アイルランドで今週とても大きな話題になったのは、カトリック教会や国が運営していた母子支援施設で重大な人権侵害がはびこっていた件について調査結果が発表され、これに基づき首相が被害者に謝罪した件。日本語でもニュースになっていました。

afpbb.com/articles/-/332…
今はそうでもないですけど、アイルランドはご存じのようにカトリック教会の力が強く、未婚でセックスすることも道徳的に悪だとされていて、結婚していないのに妊娠するなんていうのはもってのほかだったのです。また、中絶も (強姦でも近親相姦の結果でも) 違法でした。
そこで、そういう母子にサポートを提供するという名目で、教会や国が支援施設を運営していたわけです。こういう施設は一般的に Mother and Baby homes と呼ばれたのですが、実際には当時の道徳的規範に反した女性を罰する/矯正するという性格が強かったようです。
今回の報告書は、アイルランド建国の1922年から最後の施設が閉鎖された 1998 年までに、18件の施設で何が起きたかを調査したものです。報告書によれば、76年の間に合計9000人の子供が施設内で死亡。施設で生まれた7人のうち1人が死んだことになります。これは一般の乳児死亡率の2倍。
死んだ子供は適切に埋葬されず、集団墓地にひとまとめに埋められたことも多かったといいます。また、母親の同意を得ずに子供を国内または外国 (主にアメリカ) に養子に出すことも一部で常態化していました。
今回の調査のきっかけを作ったのは、キャサリン・コーレスさんというゴルウェー県に住むアマチュア歴史家です。主婦だったのですがイブニング・コースに通って郷土の歴史に興味をもったコアレスさんは、まず地主について調べて記事を書き、地元の歴史雑誌に載せてもらいました。
その記事の評判が良かったので、コーレスさんはもう1本記事を書いてくれと編集長に頼まれます。そこで、かの女の地元のテュアム (Tuam) にあったボン・セクール (Bon Secours) マザー・アンド・ベイビー・ホームについて記事を書くことにしました。
コーレスさんはこの施設の出身ではありませんが、クラスに施設から通ってくる生徒がいたのです。石ころをお菓子の包み紙にくるみ、お菓子だと思わせて施設の子の1人に渡すといういたずらをしたことが、コーレスさんの苦い思い出として残っているそうです。
調査を始めた彼女は、この施設について書かれた文献が非常に少ないことに気付きます。施設は1961年に閉鎖され、現在は住宅地として再開発されているので、まずそこの住民に聞き取り調査を行い、敷地内に集団墓地があることを知らされます。住民たちは飢饉で死んだ人たちの墓地だと思っていたそうです。
コーレスさんは次にオードナンス・サーベイ (日本でいう国土地理院みたいな役所) の地図を調べ、集団墓地の場所はかつては汚水処理槽だったことを突き止めます。施設を運営していたボン・セクール修道女会にも問い合わせますが、要領を得た返事は帰ってきません。
死亡した子供の死亡診断書を取り寄せ、埋葬場所が記載されていないことを確認した後、彼女は地元の歴史雑誌に記事を書きます。その記事は、「死んだ子供たちは汚水処理槽に埋葬されたのか?」という問いかけで終わっています。
コーレスさんは当局がこの記事に注目するだろうと期待したのですが、そうはなりませんでした。そこで彼女はさらに調査を進め、施設で死んだ798人の死亡診断書を自費で取り寄せ (ちなみに1通4ユーロ)、やはり埋葬の記録がないことを確認しました。
コーレスさんは記念碑を立てる費用を集めるために、地元のメディアにアプローチしましたが、小さな記事が出ただけでした。これが2013年のこと。彼女のストーリーは、2014年2月にコナハト・トリビューンという地域紙に取り上げられた後、…
…遂に同年5月にアイリッシュ・メイル・オン・サンディという日曜全国紙の一面を飾ることになります。ここから火が点き、海外メディアからの取材依頼が殺到することになりました。その後、2015年に政府によって調査委員会が設立され、冒頭に書いたように、その結果が今週初めに発表されたわけです。

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30 Oct 20
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26 Oct 20
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inews.co.uk/news/politics/…
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たとえば、「進歩的な活動家」のプロフィールはこんな感じ。

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26 Oct 20
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私の生まれ故郷で、家族がまだ住んでいるベネズエラ - 不可。
キューバ - 不可。
ジンバブエ - 不可。
ソ連 - 不可。
毛沢東体制の中国 - 不可。
スウェーデン、デンマーク、ノルウェー - 優。

これが現時点での社会主義者の通信簿だという。
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だが、スカンジナビアのパラダイスはどうだ? 北欧諸国は期待を裏切ることはない。
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21 Oct 20
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「白人の特権」を事実として教えることは、法に反している。

(翻訳は以下スレッドで↓)
私たちが反対しているのは、議論の分かれる政治理念を、あたかも明白な事実のように教えること。(中略)。

人種間の関係に関する危険なトレンドについて話したい。これは私自身にも深く関連することだ。そのトレンドとは、批判的人種理論の推進である。
これは、黒さゆえに私を被害者とみなし、白さゆえに白人を抑圧者とみなすイデオロギーである。はっきりといっておかなければならないことは、政府は批判的人種理論に明白に反対する立場であるということだ。一部の学校は、反資本主義のBLMグループを公然と支援することを決定した。
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アメリカには赤い州がある。

そして、アメリカには青い州がある。
赤い州は、政策として保守主義、小さい政府、自由市場を志向する。低い税率、規制緩和、厳格な犯罪取り締まり、労働者の自由などが特徴だ。フロリダ、テキサス、テネシー、アリゾナ、ユタなどがそうである。
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