#Shax_nichigei_1012 こんにちは。これから日芸のシェイクスピア講義第4回を始めます。今日は「劇場・劇団・役者」をテーマに簡単に近世ロンドンの演劇をする環境についてお話します。履修者の皆さんはスライドを見てください。
#Shax_nichigei_1012 ロンドンに常設稼働する商業劇場ができる前から演劇じたいはありました。パブとか野外の催事ができるところ、また移動式の山車みたいなものを使って出し物をしていたのではないかと言われています。今でもロンドンにはショーができるパブはたくさんあります。
#Shax_nichigei_1012 ロンドンの常時稼働する商業劇場については、1560年代にレッドライオンというのが短期間あったのですが、初めてうまくいったのは1576年にショアディッチにできた劇場です。その名もThe Theatre。「あの小屋」って意味ですね。一つしかなかったんで。
#Shax_nichigei_1012 シアター座の後、ニューイントン・バッツ座とか、ブラックフライアーズ座、カーテン座、バンクサイドのローズ座とスワン座、そしてグローブ座などが作られました。おおむね、あんまり風紀の良くないところに建てられています。劇場とはそういうものでした。
#Shax_nichigei_1012 1600年頃のロンドンの人口は20万人くらいだと推定されていますが、時代を考えると人口あたりの劇場はかなり多いです。劇場が多い都市という点ではライバルはスペインのマドリードですが、週あたりの観客キャパシティはロンドンのほうが多いと思います。
#Shax_nichigei_1012 アン・ジェナリー・クックとかマーティン・バトラーなどの学者の推定によると、1610年代にはロンドンで週に5万人以上が観劇できる程度の芝居が上演されていたということです。毎回満員というわけにはいかなかったでしょうが、それでもけっこうな収容人数です。
#Shax_nichigei_1012 グローブ座タイプの屋根のない劇場は『ヘンリー五世』プロローグで‘this wooden O’「木のO」と言われてますが、基本、○に近い多角形です。下の写真は1997年にロンドンにできた復元グローブ座です。commons.wikimedia.org/wiki/File:Glob… Image
#Shax_nichigei_1012 グローブ座タイプの劇場は基本的に額縁舞台ではなく、幕(カーテン)もありません。宮廷仮面劇など特殊なものを除いて、現代のような場面転換がありません。客席と舞台の距離も現代のふつうの大きな劇場より近いはずです。
#Shax_nichigei_1012 これは16世紀末のスワン座のスケッチと今のグローブ座の舞台です。客席に出っ張ってる張出舞台がありますね。これが現代のよくある劇場と違うところです。
commons.wikimedia.org/wiki/File:The_…
commons.wikimedia.org/wiki/Category:… ImageImage
#Shax_nichigei_1012 入場料と収容人数ですが、グローブ座みたいな屋根のない劇は満員で3000人近く入れたのではないかという推定もあります。たぶん全然、見やすくないし、満員で後ろのほうだとぶっちゃけ見づらいと思います。入場料立ち見が1ペニー、座席2ペンス、クッションのついた座席が3ペンス。
#Shax_nichigei_1012 安いのでけっこう誰でも見られます。文字が読めない人も多い時代ですので、読めなくても楽しめる芝居は娯楽の王様ですね。女の人も見に来ていた記録があります。また、外国の人もロンドンに来た時は名物のひとつとして劇場に来てたようです。
#Shax_nichigei_1012 グローブ座は1613年に『ヘンリー八世』上演で装置として大砲を使用し、火が出て劇場が燃えました。これはけっこう記録が残っており、当時のロンドンでは大ニュースだったのではないかと思われます。皆さんも安易に大砲とかを使ってはいけません。
#Shax_nichigei_1012 それから、ブラックフライアーズ座は途中から屋根のある豪華な室内劇場になりました。キャパシティはグローブ座より少なく、推定600~1000人くらい。お金のかかる(+臭い)キャンドル照明で、入場料は3~6ペンスくらい、リッチなお客さん向け(貴婦人方を含む)です。
#Shax_nichigei_1012 現在の復元グローブ座に、ブラックフライアーズ座を模したサム・ワナメイカー・プレイハウスというのがありますが、この様子(キャンドル照明を含む)を動画で見ることができます。
#Shax_nichigei_1012 上演時間は昼から夕方にかけてが多かったようです。芝居以外に他に踊りなどの余興があったりもしたようです。
