#Shax_nichigei_1026 こんにちは。「古典演劇研究II:シェイクスピア」の授業は先週はビデオを見る予習セッションでしたが、本日はツイッター講義に戻ります。第6回「近世イングランド演劇の流れ」ということで、中世末期から内戦までの演劇の流れをざっくり確認します。
#Shax_nichigei_1026 日芸の履修者の皆さんはスライドを用意してください。まずはシェイクスピアがやってくる近世の前にある、中世ヨーロッパの演劇について簡単に説明します。中世劇は古代ローマ・ギリシアの演劇とも、近代演劇ともかなり違い、キリスト教の影響が濃厚です。
#Shax_nichigei_1026 祝祭時などに上演したようです。ブリテン諸島、イタリア、フランス、ドイツなどヨーロッパのいろいろな地域で発達しました。→文字があまり読めない一般の信徒にも、聖書の物語やキリスト教的教訓などをわかりやすく伝えることができるメディアでした。
#Shax_nichigei_1026 サイクル・プレイ(聖書などを題材にした一連の芝居)や道徳劇などが上演されました。サイクル・プレイは天地創造から天地創造~最後の審判まで、聖書の出来事を題材にした芝居を上演します(あんまり聖書に沿ってない、民間伝承っぽいものを取り入れた作品もあります)。
#Shax_nichigei_1026 道徳劇は寓意を用いて道徳を説く芝居です。「人間」「万人」などという、人間一般を象徴するような登場人物が出てきて、その魂を「美徳」「悪徳」などという抽象概念を擬人化した登場人物が争う筋立てです。
#Shax_nichigei_1026 中世道徳劇はイギリスでは今も上演されることがありまして、これは2015年にロンドンのナショナル・シアターが『万人』を大スターのチュイテル・イジョフォー主演でやった時のトレイラーです。台詞などは現代の詩人がいじってます。
#Shax_nichigei_1026 これで中世の芝居なんですよ!現代劇みたいでしょ?チュイテル・イジョフォーが「万人」つまり人間代表の役で、拝金主義とドラッグに溺れて堕落していたところに神がやってきます。
#Shax_nichigei_1026 ブリテン諸島の中世劇は宗教改革とともに衰退するのですが、シェイクスピアが子供の頃もにはまだやっていて、おそらく見たことがあるのではないかと言われています。シェイクスピア劇に出てくる悪役は中世劇のヴァイス(悪徳)にけっこう似ています。
#Shax_nichigei_1026 ヴァイスは主人公を堕落させようとするワルい奴なのですが、お客さんに直接話しかけたり、オモシロいキャラクターです。オモシロくないと、他人を悪いことに誘って堕落させるとか無理ですからね。
#Shax_nichigei_1026 ちなみにブッシュ政権の副大統領(ヴァイスプレジデント、Vice President)だったディック・チェイニーを描いた『バイス』(Vice)って映画がありますが、これは副大統領と「悪徳」を引っかけてます。中世劇よりかシェイクスピアっぽい映画ですが。
#Shax_nichigei_1026 悪徳にこだわりすぎたので次いきましょう。ヘンリー八世時代の演劇は中世風の道徳劇を受け継いでおり、また意外と政治的な題材のものもあります。ジョン・ヘイウッド『天候の劇』(The Play of the Weather、1528–1533)ってのがありまして、これは題名通り天候調査の芝居です。
#Shax_nichigei_1026 『天候の劇』では、神様の元締めであるジュピターが、イングランドの人々はいったいどういう天気を望んでいるのか、使いのMerry Report(「楽しいご報告」)に調査を命じます。イングランドのいろいろな人々が好き勝手に自分の得になる天気を求めます。
#Shax_nichigei_1026 しまいには天気を廃止しろみたいなことを言うやつまで出てきて、収拾がつかないので、ジュピターは結局、皆のために今までどおりいろいろな天候を組み合わせた気候を続けることにします。
#Shax_nichigei_1026 これは天気の話ですけどめちゃめちゃ政治的なんですね。なぜかというと、国王(ヘンリー八世)に、みんなの意見を聞いて急激な改革はしないようにし、バランスのとれた治世を実現してくださいねーって目配せする芝居だからです。天気怖いですね。
