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16 Oct, 23 tweets, 1 min read
森田真生『僕たちはどう生きるか』(集英社)

ーこれまで反復していた自然がかつてのようには反復しなくなり、当たり前にいたはずの生き物たちが次々と滅びていく世界で、心を壊さず、しかも感じることをやめないで生きていくためには、大胆にこれまでの生き方を編み直していく必要がある。P3-4
本書は2020年3月30日(月)から書き始められる日記形式の連載をもとにしている。
コロナウィルスのパンデミックが広がっていき、「危機を阻止しようとする取り組みが、既存のシステムの順調な作動の急激な停止」をもたらした、その時間の中で、アクチュアル且つラディカルな思考が展開されている。
コロナ、急速な気候変動、これらの人間がもたらした旧来の人間の環境の危機的状況のなか、著者は、この状況を乗り越えていくためには、ラディカルな認識の転回が必要だとする。エコロジカルな転回だ。だがエコロジーとは何か。
ティモシー・モートンの「エコロジカルな自覚」という概念が引用される。
ーエコロジカルな自覚とは、おびただしく多様な時間と空間の尺度があることに目覚めることである。そして、人間はこの広大で、必然的に不首尾な可能性の空間の、ごく狭い領域の一つにすぎないこと、さらに、人間の尺度がいちばん偉いわけではないことに、気づいていくことである。P27
ー純粋に、清潔に、首尾一貫した「自己」という発想自体が、すでに現実味を失っている。自己と非自己、人間とそれ以外と、ものごとを図と地にきれいに分けられると信じるにはもはや、僕たちはあまりにも深く、他者が自分に浸み込んでいることを学んでしまっている。P28
こうしたエコロジカルな自覚を持つなら、「知」ということそのものの位置づけが変わらざるを得ない。これまで知の目指すところは「正しさ」だったー「誤謬に汚染されない清潔な場所に立ち、高みからすべてを曇りなく見張らせるような視点があり得ると、素朴に信じることができる時代があった」。
ーだが、エコロジカルな自覚のもとでは、このような視点の「高さ」という考えそのものが機能しなくなる。エコロジカルな自覚とは、錯綜する関係の網(メッシュ)のなかに、自己を感覚し続けることだからである。網には、すべてを見晴らす「てっぺん」などない。↓
一見どんなに正しく思えることも、意外な仕方で間違っている可能性がある。この意味で、僕たちは常に「偽善(hypocrisy)」を免れられない存在である。弱さが存在の欠陥でないように、偽善も存在の欠落ではない。何をしても間違っている可能性があるくらい、この世は生態学的に豊かなのである。P39
「何をしても間違っている可能性があるくらい、この世は生態学的に豊かなのである」ーと、続けて書き写したくなるパンチラインですね。
知性が、人間の一つの視点の「正しさ」によって統制できなくなったところで、さて、それでは人はどのように振る舞えばいいのだろうか。
人間はもはや「正しさ」という「高い」視点に依存できなくなった。
その都度個別具体的なマルチスケールの他者と調子を合わせていく「弱さ」を自覚して、むしろ「弱さ」に依拠して、そこから新しい知性のありようを探っていかねばならない。
強い主体から弱い主体へー。

ー自己を中心にして、すべての客体を見晴らそうとするのではなく、大小様々なスケールにはみ出していくエコロジカルな網に編み込まれた一人として、自己を再発見していくこと。P173
ー強い主体から弱い主体へ。このような認識の抜本的な転回(turn)は、僕たちの心が壊れないために、避けられないものだと思う。P173

この本では、著者自身の生活実践も織り込みながら、まさしく網(メッシュ)状に、この新しい知性のありようを探求する、その過程のレポートとなっている。
そもそも私たちがいかに強い主体として振る舞おうとしても、コロナウィルスのパンデミックが発生すれば、私たちの統御するシステムはたちまち機能不全になる。急激な気候変動も含め、もはや強い主体には統御不能な事態が続けざまに起こる時代に入っているのである。
それでは弱い主体の知性とはどういったものか。それは「正しさ」に依存し、一つの視点でこの世界の全体を統制しようとする知性ではない。ここで著者はモートンとボイヤーの論説を援用して、「遊び」が重要なキーワードとなる、と説く。
ー「遊び」とは基地の意味に回帰することではなく、まだ見ぬ意味を手探りしながら、道の現実と付き合ってみることである。それは、みずから意味の主宰者であり続けようとする強さを捨てて、まだ意味のない空間に投げ出された主体としての弱さを引き受けることである。↓
意味の全貌を見晴らせないなかで、それでも現実と付き合い続けようとする行為は、自然と「遊び」のモードに近づいていく。
それはいつも子どもたちが僕に教えてくれることでもある。(…)↓
既存の意味が安定していた世界では、遊び心はあくまで真面目な仕事からの逸脱であった。だが、これまで意味として信じられてきた世界が崩れていくとき、既知の意味に回帰しようとする生真面目さの方が、かえって命取りになる。P176
そもそも、この物理世界自体、じつは「遊戯的」なのだ、とモートンー森田は続ける。

