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12 Oct, 16 tweets, 1 min read
高橋弘樹『都会の異界』(SHC)

ーいちばん幸せな暮らしとは何か?それは、「市中の山居」だと思う。都会の中で、田舎のような住まいをすることだ。P10

佃島ほか、東京23区内にある「島」には、「島」であるがゆえの別世界(人の雰囲気も、家賃相場も)がある!
この著者、もともとはテレビ制作会社のディレクターだったということだが、歴史的な物やそこいらをぶらぶらしている人への視点がじつにおもしろい。おもしろ物や人は、おもしろい人のおもしろい視点や好奇心に映るもんなんだよな、と改めて思う。
北区中之島では、釣りをしているおじさんに声をかける。なんと、ウナギを釣っているのだという。

ー「ここら辺で獲れるウナギって食べられるんですね」
「食べられるよ。でもね、本当はウナギ狙うならね、この島では釣れるけどやらないの」
「なんでですか?」↓
「この島だとね、隅田川をのぼってきたウナギが釣れちゃうの。こっちが、隅田川でしょう。隅田川をのぼってきたウナギはダメだよ。おいしくない。だからあっちの荒川をのぼったウナギを狙うのよ。ぜんぜん違う。だから、もう少しあっちで釣るの」
(…)↓
「こんな数十メートルで、ぜんぜん味が違うんですか?」
「うん、ぜんぜん違う。荒川のぼってきたウナギは、本当においしい。なんか、特にここ2~3年、味がすごい良くなったの。それ以前は、1週間くらい、真水で水槽に入れて泥抜きしても、それでも油臭かったの。20年ぐらいいろいろ試したの。↓
牛乳で洗ってみたり、いろいろ。それでも油臭さは抜けなかったの。でも、この2~3年は急においしくなった。うちにたくさん冷凍してあるよ」P121

いや、なんか、すごく濃くないですか?この人も、そこで得られる情報も、ネットをはじめ、メディアには乗ってこないですよ、こういうの。
北区中之島なんてのは、「人が訪れる理由がない」。だから、「それ自体が訪れる理由になる」。そういうところに訪れる人は、だいたいみんな一癖も二癖もあっておもしろい。
京浜島は工場地帯だ。訪れると道路脇に菜の花のようなチンゲンサイの花が咲き誇っている。この花、地方自治体やどこかの企業が植えたものではない。なんと、ひとりのおじさんが、”勝手に”植えたものなのである。
ー「そこの工場で働いてるの。産廃」
65歳になるというそのおじさんは、続ける。
「10年以上前に、電柱の工事とかをする会社から、今の会社に転職してね。京浜島に来た。会社の入り口に立って、産業廃棄物を運んでくるトラックが来るとその誘導をするのが仕事。↓
でもトラックってそんなに頻繁に来るわけじゃないから、その合間に植物を植えたり、手入れをしているんだ。
チンゲンサイの他にもグラジオラスの花とかも植えてるんだよね。この島は殺風景だけど、花があると少し印象も変わるでしょう。」P177
この島は、江戸時代、潜伏キリシタンによって開発された島だという。そのせいもあり、本土のルールは、どうしても島には厳格には及ばない。

ー京浜島のネコたちは、完全に自由だ。
チンゲンサイおじさんも、そうだ。
この島には、東京の平日とは思えない穏やかさで、非日常的な時間が流れている。P180
妙見島で泊まったラブホテルのフロントのおばちゃんに話を聞くと、18歳で一人目の子供を産み、6人の子育てが終わって、40過ぎに今の職に就いたのだという。

ー「その歳だとなかなか求人ないでしょ?で、たまたまビジネスホテルのベッドメイキングの求人があったからやったんだ。↓
そしたら接客やりたかったこと思い出して、フロントやりたいなって思ったの。でもビジネスホテルのフロントって、もういまの時代、英語できないとダメなのね。だからわたしは無理で。そしたら、ここの求人があってね。しゃべりたがらないお客さんもいるから、ちょっと特殊な接客だけどね」↓
「あの、いま幸せですか?」
とっさに、その言葉が口に出た。
「幸せだよー!」
あまりの力強さに、思わずさらに聞いた。
「なぜですか?」
「だって、ここに来る人は、みんな幸せそうなんだもん」
「ああ……」
「そりゃそうでしょ。ここに、不幸せそうに来る人いる?いないでしょ。↓
やることやりたくて来てるんだけど、みーんな幸せそうなの。人の幸せを見てたら、幸せでしょう。そりゃ自分のこと不幸と思ってたら、人の幸せを幸せって思えないかもしれないけど……」
「けど?」
「まあ、別居とかしたこともあるけど……。わたしは夫とラブラブだから!はははー」P274-282
なんだか、どこをどう切り取っても、小説のようだ。映画の一場面のようだ。もちろん、筆者の視点、筆力もあるんだろうが、「島」というほんとうにちょっとした「異空間」「異時間」が、こうした人びとの「普通であることの豊かさ」を支えているのである。

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13 Oct
『堀内誠一 旅と絵本とデザインと』(平凡社)