#Shax_nichigei_1026 スコットランドにも芝居がありました。ジェームズ五世の時代にサー・デイヴィッド・リンジー『三大階級諷刺』(A Satire of the Three Estates、1540年頃)というのが書かれています。スコッツ語で書かれた唯一現存する道徳劇です。いる。
#Shax_nichigei_1026 表題の三大階級とは聖職者、貴族、商人などの町人を指します。様々な悪徳や美徳の名を冠した人物を登場させ、悪徳が美徳に戦いを挑んで結局は敗れ去るまでの様子を強烈な諷刺をこめて描いています。1540年にリンリスゴーの宮廷でジェームズ5世夫妻のために上演されました。
#Shax_nichigei_1026 スコットランドの演劇は宮廷に頼っていたため、ジェームズ6世がイングランドの王冠を得て王室がロンドンに移動するとスコットランド人による演劇活動が低調になってしまいました。
#Shax_nichigei_1026 エリザベス朝の商業演劇にいきましょう。エリザベス1世の治世初期の喜劇はわりと素朴で、またプラウトゥスやテレンティウスなど、当時の学校教育に組み込まれていた古代ローマのラテン語喜劇の影響が見られるものもあります。
#Shax_nichigei_1026 喜劇には『ガマー・ガートンの縫い針』(Gammer Gurton’s Neesle, 1550 – 60、作者不明)とか、男子校の生徒が上演することを想定して書かれたらしいニコラス・ユーダール『ラルフ・ロイスター・ドイスター』(Ralph Roister Doister, 1552)などがあります。
#Shax_nichigei_1026 悲劇としてはトマス・ノートン、トマス・サックヴィル作『ゴーボダック』(Gorboduc, 1562)などがあります。歴史ものの悲劇が書かれるようになりますが、このへんには古代ローマのセネカ劇の影響も指摘されています。
#Shax_nichigei_1026 そうして商業劇場に「大学才人」(University Wits)たちが登場します。オクスフォード大学やケンブリッジ大学を出た高学歴な劇作家たちで、幅広い古典の教養や外国語の知識を有する一方、商業劇場の特質を理解していました。
#Shax_nichigei_1026 こういう作家の作品はギリシア・ローマの古典などをあらすじのもとにしていますが、古典的な劇作の規則には従わず、ロンドン市民に受けそうな現代的味付けを施していました。
#Shax_nichigei_1026 性や暴力についての描写は比較的あからさまで、喜劇的要素と悲劇的要素がいりまじっているものも多いです。陽気な恋愛ものや、壮大でドラマティックな悲劇が人気があったようです。
#Shax_nichigei_1026 ここで気をつけてほしいのは、当時の劇作家は「詩人」だったということです。Playwrightという言葉の最も古い用例は1605年のもので、比較的新しい言葉であったと思われます。当時の芝居は詩人(poet)が書くものであり、台詞も詩で書かれていることが多かったです。
#Shax_nichigei_1026 劇作家の多くは戯曲だけでなく、詩や散文のロマンスなども書いていて、poetと呼ばれていました。なお、小説はまだ発達していませんので小説家はいません。
#Shax_nichigei_1026 また、シェイクスピアの陰に隠れた著名な劇作家たちにも注目してほしいと思っています。日本では近世ロンドンの劇作家というとシェイクスピアのみがよく知られていますが、他にも多数の傑出した劇作家がいました。
#Shax_nichigei_1026 こうした作家の作品についてもUKでは再演が行われ、とくに近年は長年上演されなかった作品の復活上演も盛んです。シェイクスピアだけが飛び抜けて優れた人気作家であったわけではなく、綺羅星の如き劇作家がたくさんいたと思ってください。
#Shax_nichigei_1026 その中で頭一つ抜け出ているのがクリストファー・マーロウ(Christopher Marlowe)です。生没年は1564 - 1593、シェイクスピアと年は同じです(活動開始は早かった)。ケンブリッジ大学で学び、ブランク・ヴァース(blank verse)による壮大な悲劇を英語の商業演劇に導入しました。
#Shax_nichigei_1026 マーロウは酒場でケンカをし、29歳の若さで死亡しています。突然の死であったため、諜報活動に関わっていて殺されていたのではないかというような噂がたっていますが、詳しいことはわかっていません。
