかりやすく言うと、

(1) ドメイン知識を反映しない数理モデルはゴミ
(2) ドメイン知識を適切に反映していても、数理モデルだからという理由で、そうでない予測より優位に立てるわけではない

ということね。
なので、未経験の緊急事態に際して何らかの意思決定をしなければならない場合の情報収集の手段は、
(1) 類似の事態に詳しい人から意見を聞く
(1') 類似の事態について報告している文献を収集して読む
ということである。そのうえで
(2) 目前の事態にどう対応したらよいかの基本的な考え方を固める
(3) その対応で生じる結果についてのデータを収集し、評価する仕組みを作る

みたいなことになる。(2) のところで数理モデルを組めるならそれに越したことはないが、そもそも (1)(1') が適切にできていないと話にならない。

さて、日本の政治においては、(1) (1') の作業をすっ飛ばして「有識者会議」で方針を決める (それで専門家のお墨付きが出たことにする) というのが、伝統的な意思決定の正当化法だった。そこに #EBPM という思想が入ってきて、まともに情報を集めるようになるのかと思いきや、

政府自身や政府系研究機関あるいは政府が集めた有識者が独自研究をおこない、それを「エビデンス」として政策を正当化する、というやりかたが #EBPM と呼ばれるようになっていくわけである。
既存の情報を集めて現段階で最良の証拠を得るのが当然の手続きである、という文化がないところに、表面的に「科学的」にみえるやりかたをもちこんだところで、まともな意思決定ができるようになるわけがないのであった。
そもそも、意思決定とか問題解決とかいうのは、それ自体が政治的なものである。たとえば「ロックダウンが経済に与える影響」を考察したいのだといわれても、それでは何を問題にすればいいのか自体がよくわからない。
経済学者を呼んできて、経済学界を代表する立場で議論してもらうとしたら、社会の構成員全員の効用をどう集計してどう評価するか、みたいなところから話が始まるであろう。経済学というのは本質的にそういう学問である。
ロックダウンが今後1年間のGDPにあたえる影響、みたいなことだけが知りたいのであれば、それは発注側が明示すべき。そのような要請を出すこと自体が政治的決断であり、それを受けるのも政治的決断である。
しかし、ロックダウンがどのような回路でGDPに影響しうるかは、普通の経済学者は知らないわけである。だから、そういうことにくわしい経済学者を指名するか、別途詳しい人を手配する必要がある。
一定の政治的な思惑 (政府内部でロックダウンへの合意を取り付けるにはGDPへの影響を明示する必要がある、とか) を共有して、専門的知識と能力を持ち寄って協力できる人たちがチームを組んで研究することになる。
これはすっごく面倒くさい作業で、統轄するには幅広い知識と人脈と協働能力がいるわけである。実際にはそのようなことがおこなわれることはなくて、発注者の意図通りの提言を出してくれる専門家を抱えておいて、そこに依頼することが定石になっている。

EBPMとEBMの最大のちがいはそういう技術的なことではなく、政策対象あるいは治療対象に決定権があるかどうか。EBPMでは、政策の根拠がデタラメだからといって、その対象になる人々が拒否できる枠組みにはなってない。(抵抗権と絡める議論はありうると思うが)
別にEBMとか言わなくても、医者があきらかにアホであれば、別の医者のところに行けばいいだけだからね。政府がアホである場合 (で国民がそれを許容している場合) はそうはいかない。

せっかく政策についてもEBMを参照する発想がでてきたのだから、その政治的な含意をちゃんと活かして、素人が権威に抵抗するための制度として整備すべき、というのが私が5年ほど前から主張してきてることになります。

そういう文脈だと、むしろこういう議論のほうが問題だったりする

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14 Dec
・行動制限がどれくらい効くかは個々人の行動次第
・個々人は流れてくる情報を参照して行動を決める
・情報の中で影響度合いが高いのは、流行状況や医療体制についての情報
という感じになると思うので、
検査が少ない=流行状況が把握できず、医療システムが持たない可能性が高い
という前提の予測は
やらなきゃいけないものの一つではあるでしょうね。
ただ、それが実際に流行状況把握や医療体制にどう影響するか自体は経済学の知識の範疇にないので、そこは専門家に聞かないとわからんのでは。
経済学の人は、情報の不確実性 (の個人的な評価) がマクロな状況に与える影響とかすごくこだわりそうなイメージがある。
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13 Dec
日本の誇る「クラスター対策」 >1人が発症して周囲の濃厚接触者を調べたら陽性者が出るという繰り返し / “「見えぬ感染」院内連鎖 旭川厚生病院の281人最大クラスター 職員に「無症状者」:北海道新聞 どうしん電子版” htn.to/44ost91ZDr
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と同じ方法を続けているということなんだと思うけど。
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13 Dec
え? 濃厚接触者より軽症者のほうが検査前確率高いの? それが本当なら、保健所すごく無駄なことやってるのでは? / “新型コロナの「検査陽性率」はどのように解釈すれば良いか(忽那賢志) - 個人 - Yahoo!ニュース” htn.to/2FtVEQAw1U #japanmodel
この図の話ね。つうか、そもそも「軽症の有症状者」よりも「濃厚接触者」+「帰国者」のほうが数が多いというのは本当なんだろうか。 Image
さらに言えば、「軽症の有症状者」とか「濃厚接触者」が検査対象だというのは、「することもある」くらいの意味であって、されてない人のほうが多いのでは。
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25 Jun
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感染者数 / クラスター数
を計算すると、だいたい50-70くらいである (2/26, 3/31, 5/10, 6/24 の4回)
Super-spreading event (SSE) による感染はこのうちのさらに一部なわけで、クラスター対策のドグマであった「感染の大部分がSSEによる」というのはまずありえない数字。
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23 Jun
>密閉、密集、密接、3つの密を避けることによって、日々の仕事や暮らしを続けながら感染を予防できる< 本当にそれで予防できるなら緊急事態宣言は不要だったということだけど / “令和2年6月18日 安倍内閣総理大臣記者会見 | 令和2年 | 総理の演説・記者会見など | ニュー…” htn.to/EsfLXjCciL
実際には「3つの密を避ける」だけでは全く足りなかったので、とにかく接触を8割減らせという話になったのだし、それでとりあえず流行が収まったあとも、「新しい生活様式」と銘打って「3密回避では不十分」という宣伝につとめてきたはずでは。
twitter.com/i/events/12424…
というか、あんたらクラスター対策班の提言無視して3密会議つづけてたやん。
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