#Shax_nichigei_1012 日曜日や祝日は休演、四旬節の期間や、疫病の発生時も休演することが多いです。レパートリー制で、毎日同じ演目を上演するよりか、とっかえひっかえいろんなのを同じ座組でやります。現在のウェストエンドはロングラン制ですが、当時は違いました。
#Shax_nichigei_1012 それでは劇団の話にいきましょう。成人劇団と少年劇団があるのですが、成人劇団では男役は成人の男性俳優がつとめ、女役は少年がつとめました。あんまり大役ではない老女役とかは男性の役者がやった可能性も指摘されていますが、正直よくわかりません。さらなる調査が必要です。
#Shax_nichigei_1012 名目上、貴族や王族などをパトロンとすることが多いです。シェイクスピアが属していたのは国王一座(King’s Men、キングズメン)です。パトロンがいないと、下手すると浮浪行為とかであやしまれるので…
#Shax_nichigei_1012 少年劇団では男役も女役も少年がつとめます。王妃祝典少年劇団(the Children of the Queen’s Revels)、セント・ポール少年劇団(The Children of Paul’s)などがあります。ベン・ジョンソンやジョン・リリーなど著名作家が書いた作品も少年劇団で上演しています。
#Shax_nichigei_1012 シェイクスピアが働いていた宮内大臣一座(the Lord Chamberlain’s Men)はジェームズ一世(六世)の即位に伴い、国王一座になりました座付き作者シェイクスピアの他、主演男役スターであったリチャード・バーベッジ、花形道化役のウィル・ケンプなどがいました。
#Shax_nichigei_1012 他には海軍大臣一座(The Admiral’s Men)というのがありました。興行主フィリップ・ヘンズロウのもと、ローズ座などで公演していました。花形男役としてエドワード・アレンを擁していました。ヘンズロウの日記が残っていて、史料として貴重です。
#Shax_nichigei_1012 少年劇団は教会付属合唱団などから発達したようで、歌や演奏ができる子も多く、音楽的要素の多い芝居をやっていたようです(成人劇団の芝居も音楽的要素はかなりあるのですが)。少年がやっていたとは思えないような複雑な演目もやっています。
#Shax_nichigei_1012 役者の育成は徒弟制です。成人劇団は株主(sharer, stakeholder)が幹部として劇団を率いていました。国王一座の場合、劇団株主のほとんどが劇場の建物の権利者(housekeeper)でもあったようです。劇作家の原稿料はあんまりよろしくなかったようです。
#Shax_nichigei_1012 今みたいに著作権法がありませんので、再演のたびに権利料が入ったりとかはしません。シェイクスピアは株主だったので、単に戯曲を売るだけではない、安定した収入があったようです。
#Shax_nichigei_1012 興行主としては先程、出てきたヘンズロウが有名です。スターのエドワード・アレンの義父でもあり、芝居以外に熊いじめとかいろいろやってました。熊いじめというのは、文字どおり熊をいじめるところをみんなで見て楽しむエンタテイメントです。
#Shax_nichigei_1012 趣味の悪い娯楽だと思うかもしれませんが、この頃は熊いじめは人気があったようです。
#Shax_nichigei_1012 それでは役者の話にいきましょう。シェイクスピアの時代のロンドンの商業演劇はオールメールで、女役は少年俳優が演じていました。年をとると女役を引退し、男役に移行します。歌舞伎と違って年長になってからも女役専門で当たり前、みたいなシステムではありません。
#Shax_nichigei_1012 なお、「女優禁止法」というような、女性が舞台にあがることをピンポイントで禁止した法律が存在したわけではありません。実際、アマチュアの上演には女性が参加してますし、ヨーロッパ大陸から劇団が巡業してきた時には女優も出演して公演が行われています。
#Shax_nichigei_1012 映画『恋におちたシェイクスピア』などの影響で、「女優禁止法」みたいなのがあったと思っている人がいるのですが、そういうことではありません。いろんな法規と商慣習の兼ね合いで、ロンドンのプロフェッショナルな商業演劇には女優を育成・雇用するシステムがなかったようです
#Shax_nichigei_1012 しかしながら1642年にイングランド内戦の影響でロンドンの商業劇場が閉鎖されました。ここで断絶があります。1660年、チャールズ2世が即位し、王政復古でロンドンの劇場が再開し、女優育成も開始されました。1662年に、女役は女優が演じるべきだということになりました