#Shax_nichigei_1026 他にもマーロウは現代風の言い方で言うと同性愛者だったのではないかとか、無神論者であったのではないかとか、いろいろ推測がありますがよくわかっていません。ただしそういう推測が出てくる程度には作品が過激です。
#Shax_nichigei_1026 戯曲としては『カルタゴの女王ディードー』、『タンバレイン大王』(第一部及び第二部)、『フォースタス博士』、『エドワード二世』、『マルタ島のユダヤ人』、『パリの虐殺』を残しました。長詩「ヒーローとリアンダー」も有名です。
#Shax_nichigei_1026 『タンバレイン大王』はティムールを主人公に、マキャヴェリスト的な君主の姿を壮大なスケールで描いた作品です。マーロウ作品に出てくる登場人物はとにかくスケールがデカいです。
#Shax_nichigei_1026 『フォースタス博士』はファウスト伝説を主題とするもので、学知のために悪魔と取引をした博士の話です。これは知識が持つ力についての作品で、一見「学者は悪魔に魂を売ってはいけないよ」という道徳的な話…に見えますが、そのわりにはなんかちょっとおかしいんですね。
#Shax_nichigei_1026 私の意見ですが、その後に地獄に落ちることがわかっていてもフォースタスは悪魔に魂を渡しましたし、これは研究者ならわりとそうする人もいるかと思います。それくらい知というのは強い権力であり、魅力的だからです。学者の業を描いた物語です。
#Shax_nichigei_1026 その後に悪いことが起こるとわかっていてもやってしまう、そういう人間の運命を描くのが悲劇です。この点で『フォースタス博士』は、バッドエンドがわかっていてもやらずにはいられない学者の運命を描いた直球の悲劇と言えるでしょう。
#Shax_nichigei_1026 『エドワード二世』は、近世イングランドのお芝居ではもっとも直接的に同性間の恋愛を描いている作品ではないかと思います。最近はかなりよく上演されます。
#Shax_nichigei_1026 『マルタ島のユダヤ人』はタイトルロールであるユダヤ人バラバスがいろんな悪いことをする芝居で、反ユダヤ主義的な芝居に見える…のですが、よく見るとちょっとおかしいというか、この芝居に出てくる人はキリスト教徒もムスリムも全員ヘンです。
#Shax_nichigei_1026 どいつもこいつもおかしな奴ばっかり出てくる芝居です。そういうわけで、反ユダヤ主義に見せかけて宗教全部をバカにする芝居なのかもしれず、どうにでも解釈できそうで、これまた刺激的かつラディカルな作品です。
#Shax_nichigei_1026 しかしながらマーロウは若死にしましたので、シェイクスピアみたいに有名にはなりませんでした。皆さんが演劇を志して名を残したいと思っているなら、一番大事なのはとりあえず早死にしないことです。マーロウを他山の石とし、酒場でケンカをしないようにしましょう。
#Shax_nichigei_1026 他にもシェイクスピア以前から同時代くらいには著名な劇作家がたくさんいます。ロバート・グリーン(Robert Greene、『ベイコンとバンゲイ』Friar Bacon and Friar Bungay)、ジョージ・ピール(George Peele、『お婆ちゃんの冬物語』The Old Wives' Tale)、(続)
#Shax_nichigei_1026 トマス・キッド(Thomas Kyd、 『スペインの悲劇』The Spanish Tragedy)、ジョン・リリー(John Lyly、『ガラテア』Gallathea、『ユーフュイーズ』Euphues, 散文の物語)などが有名かと思います。
#Shax_nichigei_1026 この中で一作あげるならリリー『ガラテア』ですかね。男装の美少女ふたりが田園風景の中で出会ってお互いを男と思って夢中になる男装百合です。最後は愛の女神ヴィーナスが介入して、どっちかを男の子にしてあげると約束します。
#Shax_nichigei_1026 ジャコビアン演劇(Jacobean drama)にいきましょう。エリザベス1世は1603年にお亡くなりになります。ジャコビアン演劇はジェームズ1世(6世)治世の演劇(1603 - 1625)を指すますが、前のエリザベスの治世や、後のチャールズ1世の治世をまたいで活躍した劇作家も多いです。