ーモノがモノであるとは、遊戯的(プレイフル)であるということなのだと思う。だから、そのように生きることの方が「精緻(accurate)」なのだ。~モートン
ー現代の物理学は、意識も生命もないとされてきた「モノ」の世界が、いかに創造的で生産的かを明らかにしてきた。現代の宇宙物理学によれば、宇宙はかつて細胞よりも小さな極小の時空から、1000億以上の銀河を含む現在の姿にまで膨らみ続けてきた。↓
量子力学によると、物質は最も小さなスケールで、位置と運動量が同時に決まらないような根源的な曖昧さとともに、落ち着きなく揺らぎ続けている。意識や生命がなくてもモノは、ただその場でじっとしているだけの無力な存在ではなかったのだ。↓
モノはそれ自体がすでに驚くべきほど創造的で、遊戯的なのではないか。とすれば、遊戯的であることは、現実から一時的に脱線することではなく、むしろ遊戯的であることこそが現実的(リアル)なのではないか。既知の意味に固着する生真面目さよりも、あらゆる可能性を試す遊び心の方が「精緻」だと↓
モートンが言うのは、それが意識や生命すらないとされる、あらゆるモノたちに共通する根本的なあり方だからである。(…)
一つの動かぬ「正しさ」を決めてしまうよりも、これまでより少しでも「精緻」な認識を求めて動き続ける。P178
私が森田さんにインタビューに行ったのは、ちょうどこの連載が終わった辺りの時期だ。森田さんのラボにお伺いしたのだが、ここで紹介されていたお庭を拝見し、さらに試行錯誤された思考の軌跡をお聞きできた。インタビューは、デザイン思想メディア:エクリの記事で読めます。

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15 Oct
若林理砂『東洋医学式凹んだココロをカラダから整える46の養生訓』(原書房)

人のココロは自分が思っている以上にカラダの状態に影響を受ける。
凹んでるなぁと思ったら、まず空腹、手足の冷え、寝不足、凝り、痛みや痒みといった、カラダの状態に意識を向けてみるといい。
多くの人は、自分のカラダについて、ぼんやりとしか認識していない。
カラダには個性、型がある。
また、カラダは睡眠、飲食、運動を通して、カラダをとりまく環境との、絶え間ない代謝、交換、共鳴の中にある。
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まずカラダの個性、型について、東洋医学では熱ー冷、湿ー乾の軸を交差し、熱湿タイプ、熱乾タイプ、冷湿タイプ、冷乾タイプの4タイプに分類する。
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14 Oct
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13 Oct
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13 Oct
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東洋医学の知見をもとに、これだけやっておけば年相応に健康になります、という方法を指南してくれる。
とてもシンプルな原理原則を外さないだけで、老いて寿命をまっとうするその過程を、普通に清々しく過ごるみたい。
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ちなみに、私はあと28年くらい。
著者は「死への恐怖心から完璧な健康を目指して、さまざまな健康法に手を出した結果、かえって不健康になってしまう例を、臨床でたくさん見てきました」という。ちょっと具合が悪いとすぐに不安になるような、死を恐れるメンタリティが、「完璧な健康」という幻想をよびこむ。どうせ死ぬのに。
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12 Oct
高橋弘樹『都会の異界』(SHC)

ーいちばん幸せな暮らしとは何か?それは、「市中の山居」だと思う。都会の中で、田舎のような住まいをすることだ。P10

佃島ほか、東京23区内にある「島」には、「島」であるがゆえの別世界(人の雰囲気も、家賃相場も)がある!
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ー「ここら辺で獲れるウナギって食べられるんですね」
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22 Sep
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特に興味を惹かれたのが9章「信じたがる脳」。

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