#Shax_nichigei_1012 左は近世イングランド演劇最後の女形と言われてご婦人方に大人気だったらしいエドワード・キナストン、右は初期のスター女優のひとりでチャールズ2世の愛人になったネル・グウィンです。
commons.wikimedia.org/wiki/File:Edwa…
commons.wikimedia.org/wiki/File:Simo… ImageImage
#Shax_nichigei_1012 絵のポーズから推測できるかもしれませんが、女優の誕生とともにイングランド演劇はけっこうセクシー志向で女性の美しい肉体を売り物にするみたいな芝居も増えていきます。このへんは学期の後になってからまた解説します。
#Shax_nichigei_1012 しかしながら十代で終わりの女役と違い、いろんな役にチャレンジして長く人気を保てるのが男役で、看板スターはこういう人たちです。国王一座の看板スターがリチャード・バーベッジ(Richard Burbage, 1568–1619)です。シアター座を設立したジェイムズ・バーベッジの息子です。
#Shax_nichigei_1012 座付き作者の台本はおおむね当て書きと思われるので、『リチャード三世』などシェイクスピア劇の主役の多くがバーベッジを想定して書かれたのではないかと言われています。『ハムレット』みたいな負担のかかる役は看板役者の力を余すところなく見せられるものだったのでしょう。
#Shax_nichigei_1012 もうひとり、有名なスターがエドワード・アレン(Edward Alleyn, 1566–1626)です。海軍大臣一座の看板スターで、クリストファー・マーロウの作品などで主演をつとめたと考えられます。今も存在する学校ダリッジ・カレッジを設立するなど、チャリティもやってました。
#Shax_nichigei_1012 それから欠かせないのが道化役です。オモシロい役者は大人気でした。宮内大臣一座(のちの国王一座)の看板道化役ウィリアム・ケンプ(William Kempe, 生没年不明)はジグ踊りの名手で、ドタバタ劇や身体的なコメディを得意とし、『から騒ぎ』のドグベリーなどを演じたと思われます。
#Shax_nichigei_1012 ケンプの後に来たのがロバート・アーミン(Robert Armin, 1563–1615)です。自身が作家でもあり、機知に富んだ笑いを得意としました。『お気に召すまま』のタッチストンなどはこの人が演じたのじゃないかと推測されています。
#Shax_nichigei_1012 基本的に、座付き役者であるシェイクスピアの戯曲は所属する宮内大臣一座/国王一座の役者を想定した「あて書き」であることが多いと思われます。女役(十代の若者でそんなにたくさんいない)が少ない作品が多い一方、男性スターを前面に出した作品が多いのはこれが一覧でしょう。
#Shax_nichigei_1012 歌やジョークなども特定の役者を想定して書かれている場合があります。今、シェイクスピアの戯曲を読んでいて「なんだこれ」みたいに思う台詞はそういうものである可能性があります。
#Shax_nichigei_1012 たとえば『ハムレット』で、ポローニアスがシーザーの役をアマチュア演劇で昔やったとかいう台詞があるんですが、これは同じ役者がポローニアスと『ジュリアス・シーザー』のシーザーをやってて、レパートリーで上演してたのに引っかけた楽屋落ちじゃないかと言われてます。
#Shax_nichigei_1012 それでは本日のまとめですが、この頃の劇場にはグローブ座みたいな天井がないものとブラックフライアーズ座みたいな室内劇場で富裕層向けのものがあったこと、成人劇団と少年劇団があったこと、オールメールで人気スターがいたことなどを押さえておいてください。
#Shax_nichigei_1012 それから日芸の履修者には実演をする人がたくさんいると思いますが、今日の授業の大きな教訓として、安全対策なしに大砲などの火気を使用するのは絶対にやめましょう。一発でグローブ座が炎上します。歴史に学んで安全確認!火を使うときは万全の安全対策を!
#Shax_nichigei_1012 それでは履修者の皆さんはグーグルクラスルームに設置したアンケート課題に答えてください。先週は課題に不具合が出て大変申し訳ありませんでした。あと、来週はツイッター講義ではなくビデオを見るオンデマンドになりますので注意してください。クラスページで通知します。

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