#Shax_nichigei_1026 スコットランドものとか、また非常に学識豊かだったジェームズ1世(6世)の宮廷を背景に、魔女劇なども流行します。ジェームズは魔女とかにやたら興味がありました。『マクベス』はスコットランドで魔女もの、まさにジェームズの宮廷の趣味にあわせて書かれていますね。
#Shax_nichigei_1026 ジャコビアン悲劇は政治的陰謀や性的欲望を主題にした、残虐性・エロティシズム・ブラックユーモアを特徴とする作品がわりと多いです。あまりに露骨な性描写や暴力描写のため、しばらく上演されなかった戯曲も多いのですが、近年復活上演が盛んです。
#Shax_nichigei_1026 あとは都市喜劇(city comedy)ですね。喜劇のほうでは、ロンドンを舞台にした諷刺的な喜劇が多数書かれました。この分野で有名なのがシェイクスピアのおともだちのベン・ジョンソン(Ben Jonson)です。
#Shax_nichigei_1026 生没年は1572–1637、スコットランド系です。貧しい生まれで正規の大学教育課程を修了することができなかったのですが、非常に教養があったと言われています。辛辣な機知に富んだ諷刺喜劇を得意とし、詩やマスクの分野でも活躍し、桂冠詩人になりました。
#Shax_nichigei_1026 全集を自分で編纂していて(1616)、出版史上でも重要な人です。劇作家の作品をきちんと全集にしましょうみたいなトレンドを作った人と言えます。代表作は今もしばしば上演されます。
#Shax_nichigei_1026 『十人十色』(Every Man in his Humour)、『ヴォルポーネ』(Volpone)、『エピシーン』(Epicene, or the Silent Woman)、『錬金術師』(The Alchemist)、『浮かれ縁日』(Bartholomew Fair)、『悪魔は頓馬』(The Devil is an Ass)、『新聞商会』(The Staple of News)が代表作です。
#Shax_nichigei_1026 一番よく上演されるのは『錬金術師』(The Alchemist)だと思います。1610年主演で、疫病の流行が背景のお芝居なので今の世相にぴったりですね。舞台は疫病で貴族たちがほとんど田舎に引きこもってしまったため、身分の高い人々がいなくなってしまったロンドンです。
#Shax_nichigei_1026 話は今で言うニセ科学詐欺の物語です。主人ラヴウィットに留守番をまかされた執事ジェレミーは詐欺師サトルと娼婦ドルを仲間に引き込み、あやしい秘薬やまじないで金をまきあげる錬金術詐欺を始めます。
#Shax_nichigei_1026 女好きの貴族、再洗礼派、ばくち打ちや商人、田舎者などのカモをあの手この手で騙して大もうけをしますが、最後は急に帰ってきた主人ラヴウィットに全てバレてしまいます。
#Shax_nichigei_1026 この芝居ですが、疫病が流行ってるというのに出てくる人たちは自分たちが死ぬかもしれないという危機感が一切なくて、あまりの生命力の強さにビビります。疫病につけこんでもうけることしか考えてません。今もそういう人、たくさんいますね。
#Shax_nichigei_1026 2014年に日本で上演 en21.co.jp/renkinjutusi.h… 、2016年にロイヤル・シェイクスピア・カンパニーが上演していて予告もあります。
#Shax_nichigei_1026 それからジョン・ウェブスター(John Webster)にいきましょう。生没年は1580年くらい–1638年くらい、詳細不明です。おそらく法律家になるため勉強していたと思われますが、劇作家に転身しました。人間の残虐性や恐怖をあからさまに描き出す悲劇を得意としています。
#Shax_nichigei_1026 代表作は『白い悪魔』(The White Devil)、『モルフィ公爵夫人』(The Duchess of Malfi)、おそらくトマス・ヘイウッドと共作した『アッピアスとヴァージニア』(Appius and Virginia)などです。
#Shax_nichigei_1026 ウェブスターの悲劇はヒロインが特徴的で、『白い悪魔』に出てくるヴィットリアはたぶん近世イングランド演劇に出てくるセクシーなワルの女性キャラとしてはトップクラスによく書けているのではないかと思います。