コロナ・ブックスで堀内誠一があったので購入。何となくは知っていたが、すごく広大な仕事をした人だったんだなぁと改めて。
特にエディトリアル・デザインの仕事。この人の手がける雑誌はただの情報媒体じゃなくて、雑めく芸術だ。本当に愉しい。 ImageImageImage
ー雑誌は音楽の組曲のように、いやもっと食事のコースに似ているかも知れません。アペリチフがあり、前菜、アントレがあり、メイン・ディッシュがあり、デザートや食後酒のツマミがあるという形を先ず想像します。↓
そして食べ方の好みに則して、デザートを増やしたり、なかにはチップスばかり集めたカタログ誌風な雑誌も作れるわけです。
いずれにせよエディトリアル・デザインは料理や作曲の工夫に似ています。面白いスケルツオを長くするのもいいが、延々とアダジオを歌いたい気もあるのです。
Read 6 tweets
13 Oct
若林理砂『絶対に死ぬ私たちがこれだけは知っておきたい健康の話』(ミシマ社)

東洋医学の知見をもとに、これだけやっておけば年相応に健康になります、という方法を指南してくれる。
とてもシンプルな原理原則を外さないだけで、老いて寿命をまっとうするその過程を、普通に清々しく過ごるみたい。 ImageImageImage
健康というと、年齢に関わらず、完全なパフォーマンスをイメージする人が多い。
著者はまず人は必ず老いて死にますという当たり前のことを指摘する。まず、自分の平均余命を意識して、その間、バランスよく生きていければそれが健康ということにしましょう、と。
ちなみに、私はあと28年くらい。 Image
著者は「死への恐怖心から完璧な健康を目指して、さまざまな健康法に手を出した結果、かえって不健康になってしまう例を、臨床でたくさん見てきました」という。ちょっと具合が悪いとすぐに不安になるような、死を恐れるメンタリティが、「完璧な健康」という幻想をよびこむ。どうせ死ぬのに。
Read 22 tweets
22 Sep
マイケル・S・ガザニガ『脳の中の倫理』(梶山あゆみ訳 紀伊国屋書店)

脳死やドーピング、法律が根拠とする自由意志といったトピックに即して、人間の倫理や道徳が、文化相対的、文脈依存的な条件を越えて、ある程度普遍的な反応であるということが論じられる。
特に興味を惹かれたのが9章「信じたがる脳」。

ー脳は電光石火のスピードで信念を生み出すことができる。ほとんど反射的に、と言ってもいい。
今では、信念を生み出すのは左脳だとわかっている。左脳は、世界から受け取った情報に何らかの物語を付与する仕事をしている。(…)↓
信念の大部分は、それが形成されるときに通用していた知識に基づく解釈にすぎない。なぜか心から離れないというだけなのだ。その事実を知れば、今私たちのまわりにあるさまざまな信仰や政治理念を、どうしてまじめに取り合えるだろう。P202
Read 15 tweets
21 Sep
小塩真司編著『非認知能力』(北王子書房)

認知能力は、IQなどの「賢さ」の指標によって測られる。
だがじつは、人生における成功は、賢さ以上の要素に左右される。
その「賢さ以上の要素」をまとめて「非認知能力」と言う。 ImageImageImageImage
ここでは、非認知能力を、誠実性、グリッド、自己制御・自己コントロール、好奇心、批判的思考、楽観性、時間的展望、情動知能、感情調整、共感性、自尊感情、セルフ・コンパッション、マインドフルネス、レジリエンス、エゴ・レジリエンスの切り口でまとめ、それぞれ項目を専門の研究者が論じている。
興味深い件をいくつかフォーカスする。
グリット。これは人生の大きな目標に向けて、自分の行動を制御していく能力である。
単に自己制御能力が高いというだけでなく、自己制御が、さらに上位の目標によって統制されている状態を指す。
ここでは羽生結弦の生活が例として挙げられている。 Image
Read 32 tweets
21 Sep
人間関係のなかで、素のままの自分でいたいと思ったら、「素のままの自分というスタイル」を、つくりあげることですね。
このスタイルがチャーミングなら受け入れられる。鬱陶しいと感じられれば避けられる。
みなさん、周りの人に気遣いしながら生活してると思うんですけど、気遣い、怠い、って気分になることも多いですよね。それは、自分のスタイルをつくろうとしてないからです。
自分のスタイルをつくっていくと、気遣いも楽しくなりますよ。気遣いが、義務ではなく、贈与の意味を帯びてくるんです。
自然体で素敵な人っていますよね。あの人たちって、「自然体でいながら素敵でもある」ってスタイルをつくってるんですよ。
他者の目を排除することが自然体なわけではない。他者の目に応じるのもまた人にとっての自然です。スタイルというのは、まあ、おもてなしじゃないですか?
Read 4 tweets
12 Sep
人との関わりが多い生活を送っているが、それで煮詰まらないのは、人の言うことをほとんど聞き流しているからだ。相手が怒る気も失くすくらいに、いい加減なのである。それで嫌われないのは、おれが、相手が嫌だと感じる反応をしないからだと思う。
おれを嫌う人は「かまってほしい人」である。
だが、かまってほしい人ですら、おれといると、「ひとりでいる所作」を覚えていく。それがどうしても覚えられない人は、離れていく。
おれはいつもひとりでいるので、おれと関わる人も、いつもひとりでいてもらわなければ困る。
しかし、いつもひとりである者同士の関わりは、深く癒されるものだと、おれは感じている。
決して嫌な反応をしない誰かが、いつも何となく気にかけてくれている。とても良くはないか。
Read 4 tweets

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