#Shax_nichigei_1026 一方で気高い女性を描いているのが『モルフィ公爵夫人』です。これは1614年頃に初演されました。モルフィ公爵夫人は若く美しい寡婦ですが、、その兄である枢機卿とファーディナンドは妹の莫大な財産への欲や美しい妹への執着心から、再婚を阻止しようとします。
#Shax_nichigei_1026 モルフィ公爵夫人は強欲な兄たちの言うことをきかず、身分は低いものの人柄が立派なアントニオと秘密結婚して子供を作ります。これを知った兄たちは激怒し、使用人のボゾラを使って公爵夫人を幽閉し、夫人、下の2人の子供たちや侍女もろとも皆殺しにします。
#Shax_nichigei_1026 ところが公爵夫人殺し直後からボゾラは良心の呵責に苛まれ、罪滅ぼしにファーディナンドを殺そうとして誤ってアントニオを殺害します。ボゾラは枢機卿を殺し、ファーディナンドと差し違えて双方死亡。公爵夫人とアントニオの子供のうち生き残った長子が財産を受け継ぎます。
#Shax_nichigei_1026 モルフィ公爵夫人は近世イングランドの芝居の中でも最も気高く悲劇的なヒロインとされており、頻繁に再演されています。グローブ座内サム・ワナメイカー劇場で上演された際のクリップがありますので見てください。 
#Shax_nichigei_1026 トマス・ミドルトン(Thomas Middleton)にいきましょう。生没年:1580 – 1627
オクスフォード大学で教育を受けたが、卒業しなかったと思われます。悲劇や都市喜劇を得意とし、非常に残虐で人間の強欲を辛辣に描く作風です。
#Shax_nichigei_1026 シェイクスピアと共作をしたり、また改訂もしたのではないかと言われています。代表作は『チープサイドの貞淑な乙女』(A Chaste Maid in Cheapside)、『女よ女に心せよ』(Women Beware Women)、ロウリーとの共作『チェンジリング』(The Changeling)など。
#Shax_nichigei_1026 このほかに著者不明だった『復讐者の悲劇』(The Revenger’s Tragedy)も最近はミドルトン作じゃないかと言われているのですが、これはたぶん近世イングランド演劇で一番残虐です。残虐すぎて笑えます。
#Shax_nichigei_1026 悪い公爵が出てくるんですけど、この公爵は毒入りガイコツを美人と間違ってキスすることにより毒を盛られた末、ボコられて刺されて死にます。普通、どれかひとつで死ぬと思うんですけどね…最初の殺害方法は独創性がありすぎるやり方ですが…
#Shax_nichigei_1026 『チェンジリング』は今で言うエロティックスリラーかと思います。『チェンジリング』とか『女よ女に心せよ』とかはなんとなく鶴屋南北とかにちょっと雰囲気が似てるというか、とにかく色と欲に満ち満ちた話です。
#Shax_nichigei_1026 それからジョン・フレッチャー(John Fletcher)にいきましょう。生没年は1579–1625、ケンブリッジ大学で学びました。フランシス・ボーモントとの共作で名高く、またシェイクスピアとも共作しています。非常に人気のある劇作家でした。
#Shax_nichigei_1026 代表作は単独作『女の勝利またの名じゃじゃ馬馴らしが馴らされて』(The Woman’s Prize, or The Tamer Tamed)、『野鴨追い』(The Wild Goose Chase)、『忠臣』(The Loyal Subject)、シェイクスピアとの共作『ヘンリー八世』(Henry VII)、『二人の貴公子』(Two Noble Kinsmen)、
#Shax_nichigei_1026 フランシス・ボーモントとの共作『乙女の悲劇』(The Maid’s Tragedy)など。『女の勝利またの名じゃじゃ馬馴らしが馴らされて』はシェイクスピアの『じゃじゃ馬馴らし』の続編みたいなやつで、女性側が逆襲します。
#Shax_nichigei_1026 その他の著名な劇作家としてはフレッチャーの共作者フランシス・ボーモント(Francis Beaumont, 1584/5–1616)、ベン・ジョンソン、ジョン・マーストンとの共作『東行きだよーお』(Westward, Ho)を書いたジョージ・チャップマン(George Chapman, 1559/60–1634)、(続)
#Shax_nichigei_1026 『靴屋の祭日』(The Shoemaker’s Holiday)を書いたトマス・デッカー(Thomas Dekker, 1572頃–1632)、不倫もの家庭悲劇『優しさで殺された女』(A Woman Killed with Kindness)を書いたトマス・ヘイウッド(Thomas Heywood, 1573頃–1641)、
#Shax_nichigei_1026 『不満居士』(The Malcontent)を書いたジョン・マーストン(John Marston, 1576-1634)、『無神論者の悲劇』(The Atheist’s Tragedy)を書いたシリル・ターナー(Cyril Tourneur, 1626年に死亡)などがいます。
#Shax_nichigei_1026 もう少しだけお付き合いを。カロライン演劇(Caroline Drama)にいきましょう。チャールズ1世治世の演劇のことで、日本語での定訳はありません。1625年–1642年頃までの演劇です。ジャコビアン演劇の時代から活躍している劇作家も多いです。
#Shax_nichigei_1026 1630年代以降は政情を反映し、政治的論争や社会批判などのテーマを秘めた作品が目につくようになります。1642年にロンドンの劇場が閉鎖されて終わります。
#Shax_nichigei_1026 この頃の有名な作家としてはジョン・フォード(John Ford)がいます。生没年は1586-没年不明、1639年から1653年までの間に亡くなってます。オクスフォードで教育を受けたあと、法律を学びました。シェイクスピアから強い影響を受けていると言われています。
#Shax_nichigei_1026 代表作はトマス・デッカー、ウィリアム・ロウリーとの共作『エドモントンの魔女』(The Witch of Edmonton)、単独作『あわれ彼女は娼婦』(’Tis Pity She’s a Whore)、『心破れて』(The Broken Heart)などです。
#Shax_nichigei_1026 この中で最もよく上演されるのが『あわれ彼女は娼婦』(’Tis Pity She’s a Whore)です。1633年に刊行されますたが、おそらく書かれたのはもっと前と思われます。近親相姦を扱った恋愛悲劇です。
#Shax_nichigei_1026 イタリアのパルマが舞台です。ジョバンニと血のつながった妹アナベラは激しい恋に落ち、近親相姦の罪を知りながら結ばれてしまいます。アナベラは体面のためソランゾと結婚し、おそらく兄の子を妊娠したことを隠しますが、ソランゾは不倫に気付きます。
#Shax_nichigei_1026 窮地に陥ったジョバンニはアナベラを殺し、その心臓を持って宴席に出てソランゾを殺します。ジョバンニも殺され、枢機卿がアナベラのことを‘Who could not say, ’Tis pity she‘s a whore?’「あわれ彼女は娼婦であった、と言えぬ者があろうか」と言って芝居が終わります。
#Shax_nichigei_1026 このアナベラの心臓を持ってジョバンニが宴席に入ってくるところは舞台で見るとなんかすごいですね。近世イングランド演劇には出席したくないパーティがいっぱい出てくるんですけど、私はこれが一番出たくないやつかもしれないですね。
#Shax_nichigei_1026 タイトルの‘whore’「娼婦」の意味にはかなり問題があります。家父長制の時代において婚外性交渉をした女性はwhoreと呼ばれ、社会的に差別を受けていました。現代人の感覚ではアナベラはなんかかわいそうに見えたりするのですが、でもwhoreと言われるわけです。
#Shax_nichigei_1026 こういう言葉の使い方はセックスワーカー差別でもありますし(セックスワーカーを意味する言葉を女性に対する罵倒語として使用しているわけなので)、さらに女性にだけ性的ダブルスタンダードが適用されていたことを示すものでもあります。
#Shax_nichigei_1026 『あわれ彼女は娼婦』はわりと日本のお客さんにも好かれるような哀感のある芝居で、けっこう上演されます。
#Shax_nichigei_1026 また、アンジェラ・カーター「ジョン・フォードの『あわれ彼女は娼婦』 」という短編があります。これは同名のアメリカの西部劇映画を得意とする監督ジョン・フォードが『あわれ彼女は娼婦』を撮ったら…という話です。
#Shax_nichigei_1026 その他の著名な劇作家としては、フィリップ・マッシンジャー(Philip Massinger, 1583–1640年、『ミラノ公爵』The Duke of Milan、『町人奥様』The City Madam)、(続)
#Shax_nichigei_1026 リチャード・ブルーム(Richard Brome, 1590年頃–1652、『愉快な仲間またの名浮かれ乞食』A Jovial Crew or The Merry Beggars)、ジェイムズ・シャーリー(James Shirley, 1596-1666、『快楽夫人』The Lady of Pleasure、『アイルランドの聖パトリック』St. Patrick for Ireland)
#Shax_nichigei_1026 などがいます。シャーリーは1636年、疫病発生中にロンドンの劇場が閉鎖されたため、ジョン・オギルビーに請われてダブリンへ渡航、1640年までワーバーク座のために執筆しました。
#Shax_nichigei_1026 その時に書いた 『アイルランドの聖パトリック』は、アイルランドの守護聖人パトリックが地元の悪いドルイド魔術師と魔術対決するみたいな芝居です。
#Shax_nichigei_1026 それから宮廷仮面劇(マスク)の話を。マスクは近世ヨーロッパの宮廷で人気のあった、音楽や踊りをふんだんに用いた象徴的・寓意的で華やかなショーです。ジェームズ一世とアン王妃、チャールズ一世とヘンリエッタ・マライア王妃の宮廷でとくに盛んでした。
#Shax_nichigei_1026 マスクには王妃や侍女を初めとした女性が踊り手として出演し、アマチュア女性が出演できる数少ないエンタテイメントでした。ベン・ジョンソンが台本を書き、イニゴー・ジョーンズがデザインを担当していました。『黒の仮面劇』(1605)、『女王の仮面劇』(1609)などがあります。
#Shax_nichigei_1026 マスクはイニゴー・ジョーンズがデザインしたバンケティング・ハウスなどで上演されていました。バンケティング・ハウスはこんな感じのところです。
commons.wikimedia.org/wiki/File:Banq…
commons.wikimedia.org/wiki/File:Banq…
commons.wikimedia.org/wiki/File:Banq… ImageImageImage
#Shax_nichigei_1026 バンケティング・ハウスは公開されてますので、入れるのじゃないかと思います(予約は要るかも)。 hrp.org.uk/banqueting-hou…
#Shax_nichigei_1026 なお、イニゴー・ジョーンズがベン・ジョンソンのマスク用に作ったデザインが残ってます。人種とかも含めていろいろ興味深い史料です。
commons.wikimedia.org/wiki/File:Hous…
commons.wikimedia.org/wiki/File:Jone…
commons.wikimedia.org/wiki/File:Inig… ImageImageImage
#Shax_nichigei_1026 マスクは現在では全く人気がないのですが、ただ私は2011年にマスクと称するものを見たことがあります。ブラーのデーモン・アルバーンが作った『ドクター・ディー』(2011)はマスクと呼ばれていました。
#Shax_nichigei_1026 そろそろ劇場もおしまいですね。1642年にイングランド内戦が勃発し、風紀上の理由でロンドンの芝居小屋が閉鎖されます。1660年までは、商業演劇を常設劇場で実施できなくなりました。風紀とか安全はもちろん、芝居の政治性も批判の対象になりました。
#Shax_nichigei_1026 ただし、ロンドンで芝居小屋をあけられなくても逃げ道はあります。戯曲を本で読むことはできますし、学校や私邸などにプロを呼んで上演したり、アマチュア演劇もできました。
#Shax_nichigei_1026 それでは長くなりましたが今日の授業はこれで終わります。日芸の履修者の皆さんはグーグルクラスルームの課題をチェックして答えてください。
#Shax_nichigei_1026 最後に一言。今週末は選挙ですね。前も言いましたが、議会を開かない政治家がトップだと芝居がつぶれるというのを歴史の教訓として、皆さんも選挙には是非行くようにしてくださいね。

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#Shax_nichigei_1130 こんにちは。これから「古典演劇研究II シェイクスピア」の授業を始めます。今日は「印刷と出版」です。シェイクスピアの時代の戯曲の刊行についてお話します。履修登録者の皆さんは授業資料を用意してください。
#Shax_nichigei_1130 まず、小説と戯曲の違いについてお話します。小説はそれ自体で完結しているところがありますが、戯曲は読んで楽しめるだけではなく、上演のための設計図です。読みながら上演方法を想像したほうが楽しめる場合もあります。
#Shax_nichigei_1130 一方で戯曲は初演時の物理的な状況(役者の数や予算、セットの都合)などに左右される場合も多いです。また、上演はされたものの、本として印刷はされなかった芝居もあります。今でもそういう消えていく戯曲はたくさんありますね。
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16 Nov
#Shax_nichigei_1116 こんにちは。これから「古典演劇研究II シェイクスピア」の授業を始めます。今日は「シェイクスピア劇とジャンル」です。いろいろなジャンルについてお話したいと思いますので、履修登録者の皆さんは授業資料を用意してください。
#Shax_nichigei_1116 まずは質問です。世界最古の現存するミステリ戯曲は何でしょう?
#Shax_nichigei_1116 答えはソフォクレス『オイディプス王』(おそらく紀元前430年前後)です。このお芝居では(以下、犯人ネタバレあります!)、オイディプス王が自分が父を殺し母と結婚した犯人であることを知ります。
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9 Nov
#Shax_nichigei_1109 こんにちは、お久しぶりです。これから日芸の「古典演劇研究II シェイクスピア」第7回「シェイクスピアの舞台とはどんなものか?」の授業を始めます。履修者の皆さんはスライドの第7回にあたるものを見てください。
#Shax_nichigei_1109 今日はざっくりとシェイクスピアの上演についての基本的な知識をおさえます。第一部は英語の台詞の韻律について、第二部は最近の上演にかかわるさまざまなトピックを簡単におさえます。
#Shax_nichigei_1109 まずプロローグとしてシェイクスピア劇を見る時の手がかりについてお話します。基本的に、シェイクスピア劇の主人公はひどくおしゃべりで自分が考えていることをいろいろ台詞で観客に伝えてくれますが、観客が一番知りたがっていることについてはストレートに教えてくれません。
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12 Oct
#Shax_nichigei_1012 こんにちは。これから日芸のシェイクスピア講義第4回を始めます。今日は「劇場・劇団・役者」をテーマに簡単に近世ロンドンの演劇をする環境についてお話します。履修者の皆さんはスライドを見てください。
#Shax_nichigei_1012 ロンドンに常設稼働する商業劇場ができる前から演劇じたいはありました。パブとか野外の催事ができるところ、また移動式の山車みたいなものを使って出し物をしていたのではないかと言われています。今でもロンドンにはショーができるパブはたくさんあります。
#Shax_nichigei_1012 ロンドンの常時稼働する商業劇場については、1560年代にレッドライオンというのが短期間あったのですが、初めてうまくいったのは1576年にショアディッチにできた劇場です。その名もThe Theatre。「あの小屋」って意味ですね。一つしかなかったんで。
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